第4話
栗花落さんに連れられ、たどり着いたのは広大な森林だった。青々と繁った葉が夜闇を一層暗くし、足首さえ超える丈の草が茫々と生えている。
「ここですか。」
「うん、ここだよ。」
ただただ雰囲気ばかりあるような、私にはごく普通の森にしか見えなかった。
しかし栗花落さんはゆっくりと、慎重そうに爪先から着地すると、羽ばたかせることなく静かに翼を畳んだ。
熊か鹿のような野生動物か。それとも別のモノか。
私も隣に降り立ち、ばさらと翼を畳んだ。眼前の森を眺め、それから栗花落さんの方を振り返る。彼は森を眺めているが、私には何もいないように見えた。
私は、油断してしまったのだ
「栗花落さ__」
ソレは、声を出した瞬間にやってきた。
『ズッザザザッッッ』
突然の異音。じくり、と鈍い痛みを感じた。
鮮血がパタタッと飛び散り、私は目を見開いた。何が起こったのか、全く理解できなかった。
反射のように頬に手を当てる。ぬるつく血液。目の下を横断するように、私の右頬はスッパリと切り裂かれていた。
「おっと……!」
喉が締まった。
「うぐっ__」という感じの声が自然とこぼれ落ちる。今度のは、栗花落さんが私の襟首を慌てて引いたのだ。絶対、今ので襟が伸びてしまっただろう。
こんなことなら、自殺のためにお気に入りの服なんて着るんじゃなかった。
歯を食い縛り、浮いた足をととたっとステップを踏むように地につける。
「___あー、思ったよりいるな。しかも強いのが。」
「っ……けほ、……何が、いるっていうんですか。」
コホコホ。抗議を込めて咳き込んで見せると、栗花落さんは「ごめんって、」と軽く言った。
「目の前で後輩の首が飛ぶなんて、嫌でしょ?」
「お前、
「ふははっ!優のひねくれた屁理屈、俺は嫌いじゃないよ、ぉおっと‼︎」
今度は私にもはっきり見えた。
鋭い長い爪が、風を切る速さで水平に
申し訳ないが栗花落さんの軽口は無視させてもらおう。よくわからないモノは確実に殺意を増して向かってきていて、今度は薄皮一枚を持っていかれた。首の頸動脈、スレスレを。
「コレをどうにかしろと?」
「そう!コイツをどうにかするのぉう……っわ⁉︎」
バク宙のような動作で飛び避け、栗花落さんはばさらと大翼を出して中空に舞い上がった
私が二回の斬撃を躱して全く狙われなくなったのに対し、栗花落さんは何故か執拗に攻撃され続けていた。
「何なんですか、コレ」
「融合魂魄だよ!」
ばさら、ばさら。
滞空したまま、栗花落さんは大声で言った。
「融合……コンパク?」
聞き慣れない単語に首を傾げれば、すーっとこちらに飛んできて、私に手を差し出してきた。
成る程。一時的に離脱する、と。
ばさらと羽ばたいて滞空すれば、よくわからないモノの、気持ちの悪い全体像が見えた。
「
「あぁ、その魂魄ですね。」
私は足下に目を向けた。
それを
気持ち悪い。
私は込み上げてくる何かを咳払いで誤魔化した。
その姿はまるで……、まるで、某ホラー映画の長髪女性のパーツが、バラバラになってクマに貼り付けられた感じだ。加えて刃物も付属されているので、余計に
翼をばさらとさせ、栗花落さんは小さく呟いた。
「___混ざっちゃったなぁ。」
「……?混ざった、って?」
私の問いに、栗花落さんはジャケットの内側をガサゴソと探す。しばらくして彼は「あった。」とまだ新しい新聞をポンっと取り出した。ジャケットの内部構造は気になったけど、私は素直にその新聞を受け取った。
デカデカと写真の乗った一面は。
「……?『
「あ、それじゃない。
政治家は魂魄に関係ないらしい。昼ドラのように陰謀とかはないんだろうか。いや、無いのが普通か。
中空に浮いたまま新聞をめくると言うのはかなりキツイ。バラバラ崩れていく新聞に眉を寄せながら、どうにか私は四面までたどり着いた。
右上を飾るのは自然災害のコラム。下五分の一を占める自己啓発本の広告。そして左から中央部分までを飾るのは。
「『山腹に死体遺棄』」
「その記事だよ」
栗花落さんが言った。けれど、私はその言葉すら聞かず、記事を読み込んでいた。
とある女性が、殺されたそうだ。
近年あまり見なくなった無差別殺人というやつで、犯人は「誰でもよかった」「ちょうど目の前を通ったから」と供述しているらしい。
そう、犯人のちょうど目の前を通ってしまっただけで。彼女は体を複数箇所刺されて殺された上で、人里離れた山腹に運ばれ遺棄されたのだ。
まとめるとこんな感じだろうか。だが。
「あれがこの女性だと?」
私が指し示した先にはさっきの魂魄がある。確かに女性の姿が___バラバラではあり部分的だが___目視できる。だが。
「あれは……、あれじゃあ、ほとんど熊ですよ。」
私は言った。
どう見たって、見ようとしたって。熊と、それに取り憑いている怨霊にしか見えない。そんなあれを、人と呼ぶのは侮辱なんじゃないか、と。
「だから、混ざってるなぁ、って。」
栗花落さんが手をこちらに伸ばしたので、私は雑に畳んだ新聞を返した。栗花落さんはそれを膝にトントンと当てて、畳み直してジャケットの中にしまった。
浮いたままなのに、器用だ。
誕生日に人生の幕を閉じたら強制的に死神生活が幕を開けるそうで 夏 雪花 @Natsu_Setsuna
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