誕生日に人生の幕を閉じたら強制的に死神生活が幕を開けるそうで

夏 雪花

プロローグ

第1話

灰色の雲が空を中途半端に覆い、チラチラと弱い光が隙間からもれる。

風は時折、強くも弱くも無い勢いで吹きつけてきて、生温なまぬるい空気が不快だった。


言ってしまうなら、全てがどっちつかずの、そんなひどくぬるい日で。誰にも嫌われぬよう、優柔不断なフリをして他人に合わせる。私のように八方美人な天気だった。


歩く人も、道路を走る車も。

下を行くものはどれもまばらで、上を見る人などいない。

風が服をはためかせる。

手に持ったガラス瓶をくるりと回すと、内側で錠剤がカラカラとダンスした。

オーバードーズというのがある。頭痛、睡眠薬等の過剰摂取。

日本のは、いくら飲んでもうまくいかないと言うが、これは海外の薬だ。

まぁ、保険に過ぎないし。

マンション屋上、地上から十五階上。誰かが磨きあげているのだろうか。綺麗な銀色の安全柵に、外側から寄りかかっていた。

吹き上げてくる風が、おいでよ。と言うように私をひいた。


急かすな。まだだよ。


アルミのフタを、きゃりきゃり、と回して。開いた瓶の口に唇をつけた。

でこぼこしたガラスの感触を傾ける。

舌に当たる、乳白色の錠剤。

わずかに広がる苦味。

近くのコンビニで買った、紙カップのカフェラテで流し込む。

いくつも。いくつも。

苦くて甘ったるい珈琲と、睡眠薬が喉を過ぎ落ちていくのを感じた。

二、三粒残った薬瓶を、フタを締め直して柵の内側に置いた。

その横に紙のコップを並べて、あぁ透明と黒のコントラストが綺麗だなんてふざけた事を考えて。

それから私は、………そう、何かを言って。

ひかれるままに、風に背を預けた。


落下というのは案外ゆるやかで、小説などで見る走馬灯は、目の前を横切らなかった。

目を閉じる。

息を吐いた。



「やぁ、元気?」


幻聴にまぶたを上げる。


「突然ですが、今日は何の日でしょう?」


幻覚が見えた。そして、話した。

眼帯をつけている、翼の生えた男の幻覚が。


首を一周する青い植物の紋様。右目を覆う黒革の眼帯。左耳で揺れる黄色のフリンジ。茶色のジャケット、スラックス。

そして、とはためく灰色の大翼。


日本人にしては彫りが深く、切れ長の、琥珀色の目をしていた。

クラスの女子がみたら騒ぎそうだ。


そこまで見て、考えても。地面に叩きつけられる衝撃は感じなかった。

オーバードーズの影響だろうか、落下までの時間が、ずいぶん長く感じた。


「ほら。つまらなそうな顔をした、君に聞いてるんだ。今日は何の日?」


「今日、ですか」


いやに親しげな口調だった。

しかし、その顔に見覚えは無い。

まぁ、幻覚にくらい付き合ってやるかと、頭の中で思考を巡らす。


「………世界人口デー?」


「………そっちが出てくるのかい」


呆れたようなため息に、首を傾げた。


「…セブン・イレ」


「そっちでも無い。」


食い気味な返答。

そこまで聞いて、ある事に気づいた。

ははっ、と乾いた笑いが込み上げた。

そうだそうだ。すっかり忘れていたけれど。


「私の誕生日、とか?」


「ぴんぽーん!」


カラカラと男は笑った。

翼が、ばさばさとはためく。

何とも楽しそうだった。


「そうそう、それが聞きたかったのだよ!君は今日が誕生日!そんな日に、飛び降り自殺なんてした訳だけど。」


「……すっかり、忘れてただけ。」


何となくバツが悪くて、目を逸らした。


「ふふっ、目を逸らしたって、現実は逸れてくれないさ。わざわざ睡眠薬すらあおり、決して助からないようにしても、ね。」


やな幻覚だ。

今更、意地が悪い。

………にしても、いつ地面に着くんだろ。


「いつまで待っても、君は死なないさ。」


思考を読んだかのような言葉に、視線を戻す。


「え?」


男はひどく意地悪く、にこりと笑った。


「誕生日だけは、自殺なんてすべきじゃあ無かったね。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る