第33話 五期生候補、元生徒会長
「二度と。二度とですよ?案件動画で迂闊な発言をしないでくださいね?」
「はい。申し訳ございません」
やらかしてしまった。
そこまで深刻な炎上ではなかったものの、それなりにクレームが来たことで、マネージャーさんが珍しく怒気を込めて僕に詰め寄る。
返す言葉もないので、僕は謝罪のみを口にし、深々と頭を下げた。
「取り敢えず、二度と『獄中堂々』の案件は受けません。いいですね?」とマネージャーに言われ、僕は重ね重ね頭を下げた。
「まぁ、お説教はこのくらいにして。
実はですね、テラス先生にお話がありまして」
「なんでしょう?」
「五期生の募集をしてるのは、知ってますよね?」
「…まぁ、知ってますね。
自分の会社のことですし」
僕たちの影響か、応募者がそれなりに集まっているのは聞いたことがある。
コトバさんを超えるおっちょこちょいが集まらないといいが、と思いつつ、僕は「それで?」と続きを促した。
「…この方、お知り合いでしょうか?」
差し出されたのは、一枚の履歴書。
そこに貼られた証明写真を前に、僕はなんとも言えない表情を浮かべた。
見覚えがあるなんてレベルじゃない。
僕は眉間を抑え、深いため息を吐いた。
「………ギャルゲーで言う、生徒会長ですね」
この生真面目さを感じさせながらも、どこか力が抜けた顔。間違いない。
僕の言葉に、マネージャーさんは驚愕することなく、むしろ納得したように苦笑した。
「あ、やっぱり?
いや、ビジュアルまんまだなーって思ってたんで、コスプレかと思ったんですが…」
「んな訳ねーでしょうがよ、こんなザ・地味OL。
…前の会社どうなったんだ、この人?」
「セクハラが酷くて辞めたらしいです。
なんか、『我慢ができなくなってきた』とか言ってました」
「………あー。それでなにがあったか、大体わかりました」
家庭環境が地獄すぎたせいで、二重人格だからな、アイツ。
おそらく、「本来の方」がキレる寸前に辞表を叩きつけたのだろう。
あっちがキレると碌なことにならない。
辞めた経緯を想像で補完していると、マネージャーさんが続けた。
「それでですね。五期生として彼女を起用しようと思うのですが…、どんな設定がいいと思いますか?」
「また意味のない設定考えるんですか?」
「設定とのギャップも、ライプラの売りなので…」
「刺身のパックに付いてるたんぽぽみたいなヤツくらい存在感ないですよ」
「ま、ま。そう言わず…」
ギャップのある設定を考えろと言われても、コイツの場合、どうすればいいんだ…?
ベタなことに二つの人格がそれぞれ正反対な性格だから、これ以上突き詰めることは出来ないぞ。
共通点と言えば、キチゲが溜まりやすい精神の不安定さで…。
「…カウンセラーキャラとかどうです?」
「じゃ、そこから肉付けしていきます!」
すまん、これしか思いつかなかった。
僕は心の中で謝罪しつつ、去っていくマネージャーさんを見送った。
…明日、一応は様子を見に行っておくとしよう。
常連のヤツも近所に住んでるし、言えば来てくれるだろ。
♦︎♦︎♦︎♦︎
翌日。僕は眼前に広がる地獄絵図を前に、表情を強張らせる。
スト缶の絨毯とでも呼ぶべきか。
効率的に脳を溶かす酒が、そうとしか思えないレベルで大量に転がっている。
ここまで重症だったか、と思いつつ、僕は常連のヤツに介抱されながら、机に突っ伏する彼女に歩み寄った。
「……おさけ」
「これ以上はだーめ!
…とまぁ、こんな感じで。
面接までは普通だったんだけど、前職について聞かれてからこんな感じで…」
「………そんな深刻だと思ってませんでした。
どんなセクハラ親父に当たったんですか…」
「親会社から出向してきたクソだって」
「あー…」
繕うのが上手いだけで、堪え性ないもんな。
それが酒という形で発散されてたわけか。
現代社会、闇も業も深い。
そのうち、極端な終末思想が持ち上げられたりしないだろうな。
そんなことを思いつつ、僕は酔い潰れた彼女の肩を軽く叩く。
「起きてください。様子見に来ましたよ」
「……はれれぇ?なんれキミがここにいるんれすかぁ?」
「だから、様子見に来たんです。
本来の方に代わってください。あっちの方はまだ意識保ってるでしょ」
「はぁい」
瞬間。だぁん、と、その額が勢いよく机に叩きつけられる。
流石に心配になる勢いだ。
僕が慌てて「大丈夫ですか?」と問うと、呻き声が返ってきた。
「あー…。二重の意味であったま痛ェ…。
……なんじゃこりゃあ!?」
先ほどとは違い、意識はしっかりしているが、粗暴な口調だ。
人格を入れ替えた彼女は、きょろきょろと部屋を見渡し、困惑を露わにした。
「え?あっちのオレ、こんな飲んだの…?
『なんか応答ねーなぁ』とは思ったけど…」
「その様子だと、かなり長い間、酔い潰れてたみたいですね。
度を超えた迎え酒とかもしてたんじゃないですか?」
「…ま、ゲボ吐いてねーのは救いだな。
オレの化粧品まで手ェ付けてねーよな…?」
よろよろと立ち上がり、部屋を出ようとする彼女。
と。常連のヤツがその脇を支え、「ちょっと待っててねー」と言い、共に部屋から去っていった。
「…さて。一応掃除しときますか」
…何日飲んだんだろうか、これ。
そんなことを思いつつ、ボクは散乱した缶を集め始めた。
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