第32話 案件動画、初手やらかし

「びぇええんっ!!

結局キャラ崩れたぁぁあああっ!!」

「なんで初っ端から飛べそうにない壁飛ぼうと思ったんですか…」


事務所にて。

みっともなく泣き崩れるコトバさんを前に、僕は呆れと共にため息を吐き出す。

高い壁を用意した挙句、勢いよく顔面からぶち当たる勇気には賞賛を送りたい。

挑戦もしないで腐る輩も大量にいるからな。

…いや、結局は飛べなきゃダメなんだけど。

ダメなんだけども、彼女はこの壁だけは越えられないと思う。

僕の呆れに、コトバさんは小さく呟いた。


「…あのクソ弟が作った奴だし、イケるかなって思って…」

「無理に決まってるじゃないですか。

本人に確認取ったところ、アレ、僕の弟をビビらせようとして作ったもんだって聞きましたよ?」

「弟に意識すらされてなかった…」

「そりゃあ、ごんぎつねで号泣するくらいに感受性豊かなんだから当たり前でしょうよ。

今時の大学生、それで泣きませんって」


あの子、姉に嫌がらせをしようなんて微塵も考えてないと思うぞ。

ほっといても勝手に自爆していくから。

某ヒーローものの悪役でも、こんな頻繁に自爆ボタンは押さないと思う。

そんなことを思いつつ、僕はコトバさんの肩に手を置いた。


「もう諦めましょう。君を大学に行かすことよりも不可能です」

「先生としてその発言どうなの!?」

「いや、割と職員間で問題になってましたからね?

君の進学、絶対無理だって全員頭を抱えてましたからね?」

「…………まじ?」

「大マジです。君の時の過労は、塾講師も匙を投げた君を大学に行かすためにやってた補講が原因です」

「すみませんでしたぁ!!」


テメェ、これで留年とかしたら顔面にグーパンだからな?

そんなことを思っていると、マネージャーさんが「テラスせんせー!」と声を張り上げ、こちらに駆けてくるのが見えた。


「あ、マネージャーさん。

どうかされたんですか?」

「いや、ちょっと…、あるゲーム会社の方から連絡がありまして…。

その、テラス先生たちに案件動画をやってくれないかと…」


案件動画というと、商品の宣伝を目的とした動画のことだっけか。

今回はゲーム会社の宣伝ということだから、ソシャゲか何かかな。

僕がそんな予想を立てていると、マネージャーさんが僕らに資料を差し出した。


「こちらです。『獄中堂々 蜘蛛の糸』」

「……『獄中堂々』って、小説じゃありませんでしたっけ?」

「ご存知なんですか?」

「ご存知もなにも、義弟の父が書いてますしねぇ」

「………先生の交友関係、凄すぎません?」


獄中堂々。投獄された極道が、刑務所の中に渦巻く闇と戦う、実体験に基づいた人気小説である。

作者は先ほど言った通り、僕の義弟の父。

捨て子だった義弟を育てるために足を洗った、ガチの極道から小説家に転身した人だ。

あの人の作品がゲームになるのかぁ、と思いつつ、僕は資料を読み進めていく。


「…あれ?これ、新規ストーリーですか?」

「あ、はい。ボツにされたストーリーを再構築して作ったとか」

「はー…。まあ、あの人、結構な間ムショ暮らししてましたし、そりゃポンポンエピソード出ますよね」

「…義弟のお父さんにしては、距離近くないですか?」

「ご近所だったんで、義弟くんの面倒見てましたし。一緒にバーベキューするくらいの仲ではありましたよ」

「…先生の周りの人、全員が主役張れそうなキャラしてますよね」

「まぁ、そうですね。兄弟の中だと、僕が一番キャラ薄いと思いますよ」

「「それはない」」


2人から食い気味に否定された。

大迷惑な天才に囲まれた弟に、極道世界を生き抜いてきた人を翻弄するレベルでおっちょこちょいで自由人な妹。

そして、普通の教師であった僕。

兄弟の中で僕が一番キャラ薄い気がするが。


「…話を戻して。この案件を任されたのも何かの縁ですし、引き受けますよ。

えっと、どこまでが配信OKなんですか?」

「序章クリアまでですって。だいたい…、2時間あればクリアできるそうです」

「わかりました。収録は…事務所でしましょう。日程も今のうちに決めておきたいです」

「あ、わ、私も…」


こうして、初めての案件動画は、身内の作品の宣伝となった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「はい、どうもこんにちは。まだ挨拶決まってない陽ノ矢 テラスです。

包丁さばきミスって指飛んだことあります。くっ付きましたけど」


コメント:ヒェッ…。

コメント:初っ端から飛ばしてて草。

コメント:ヒロイン関係ないとこでも洒落にならん怪我してんのなんなの…?

