第2話
「………うそ、最悪。」
薄々気づいていたが、やはり落下は止まっていたらしい。
体をひねって、下を見る。
マンション十階ぐらいのところで、体は浮いるらしかった。
「もう君は死ねないさ。」
「………何を」
「言ってるかわからない?自殺というのは罪深いものなんだよ。かく言う俺も、まぁ、自殺者なのだけど。」
言葉を先読み先読みして、男は話す。
私は、落下を諦めて状態を起こした。
ふわふわと、実体の無い床が体の下にあるというか……
とりあえず、妙な感覚には違いないところで起き上がる。
「………元気な死人ですね。」
「今は死人じゃあ無い。死神さ。」
ばさらと翼が大きくはためく。
確かに、人では無いだろう。
隣にふわりと降り立つと、男は床?にあぐらをかいた。
「俺の名前は、
「………結構、おじいちゃんなんですね。」
「それは言わないで?」
栗花落は眉尻を下げて笑った。
彼の姿は年を重ねているようには到底見えず、若々しい。
落武者のような、矢の突き刺さった鎧姿でもなく、体はスーツに包まれていた。
「死神になると、時は止まる。基本的に不老で、不死だ。」
「……現代に適応しているようで」
「鎧っていうのは暑苦しいばかりだよ?洋服は偉大だね。」
彼は少し首を傾げた。
フリンジが左耳で揺れる。
栗花落は楽しそうに笑った。
「実は、誕生日に自殺というのはね。強制労働の始まりなんだ。」
「笑いながら言う事ですか。」
明るい口調で、爆弾発言がされた。
強制労働。
いやな響きだ。全てに疲れたから、死を選ぶものだろうに。
「笑いながら言う事さ。君も今日からこちらの仲間入りだ。」
「え?」
聞き返すと、柔らかな笑みを浮かべながら、
彼は通告文を読み上げた。
私から、死という自由を奪う通告文を。
「誕生日に自殺するとね、死神にされるんだよ。これは強制さ。」
「え」
「全ての人の記憶から消えて。毎日、迷子とクレーマーな魂を追いかける仕事さ」
「そんなの、」
「何度だって言おう、これは強制だ。」
はっきりした声だった。揺らぎはない。
嫌だ。という言葉は舌の上で溶けた。
言ってもきっと、栗花落の瞳は揺らがないんだろう。これは彼が決めたことでは、多分ないのだから。
最悪だ。なんて運の悪い。
「あと、………あと一日。早く決心してればなぁ。」
ははっと、口の端から空気がもれる。
そう決心が、あと少しでも早くついていたらよかった。
「……後悔先に立たず。まぁ、後にも立たないもんなんだけど。」
「最悪だ。」
「そういうものだよ。」
栗花落はよっこらせ。と立ち上がると、こちらに手を伸ばした。
「………なんです。」
「まぁ、これから頑張っていこうよ。」
ほら、と伸ばされた手を眺めた。
指先だけ出た、黒革手袋。
「その手をつかんだら、私も死神ですか。」
「つかまなくても、いずれ死神さ。」
近づけられた手に、乾燥して、ところどころ切れた手を伸ばした。
案外強い力で引かれて、体勢を崩す。
ばさらと、背中で音がした。
「うん、いい羽だ。」
そんな言葉をかけられたが、私は残念そうに
「………全然、嬉しくないなぁ。」
屋上に取り残された瓶と、コーヒーのカップを見ていた。
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