第31話 がんばれ、コトバ様
「私のキャラ、完全に崩れちゃったって毎度コメントでバカにされるんです」
「もとより向いてないから当たり前では?」
ギャルゲー配信から2日後。
教え子の今更な言葉に、僕はすかさずツッコミを入れる。
気にするんなら、そんなニンニク臭がヤバいペペロンチーノを食うな。
一応は吸血鬼キャラだろ、お前。
虫が殺虫剤を「美味い美味い」と言いながら貪り食ってるようなモンだぞ。
そんなことを思いつつ、僕はニンニクにかき消されつつあるバジルの香りを取り込むように、ジェノベーゼを頬張る。
…ニンニクの風味しかしない。なぜだ。
持ってくる弁当も軒並みニンニク臭がキツすぎて、「空き教室使いなさい」と僕を含めた教師陣から説教されてたことを思い出す。
その空き教室、あとで「ニンニク地獄」とか呼ばれてたなぁ。
コトバさんを担当していた頃を思い出しつつ、僕は言葉を続ける。
「そもそも、君は自分を偽れるほど器用じゃないんですから。
ありのままの方がウケがいいんですし、気にすることないですよ」
「ウケがいいのはそうなんですけど、顔が割れてる時点で、素顔で配信してるようなモンですし。
やっぱりキャラ設定に忠実な方がいいかなって思ったんです」
「逆立しても無理だから諦めなさい」
「……もうちょっとポジティブなアドバイスくださいよ」
「僕にそれを期待するだけ無駄だってことは、理解していると思いますが」
「や、そうですけど…」
コトバさんは数秒、モゴモゴと口をまごつかせるも、即座にため息を吐き、「もういいです」と無理やりに話を切り上げる。
アドバイスは送りたいが、この子が高潔な吸血鬼というキャラクターを演じられるかと問われたら、まず無理だとしか言えない。
高潔という単語から程遠いレベルで俗っぽいし、吸血鬼の弱点であるニンニクを、人間でも死を覚悟するような量かっ喰らうし。
ニンニクの致死量ってどのくらいだったか、と思いつつ、僕は言葉を続ける。
「じゃ、次の配信で『どれだけ素を我慢できるか大会』みたいなのやりましょう」
「…それ、私の黒歴史が赤裸々に語られるタイプの企画じゃないですよね?」
「そういう企画ですけど」
「却下!絶対却下!!」
「ならキャラ設定は捨てなさい」
「む、むぐぐ…!」
「だいたい、なんでそんなに拘るんですか?
ライブプラスの皆、キャラ設定なんて知ったこっちゃないと言わんばかりに暴れ回ってるじゃないですか」
マナコさんは「百目鬼」という妖怪モチーフのくせに、トイレの花子さんでガチ泣きするレベルの怖がりだし。
シェスタさんはシスターキャラなのに、割と下世話で暴力的だし。
獅子ノ座夫婦はただのバカップルだし。
雪子さんは雪子さんだし。
キャラ設定の「キ」の字も見当たらないぞ、この事務所。
僕が疑問を浮かべていると、コトバさんは顔を真っ赤にしながら呟いた。
「……大人しめの子の方がモテるって聞いたから…」
要するにモテたいのか。
そりゃそうか。ニンニクだったり、トラブル体質だったりで、男が全く寄り付かなかったもんな。
大学生になって、「社会人に出会いはない」と知ったら、焦って当たり前だ。
が。それはそれ、これはこれ。
僕は残酷な現実を突きつけるべく、笑みを浮かべた。
「君の場合、大人しくても食生活が終わってるので受け入れられないと思いますよ」
「じゃあ、貰ってください…って言いたいんですけど、そっか。既婚者か。
………弟くん、彼女いましたっけ?」
「紹介しませんからね。
アイツの周り、僕とは別ベクトルでヤバい女ばかりなので、あなたが増えたらストレスでぶっ倒れます」
「失礼すぎない?」
「お前も弟くんも、面倒なのにしか好かれへんなぁ」とか嫁に言われたからな。
出来ることなら、弟には健全な恋愛をしてもらいたいものだ。
少なくとも、僕みたいな大惨事にはなってほしくない。
コトバさんには悪いが、弟にこれ以上トラブルメーカーの世話を焼かせるわけにはいかない。
