第7話 俺は心優さんの肉感的なボディを凝視する。


 俺はスマホで忍テレの雪村ほのかを検索する。

 

 すると確かに雪村ほのかという女子アナが、忍テレに存在することがわかった。主に朝のニュースで活躍しているらしいが、俺は朝のニュースを見ないので、彼女を見るのは初めてだった。


 写真を見れば確かに心優さんにそっくりだ。これならよく似ていると言われるのも頷ける。しかし双子でも姉妹でもない以上、よく観察すれば違うのは当然であり、特にあの箇所の差異は誰が見ても明らかだろう。


 

 心優さんの優勝である。


 その心優さんと言えば、今はシャワーを浴びている。もちろん、俺の部屋のだ。

 

 化粧品メーカーに勤める綺麗なお姉さんが毎日シャワーを浴びるのは、当然の嗜みだろう。とはいえ、俺の家のトイレも一緒になった小汚い三点式のユニットバスで本当にいいのだろうか。


 すると気分がいいのか、ユニットバスから心優さんの鼻歌が聞こえてくる。

 ホッとする俺。どうやら、不快感を催してはいないようだ。むしろご機嫌のようだが、シャワーさえ浴びれれば幸せを感じられるのだろうか。


 シャワーから吐き出されるお湯。

 そのお湯が心優さんの柔肌で弾け、幾筋もの水流となる。

 水流はまるで引き寄せられるかのように、一か所へと集約され、大きな滝となる。

 

 一か所へと……。

 一か所である、谷間へと……。

 一か所である、おっぱいの谷間へと……。


 おっぱいの谷間でエンジョイ。


 だめだだめだだめだっ!

 心優さんの言った谷間はそこじゃないっ。

 じゃあどこの谷間だよと問われれば分からないが、間違いなくおっぱいの谷間じゃないっ。


 ――と思いたいのに、そうだったらと考えてしまう俺。

 なんで一発で職業を当てなかったんだよと、過去の俺を罵倒する俺だった。


 それにしても遅いな。

 シャワーを浴びるといってユニットバスに入ってから、もう三〇分は経っているような気がする。湯舟に浸かるわけでもないし、こんなに時間が掛かるものなのだろうか。


 ……え? もしかして。


 と、そのときだった。


「きゃああぁぁっ」


 ユニットバスから心優さんの悲鳴が聞こえる。

 

 どうした? 一体何があった?


 俺は立ち上がると「心優さんっ、どうかしましたっ?」と廊下のドアを開ける。そのタイミングでユニットバスのドアが開いて、心優さんが飛び出してきた。


 


 俺はドアノブを握ったまま硬直する。

 しかしながら固まっているのは体のみであり、頭はしっかり働いている。特に視覚の働きが目覚ましい。


 出るところは出て(出すぎ)、締まるところは締まっている、非常に肉感的えっちなボディ。きめ細やかな肌は潤いたっぷりといった感じで、触らなくても分かるハリの良さ。どんな抱き枕よりも気持ちがよさそうだ。


 そんな魅惑のわがままボディに巻き付いて密着しているバスタオル。

 一六年という歳月でバスタオルに嫉妬したのは初めてかもしれない。


 じぃぃぃっと見ている俺にハッとしたような心優さんは、「きゃっ」っと身を隠すようにその場にしゃがみ込む。すると「なんか、水が溢れてきて……」とユニットバスを指さした。


「え? 水があふ……ああっ!」


 確かにユニットバスのトイレのところに水が溢れていた。

 

 なぜ? と風呂の中を見れば排水口へと流れていくお湯。どうやら心優さんは浴槽の中にお湯を溜めて浸かっていたらしい。そしてそのお湯を流したら、トイレ側の排水口から逆流してきたようだ。


「ごめんなさい。お湯を溜めて浸かってたのだけど、私ったら蒼太君も入ることを忘れて流しちゃったの。でもすぐに気づいて栓をしようと思ったのだけど、栓が動かなくなっちゃってて……うう、壊しちゃったのかな。そしたらとなりの排水口から水が溢れてきて……ごめんなさい」


 なるほど、そういうことか。


「栓はしたことないので元々壊れていたかもしれないですね。古いアパートですし。それとお湯が逆流したのもなんらかの構造的欠陥だと思います」


「栓をしたことないの? でも蒼太くんだってお風呂入るでしょ?」


「シャワーは浴びますけど、お湯には浸かりませんよ。そもそも三点式ユニットバスって、お湯に浸かるのを想定していないと思います」


「えっ、そうなのっ? 浴槽なのに? 知らなかった……。なんかごめんね」


「いえ、気にしないでください。放っておけば流れていくと思いますから」


「うう、ごめんなさぁい」


「いえいえ」


 これで心優さんのアパートが、おそらく一点式のユニットバスであることが分かった。当然、そっちで湯に浸かるのがいいだろうが、この部屋で寝泊まりする以上、今後はシャワーだけで我慢してもらうしかない。


 しかし、となりにトイレがあり決して衛生的ではない空間で、鼻唄を歌いながら湯に浸かれるとは。ちょっと俺には理解できない感覚だと思った。


「あの……蒼太君」


「はい、なんですか?」


「部屋に戻っていてくれると嬉しいな。ほら、私、着替えないといけないし?」


「あっ、ご、ごめんなさいっ」


 今度は俺が謝る番だった。

 俺は慌てて部屋へと戻り、引き戸を閉める。

 

 ふうぅ……。


 ようやく落ち着いてくる俺の鼓動。

 

 それにしても、すごいモノを見た。漫画やアニメではよく見かける、胸とお尻と太ももが強調された豊満ボディが現実に、しかも俺の部屋の中に存在するとは。

 

 バスタオルがあったからよかったものの、もしも裸のままだったら俺の理性は弾けて霧散していただろう。


「おまたせー」


 しばらくすると、そっと引き戸を開けて中に入ってくる心優さん。風呂上りのすっぴんも変わらず綺麗だなと思った瞬間、その彼女の姿に俺はぎょっとした。


 心優さんはパジャマを着ていた。ただ、普通のパジャマじゃなかった。上下、ダボダボのピンクのスウェットに白い骨が描かれていたのだ。

 

 胸の部分にはあばら骨が。

 腕の部分には腕の骨が。

 足の部分には足の骨が。

 腰の部分には骨盤が。


 見ようによっては、頭だけ心優さんの骸骨がそこにいるようでもある。

 

 なんでそのチョイスなのだろうか。


 あまりにももったいない。ぶっちゃけダサいパジャマのせいで、心優さんの魅力が間違いなく半減している。シャワー後の色気もへったくれもない。

 

 セクシーランジェリーを着てとは言わない。

 ただただ、普通のパジャマであってほしかった。


「蒼太君もシャワー浴びるよね? 小説読んで待ってるね」


 着ているパジャマについて何ら触れようとしない心優さん。

 だったら俺もあえて言及はしないことにした。


 俺は浴槽の中でシャワーを浴びる。

 それにしても昨日から今日にかけて色々とあり過ぎた。

 

 らしくもない正義感を出して心優さんを暴漢から救ったまではまだしも、まさかその心優さんが俺の部屋での寝泊まりを要求してくるとは思わなかった。

 

 寝泊まりを……寝泊まり――……俺の部屋で寝るのか?


 布団、一つしかないんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る