第5話 俺は心優さんの残念な行いを目撃する。


 ぐるるるるるぅ。


 と、そのタイミングで俺のお腹が鳴る。鳴って気づいたのだが、俺は晩飯を食べていない。と思ったら急激にお腹が空いてきた。何か大きなイベントを一つクリアしたような、そんな一区切り感もあり――。


「お腹、空いてるの? 蒼太君」


「はい。晩飯食べていませんから。心優さんは?」


「私も食べてないから、お腹空いてるかも。こんな時間だけどね」


「そうですか。でも心優さん、冷蔵庫はほぼほぼ空っぽで何もないんです。だからちょっと俺、コンビニ行って何か買ってきます。心優さん、何か食べたいものありますか」


 すると突然、何がおかしいのか、ふふふと笑い出す心優さん。

 今の会話で笑うポイントなどあっただろうか。


「どうしたんですか? 俺、何か変なこと言いましたっけ? 心優さん」


「それそれ。ちょっと私の名前言い過ぎだなぁって思って。はぁ、おかしい。ふふふ」


「あ、あー、それですか。言い慣れておきたいってのがあってそれで言い過ぎたのかもしれません。今後、気を付けます、心優さん。――あ」


「また言ってるし。ふふふ。……でも嬉しい。気を付ける必要なんてないよ」


「じゃあ、気を付けません」


「素直でよろしい。でもコンビニかぁ。私は我慢できるけど、こんな時間に本当に行くの?」


 心配そうな表情の心優さん。


「はい。一度お腹空いたの意識しちゃうと我慢できない質なんですよ。だから遠慮なく買ってきてほしいもの言ってください」


「うーん、そっか。だったら頼もうかな。時間も時間だし、じゃあヘルシーに……お蕎麦とサラダでいい?」


「分かりました。行ってきます、心優さん」


「ふふ、いってらっしゃい、蒼太君」


 こうして俺は、再び夜のしじまへと飛び出していくのだった。


 

 ◇



 時刻は〇時一二分。いつの間にか次の日になっていた。

 

あと一時間もすれば、俗に言う丑三つ時ってやつだ。草木も眠るほどの静けさで夜の闇が最も深く、霊界の扉が開き幽霊が現れる時間というが、今もすでにそんな感じだ。


 でも幽霊か。

 

美女の姿で現れて心を惑わし、魂をあの世へ連れていく妖怪の話を聞いたことがあるが――まさかな。と本気で考えてしまうほどに、心優さんが部屋に寝泊まりすることが信じられない俺だった。


 それにしても、いつまで寝泊まりするつもりなのだろうか。〝これからよろしくね〟などと言っていたが、それだけを捉えると、長い期間、俺の部屋で寝泊まりしそうである。そうなるともはや同棲であり、俺はその響きに恍惚感を覚えてしまった。


 昨日出会ったばかりの美人なお姉さんと同棲である。そんな都合のいいシチュエーションなどラノベ原作のアニメでしか御目にかかったことがない。でもこれは紛れもない現実だ。事実は小説よりも奇なり――である。ちょっと違うか。


「ただいま」


「あ、おかえり」


 幽霊でも妖怪でもない、人間のお姉さんが俺を出迎えてくれる。

 

 キッチンを抜けて部屋に入ると俺は「あれ」っと声を出す。


 というのも部屋が綺麗になっていたのだ。畳に散らかっていた本や洋服がなくなり、ローテーブルの上にあった物も全て片付けられていた。布団も丁寧にたたまれている。自分の部屋だというのに久々に見る光景だった。


「蒼太君がいない間に少し掃除をして片づけたけど……迷惑だった?」


「そんなことないですよ。ありがとうございます」


「でも以外だったな」


「何がですか」


「見た限り、エッチな本とかDVDとかどこにもなかった」


「は? いやそれは……」


 ネットの動画で済ましているんですよ。とは言えない俺だった。


「あ、ごめんなさいっ。ほら、蒼太君はみくびっちゃいけない性欲もちゃんとあるし、そういったものを解消するアイテム的なものがあっても不思議じゃないのになぁ、なんて思って。って、私何言ってんだろ。なしなし、今の聞かなかったことにして」


「そう言われましても……」


「あーっ、あとほかに意外っていうか感心したのはこれ」


 強引に会話を変えようとする心優さん。

 でもそれでいい。性に関する話はなるべく避けたほうがいい。本能と理性が、とてつもなく危うい均衡の中でバランスを取っている状態なのだから。


 これと言った心優さんの指さしたのは、本棚。そこにはライトノベルが並んでいるが、これが俺の趣味の一つだった。多分二〇〇冊くらいあるが、まだまだ増える予定である。……あれ? なんか少ないような。


「全部ラノベなんですよ。中学生のとき『Re:最終ボスから始まる異世界攻略』という小説を読んでからラノベにハマっちゃいまして」


「へえ、そうなんだ。読書家なんだね。そういえば趣味は読書って言ってたっけ。私ラノベは疎くてあまり知らないんだけど、今度読んでみようかな。読んでも大丈夫?」


「もちろん。それでラノベファンになってくれれば俺も嬉しいです」


「なっちゃうかも。ここで寝泊まりするんだし」


「え、ええ、そうですね」


 ラノベファンを自認するならそれなりの量を読む必要があるが、一体どれだけ俺の部屋で寝泊まりするつもりなのだろうか。

 

 ――これは聞くべきだろう。失礼なことでもなんでもないのだから。


「じゃあ、買ってきたもの食べちゃおっか。おつりは蒼太君にあげるね。買い出しに行ってきてくれたお礼」


 聞くタイミングを逃したが、あとでいいだろう。時間はたっぷりある。


「あ、ありがとうございます。次、また買い出しがあったら使わせてもらいます」


「うん。あ、お茶用のコップとお皿ってある? 蒼太君のからあげとポテトサラダお皿に移したほうがいいかなって」


 心優さんが立ち上がるので、俺はコップとお皿の場所を彼女に教える。するとお姉さんは、からあげとポテトサラダを持ってキッチンに向かった。そちらで移すようだ。


 ところで俺は気になることがある。

 なぜ、〝本棚の本が少なくなっているのだろうか〟と。

 

 おそらく少ない分は俺が畳の上に出していたやつだ。心優さんが片づけたと言っていたから、てっきり本棚に戻したのかと思ったが、なかった。


 なら洋服はどうだろうとクローゼットを開ければ、仕舞われた形跡がない。さらに言えば、食べ賭けのお菓子や飲み終わったジュースの缶もゴミ箱の中にはない。


 心優さんは一体どこに片づけたんだ――?

 

 ふと。視線が布団に向く。

 綺麗にたたまれた布団。だがよく見ると中央が膨らんでいる。


 いやいやまさかと思いながらも俺は、恐る恐る布団をめくってみる。

 そのまさかが、そこにあった。


 

 心優さんっ!?

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