ぶー、と頬を膨らませるコトバさんを前に、僕は「そのうち、いい人が見つかりますよ」とありきたりな慰めを送った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ありゃ、珍しい。
アンタ、あの子の動画見とんの?」
その日の夜。
リモートでやっていた仕事がひと段落ついたのか、軽く伸びをした嫁が、画面を見つめる僕に問いかける。
僕は片耳にだけ詰めたイヤホンを外し、軽く頷いた。
「ええ。普段、どんな配信してるか気になりましてね」
僕の携帯に流れるのは、コトバさんの配信。
今日はびっくり系のホラーゲームの実況のようで、何回か絶叫しかけているが、今のところはなんとか耐えている。
よっぽど僕に馬鹿にされたのが悔しかったらしい。
ここまでボロを出さない彼女が珍しいのか、コメント欄も珍獣を見ているかのような騒ぎっぷりだ。
「ウチもまともに見たことはないなぁ。
切り抜きはあるけど…、ええ機会やし、ちっと見てみるか。
イヤホン片っぽどこ?」
「ここです」
「さんきゅ」
ワイヤレスイヤホンの片っぽを差し出し、2人して画面に目を向ける。
…ふむ。海外のホラーゲームか。
字幕付きで実況しているため、言語が伝わらずに詰むということはなさそうだ。
テーマとしては、廃墟になった遊園地を脱出するために探索する…といった感じだ。
敵役はホラーチックに加工された、遊園地のマスコットキャラクターたち。
…うむ。夜中に出会したら確実にビビる見た目だ。
そんなことを思いつつ、僕は「がんばれ」と端的にコメントと投げ銭を送る。
と、同時に、ばぁん、と轟音が響き、クリーチャーが現れた。
『せ、先生…!ご、ご機嫌、うる、わしゅ…っ、ぎぇあっ…』
コメント:ゲームにもコメントにもめちゃくちゃ動揺してて草。
コメント:先生、他者の配信であんまコメントせんもんなぁ…。
コメント:コトバ様、また崩れかけてるぞw
コメント:そら崩れるわ。怖ぇもん。
コメント:コレ弟さんが作って海外で売り出したゲームって言ってたけど、ほんま性格の悪いタイミングでビビらせてくるなw
コメント:絶対に姉がビビるだろうタイミングでビックリシーン入れてるよな。
あー…。あの子が作ったゲームなのか。
多分、姉じゃなくて、僕の弟をビビらせようとして作ったな、コレ。
コトバさんなら、このクオリティをもう二つ落としてもビビり倒すもん。
どん、どん、と規則正しいながらも、威圧感ある重い足音が響く。
一人称視点だから、背後を確認できないというシステム、ホラーゲームになった途端に真価を発揮すると思う。
『あんのク…っ、愚弟には、そ、相応の、し、仕置きを用意しておきますわ!!』
コメント:もっと口汚く罵ってええんやで?
コメント:コトバ様にしては知能指数が高い…?お前偽物だな!?
コメント:偽物扱いされてんのほんま草。
コメント:普段のコトバ様見てると、もうあと50はIQ低い気がするもんな。
コメント:50は言い過ぎ。せいぜいマイナス25ぞ。
コメント:それも言い過ぎなんよなぁ…。
陽ノ矢 テラス:そこらの大学に進学できるくらいの知能はあります。
コメント:ワイ、受験生。こんなんでも大学行けたって事実に希望が見えてきた。
コメント:Fランは名前書くだけで受かるぞ。
コメント:あっ、そっかぁ…(察し)
擁護したつもりなのだが、コトバさんを馬鹿にする流れに拍車をかけたような気がする。
一応はそこそこの大学に入ってるのだが。
…クラスメイトには、「弟くんに知能のほとんどを吸い取られた」とか言われてたなぁ。
そんなことを思っていると、コトバさんの操作しているキャラの視点が自動で後ろを向き、クリーチャーの顎門がドアップで映った。
『びぎぇあああああっ!!
もうやだっ!!こんなゲームやめるぅ!!』
コトバさんが完全にキャラを崩すとともに、部屋から去っていったであろう音が響く。
その後、五時間ほど啜り泣く声だけが響き、配信を見ていたリスナーが放置されるという珍事がネットニュースに取り上げられることになったのは、言うまでもない。
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