コメント:この人、これまで人生で致命傷以外のあらゆる怪我してそう。

コメント:↑言い過ぎ…ではないな。

コメント:配信始まって即放たれるテラスニウムには高い栄養価があるな…。

コメント:人の不幸で栄養を摂取するな。

コメント:でも好きでしょう?

コメント:うん。大好き。


今回は極道ものだから指が飛んだ経験を語ってみたが、割とウケた…と見ていいのかな。

ちなみに、飛んだのは人差し指である。めちゃくちゃ痛かった。

「包丁を使う時には注意しましょうね」と付け足すと、僕は画面のタイトルを読み上げる。


「今回は案件動画です。

『獄中堂々 蜘蛛の糸』を、特別に発売前に遊ばせてもらえることになりました。

このシリーズは原作全巻持ってますね。

完結済み作品なので、古本屋とかで一気に買って読んでみて下さい」


コメント:獄中堂々ってドラマじゃなかったっけ?原作あんの?

コメント:↑原作小説あるぞ。

コメント:原作の方がドラマの10倍はおもろいから読め。

コメント:10倍は言い過ぎ…でもないな。

コメント:実際そんくらいドラマと差があるんよなぁ…。

コメント:規制とかあって、映像じゃあんま過激な描写できんし、当然ではある。

コメント:ああいうアウトローものは、どうしても原作とドラマに差が出るよな。


たしかに、ドラマの出来は世辞にもいいとは言えなかったな。

原作ファンが大激怒するくらいには荒れた。

義弟の父も、あの女顔を歪めながら「なんやねんあの出来!ワシの役者を女に任すなやドアホ!」とキレていたっけか。

…いや、配役に関しては、世間から文句は出なかったけど。

あの人、経歴に反して、顔も体も声もパーフェクトに美少女だからなぁ…。


「では、始めていきましょう。

プレイヤーネームは…設定できないタイプのゲームみたいですね」

『称呼番号1629番!面会だ!!』

『っす』

「この話は、確か2巻と3巻の間の話みたいです。だから…、ああ、あの人が25の時の話ですね」


コメント:知り合いみたく言うじゃん。

コメント:知り合いだったりして。

コメント:あり得…ないって言えないのほんま怖い。

コメント:この先生、どんな爆弾持ってるかわからんしな。

コメント:こう言う時の嫁さんとコトバ様よ。

言霊 コトバ:この作者、先生の妹の婿さんのお父さんだって。

コメント:うーむ、微妙な関係性。

コメント:親類ではあるけど、ちょっと微妙感あるな。

テラス嫁:二ヶ月に一回は一緒にバーベキューするで。

コメント:前言撤回、それなりに近かった。

コメント:コイツの人間関係聞くだけで胃もたれする。気持ちいい。

コメント:↑頭おかしいよお前…。

コメント:頭おかしいリスナーしかいない定期。

コメント:そんな定期はない定期。


確かに、親類と言うには微妙な関係だ。

まぁ、妹が結婚する前から付き合いのある人だし、親類の一言で片付けられない関係がある。

僕からすれば、気のいいお姉さ…、撤回しよう。お兄さんのような立ち位置だった。

年がら年中ロリータ着てたの謎だったけど。

見た目は可愛い女の子だからまだいいが、中身が三十路のおっさんと考えたらかなりキツかった。

…いや、今でも着てるけど。なんなら当時から容姿変わってないけど。

そんなことを思いつつ、僕はムービーにリアクションを返す。


『先日はありがとう。おかげで、縞崎組による麻薬売買を根絶することができた』

『なんのことや知らんなぁ。オレぁただ、ここでお務めしとっただけやで』

『関西最大の極道組織…、漆間組にこれでまた一歩近づけた。

君には、感謝しても仕切れない』

『サツが豚箱におるクズに頭下げんなや、ドアホ。オレはただ、気に食わんクソジジイの愚痴言っとっただけや』

『…感謝ついでに、重ねて君に頼みがある。

今日入ってきた囚人に関してだ』

『話だけ聞こか』

『……その囚人の口から、判決を受けた経緯について、詳しく聞き出してほしい』

「……ああ、これアレですか。

確か、新しく入ってきた囚人が大物政治家の不祥事見ちゃって、冤罪でぶち込まれただけだったのを助けたっていう」


コメント:ファーーーーッ!?!?

コメント:またネタバレしおったw

コメント:一応ネタバレ注意ってタイトルに書いてるからって、根本からネタバレしていくスタイルすこ。

コメント:プロローグ開始から2分でネタバレすんのほんま草。

コメント:許さん。

コメント:許さん。

コメント:一定数許さん勢いるの草。


あ。やべ。言っちゃダメだった。

失言を悔やむも、時既に遅く。

サラッと出てきたネタバレを面白がる、または怒るコメントが爆速で流れていく。

その後、それなりに炎上して謝罪する羽目になったのは、言うまでもない。

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