第6話 俺は心優さんの職業を言い当てる。


 なんだ? この光景はなんだ?

 

 心優さんは確かに、掃除して片づけたと言った。なのにどうして一緒くたになって布団の中にあるのだ? ただ、いっしょくたといっても、本は本、服は服、ゴミはゴミで綺麗に整頓されているのが、なんとも滑稽だ。

 

 俺は一つ大きく呼吸をすると、布団をそっと元の状態に戻す。そのタイミングで心優さんが戻ってきた。


「ごめんなさい、蒼太君」


 なぜか謝ってくる心優さん。

 もしかして布団の中を俺が見ているのに気づいて、それに対しての謝罪かと思ったがどうやら違うようだ。


「どうしたんですか?」


「お皿に乗っけた、から揚げとポテトサラダを一緒にレンジでチンしちゃった」


「ああ、そんなことですか。別にいいですよ。あの、そんなことより……」


「ん? どうかしたの?」


 なぁに? と小首をかしげて俺を見下ろしている心優さん。その態度からは、例の行いに対する一抹の後ろめたさも感じられない。その様を見る限り、まるで心優さんではない別の誰かの仕業だろうかと錯覚するほどだ。


「いえ、あとでいいです。今は買ってきたものを食べましょう」


 よく分からないことは後回しだ。


「? 分かったわ。あとでね。じゃあ――」


「「いただきます」」


 いつもは一人で食べていた食事。それが今日は心優さんという美人お姉さんと二人。孤食が当たり前だった俺にとって、この状況はなんだが恥ずかしい。というよりやっぱり心優さんに申し訳ない。おんぼろな部屋もあってか傍から見たら貧乏家の食卓だ。


 買ってきたコンビニの食べ物一つ一つに感想を述べている心優さん。それに相槌を打つ俺。なんとなく、俺との会話を途切れさせないようにしてくれているのが分かった。だったら俺からも話を振るべきだろう。


「そういえば、心優さんって仕事は何してるんですか? 俺はもちろん学生ですけど」


「何の仕事してると思う? 当ててみて」


 でた。まずは当ててみて。


「ヒントはなしですか?」


「うん。最初はヒントなし。私のイメージで思いつく職業を言ってみて。もし当たったらご褒美をあげる」


 仕事よりそのご褒美のほうが気になる俺だったが、物事には順序がある。

 

 うーん、心優さんのお仕事か……。

 

 あ、そういえば病院の看護師が心優さんのこと、女子アナみたいと言っていたが、まさかな。……だが、言われてみれば確かに、こんな感じのおっぱいの大きい女子アナがいたような気がする。よし――っ。


「女子アナですか?」


「せいかーい」


「えっ!? ほ、本当ですかっ! み、心優さんって女子アナなんですかっ!!?」


 すると心優さんが焦ったように、顔の前で手をぶんぶんと振り出した。


「やだ、蒼太君、本気にしないでよ。女子アナのわけないじゃない。確かに忍テレの雪村ほのかに似てるって言われるけど、違うから」


 なんだ、違うのか。

 歓喜一歩手前で興奮していた俺がバカみたいだ。


「そ、そうですか。じゃあ、なんだろ。えっと……」


「あ、ちょっと待って。一回外しているから、ご褒美のランクは一段階下がりまーす」


「わ、分かりました。……えっと、じゃあ、仕事ですよね? ……化粧品メーカーの美容部員とか?」


「せいかーい」


「やっぱり違いましたか。うーん、なんだろ」


「え? 正解って言ったんだけど」


 本当に正解だったのか。女子アナのときと全く同じ感じで〝せいかーい〟なんて言うもんだから、嘘なのかと思った。


「でもヒントもないのに、よく分かったね。私のどの辺が美容部員ぽかった?」


「まず化粧品メーカーが女性に人気だっていうのが、最初にあったんです。それで化粧品メーカー、しかも美容部員って、外見を磨いている美人しかいないイメージがあって、そう考えたら心優さんはぴったりだなって思って」


 心優さんが箸でつかんでいたから揚げを落とす。するとそのから揚げは、うまいことお茶が入っているコップの中に入った。というか、それ俺のからあげのような……。


「そ、そうかな? 私、ぴったりかな? たしかに人は第一印象がすごい大事だから、外見を磨いているっていうのはそうかもしれない。でも……私ってそんなに美人かな?」


「めっちゃくちゃ美人ですよっ!」


 予想以上に大きな声が出た。隣人が起きなければいいが。

 だが、これは心優さんが悪い。謙遜にも〝していい謙遜〟と〝してはダメな謙遜〟がある。心優さんの謙遜は間違いなく後者だ。そんな謙遜、誰も幸せにすることはできない。


 心優さんが、頬を赤らめて大きな瞳をあたふたとさせている。すると、


「も、もう、蒼太君ったら。そんな真剣な顔で美人とか言ってもご褒美のランクは上がらないからね」


 と言ったのち、から揚げの入ったお茶を喉に流し込む。


「あ、それ」


「ぶっ!? ごほっ、ごほっ……え? なんでから揚げ入ってるのぉ!?」そこで、じっと俺を見る心優さん。「……もしかして入れた?」


 いや、あなたがホールインワンしたんですけどっ!


「違いますよっ。それは――」


 と俺が説明すると、心優さんは微妙に釈然としない表情を浮かべながらも、「そうだよね、蒼太君がそんないじわるするわけないものね」と納得してくれた。

 

 ……ところでランクが一段階下がったとはいえ、ご褒美があるはずだ。そのご褒美とは一体――?

 

 俺は、から揚げ風味のお茶の後味を、水を流し込んで消し去ろうとしていた心優さんに聞く。


「あの、すいません。ご褒美って、何ですか? 一応、当たったんで」


「ああ、そうだね。ご褒美はぁ……はい、あーん」


 と焼鮭を俺の口に運ぼうとする心優さん。

 俺は言われるがままに口を開けると、焼鮭を口に入れてもらった。

 

 美人のお姉さんからの〝お口あーん〟はご褒美と言えばご褒美だ。しかし若干期待外れの感もあり、だったらお前は何を期待していたのかと問われると、これまた難しい質問である。


 しかし、これがランクが一段階下がったご褒美か。だとすると最初のご褒美も大したものではないのかもしれない。……一応、聞いてみるか。


「あの、心優さん。ちなみに一発で職業を当てたときのご褒美ってなんだったんですか?」


「うん。あのね。蒼太君に使してもらおうかなって思ってたよ。それはそうと、コンビニの食べ物っておいしいよね」


 どこの谷間!? エンジョイって何!?

 

 平然とした顔でそばを啜っている心優さんに、俺は結局その疑問をぶつけることはできなかった。

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