第8話 俺は心優さんからラノベの感想を聞く。
体を拭いて髪を乾かし、歯を磨いてパジャマを着ると俺は部屋に戻った。
そこには、壁を背にしてラノベを読んでいる骸骨女――心優さんがいた。
「あ、蒼太君。今、この『ヒキニート転生 ~異世界行ったら少しくらいはやる気を出そう思う~』っていう異世界ファンタジーを読んでいるんだけど、なんでトラックに轢かれると異世界に行っちゃうのかな? そこの説明が全然なくて、ずっと気になってるのだけど」
そこに疑問を抱くのがいかにもラノベ初心者といった感じだ。
だからといって、昨今の異世界ファンタジーものをそれなりに知っている俺も説明が難しい。だからこう答えた。
「異世界行ければきっかけはなんだっていいんです。コンビニ入って異世界行ったり、ゲームやってて異世界行ったり、本を読んでて異世界行ったり、女神に召喚されて異世界行ったりと。その小説はトラックに轢かれてから行くパターンですね」
「え? トラックに轢かれる以外にそんなに異世界に行くパターンがあるの? 女神に召喚されて異世界って言ってたけど、女神ってギリシャ神話のアフロディーテとかそんな感じ? あと異世界なのになんで日本語通じるのかな。あとあと、なんかステータスとかゲームの世界みたいなのもどうしてなんだろ」
やばい。ちょっとめんどくさいことになる予感。
「えっとまあ、色々と気にせずに、ただ、物語を楽しんでください。ライトノベルってそういうものですから」
俺は強引にしめようとする。
「そういうものなんだ」
「はい、そういうものなんです。歌舞伎の様式美とかと一緒で疑問を抱いちゃいけないんです」
「ああ、歌舞伎かぁ。だったら気にしちゃいけないよね」
心優さんは納得してくれたようだ。
とっさにでてきた伝統芸能のおかげであるが、はたして比べていいものだったのかは不明だ。
ところで、心優さんは『ヒキニート転生 ~異世界行ったら少しくらいはやる気を出そう思う~』を楽しんでいるのだろうか。
ウェブ発のその小説は読者から絶大な支持を得たのち、書籍化、漫画家、アニメ化と順風満帆にエンタメ街道を突き進んでいるが、苦手な人はとことん苦手なはずだ。
ラノベは文学じゃないと、下にみる連中だってゴロゴロといる。心優さんがそうだとは信じたくはないが、どう思っているのかは気になる。化粧品メーカーに勤める綺麗なお姉さんとラノベの組みあわせは、どうにも似つかわしく思えるのだが……。
「あの、心優さん」
「なに?」
「それ、面白いですか? あの、ちょっと文体とか内容とか好き嫌いあると思いまして」
「え? 普通に面白いよ。サクサク読めるし、先が気になるし。私、小説読まない人間だったんだけど、これなら読めそう。表紙とかカラーページとかで登場人物がこういう人って分かるのもいいよね」
これは嬉しい感想だ。
俺のラノベ好きを知った上で気を悪くしないようにって感じでもないし、俺は心優さんへの好感度がぐんと上がった。綺麗でおっぱいが大きいだけで充分だったが、ラノベに抵抗がないのはポイントが高い。
「良かったです。その巻を読み終わったら感想聞かせてほしいんですけど、いいですか?」
「うん、いいよ。あ、もうこんな時間なんだ。明日仕事あるし、もう寝ないとかも」
壁時計を見れば、時刻は深夜の一時を回ろうとしている。
明日、というか今日は祝日ではない金曜日。よって俺も普通に学校があるので寝ないといけないのだが、ここで問題が一つ。
「あの……布団一つしかないんですよね」
「え? 布団が一つ……って、当たり前だよね。蒼太君が一人で住んでるんだから」
「はい。なので心優さんが布団を使ってください。俺の使ってた布団なんて嫌でしょうけど、雑魚寝するよりはいいと思いますから」
「……そういう優しさは好きじゃないな」
心優さんがラノベを閉じて、そう呟く。
「えっと、でも布団は実際一つしかないわけで……心優さんを差し置いて俺だけが使うなんて選択肢ありませんよ」
「だからといって、私だけが布団に寝る選択肢しか残されているわけでもないと思う」
「? それってどういうことですか?」
「もうっ、だから――」頬をやや朱に染める心優さんが若干、声を張り上げて「一緒に布団で寝ればいいじゃんって言ってるの」
え? えええぇぇっ!?
「い、いやいや、この布団シングルですよっ? そ、そりゃダブルとかセミダブルだったら選択肢の一つとしてありましたけど、シングルですよっ? めっちゃ狭いですってっ!」
「……体を寄せ合えばいいと思う」
心優さんが言い切った。
なんかちょっと勇気を振り絞った感じで。
「ほ、本気で言ってるんですか? この狭い布団で体を寄せ合ったら、多分、いや間違いなく体が触れちゃうと思うんですが」
「それはしょうがないよ。もー、文句言ってもしょうがないじゃん。この布団で二人で寝るの。優柔不断な男は嫌われるよ。私は蒼太君のこと嫌いじゃないけど」
文句でもなく優柔不断でもなく、本当にいいのかという確認なんだが……。
俺はどう返せばいいのかと言葉に窮していると、心優さんが畳んであった布団を広げた。すると中から、小説と服と食べ残しのお菓子とジュースの空き缶がでてきた。
――忘れてた。これ、聞こうとしてたやつっ。
「み、心優さん、これなんですけど、片づけたって言ってたじゃないですか。なんで布団の中にあるんですかね」
「へ、部屋を綺麗にしたくてここにまとめておいたの。どこに片づければいいのか分からなくて――でもとにかくまず部屋を綺麗にしたくて見えないほうがいいかなって思って……だめ、だった?」
普通にダメな案件だと思う。
なのに、体を小さくした心優さんは上目遣いでそんな聞き方する。
ずるいお姉さんだ、全く。
俺は布団の上の〝一時保管品〟を本来あるべき場所に移しながら、
「斬新、だと思います。でも今度から何か片づけるときは、一度俺に聞いてくれると嬉しいです」
「うん、分かった。そうするね。じゃあ、寝よっか」
「そ、そうですね」
「蒼太君が壁側で私がこっち側でいい?」
「は、はい。どちらでも」
本当にこの布団に二人で寝るらしい。マジか?
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