第13話 お泊まり配信 その4

数分後。

リスナーたちの学生やらかしエピソードで場を繋げていたところ、コトバさんがふと呟いた。


「どうして学生って一回はバカやらないと気が済まないんでしょうね?」

「全日本バカ代表みたいなコトバさんが言える話ですか?」

「担任が吐くセリフじゃなくない!?」

「三者面談何回やったと思ってんですか?」

「……はい。すみません」


コメント:問題。コトバ様がテラス先生に勝つ方法を答えろ。

コメント:無理やろ。

コメント:百点満点の回答出たわw

コメント:握られてる弱みが多すぎる…!

コメント:はよ!次のバカエピソードはよ!

コメント:コトバ様、またツイッ○ーで荒れるぞw

コメント:アレはアレで面白いからバッチコイ。


どんな荒れ方してるんだ、この子。いや、調べなくても大体予想はつくけど。

もう身バレした身ではあるが、彼女がこれ以上個人情報が特定されるような情報を流さないことを祈ろう。

多分、僕がとばっちり喰らうから。


「先生にはそういう失敗談ないのか?」

「ありますよ」

「へぇー…。どんな失敗だ?」

「当時流行った漫画のタイトルを間違えたとか、体操服忘れたとか」

「……誰でもやるくね?」

「あとは…、寝ぼけてレポートを書いたことがあるんですけど、なんか『心理学とはヌズベベバッヲヂョンの睾丸を指す』とか訳の分からない怪文書になってましてね。

気づかずにメールで提出したら、教授に黄色い救急車呼ばれかけました」

「ぬず…なに?」

「ヌズベベバッヲヂョン。僕でも何かわかりません」


コメント:ぬず…え?

コメント:ヌズベベバッヲヂョンだボケ。

コメント:↑文字に起こしてもわからんわw

コメント:心理学者から訴状が届きそうな論文書いてて草。

コメント:寝ぼけてると訳分からん文字打ってるのはあるけど、これはある…のか?

コメント:教授が精神科医呼ぼうとしてんのほんま草。

コメント:↑真面目そうなやつから急にこんな怪文書来たら恐怖覚えるわw


今思い返しても、何を思って書いたのかわからない。

地理も現文も古文も「伊能忠敬」で埋め尽くしたコトバさんのことをバカに出来ないくらいのやらかしである。

「私のこと言えないじゃないですか!」と抗議するコトバさんに、僕は深く頷いた。


「コトバさんのことをバカに出来ない失敗の一つくらい、僕にもありますよ」

「他には?他にはないの?」

「そのほかは…スーパーでバイトしてた頃、商品の場所がわからなくて『ありません』って嘘ついたとか…。

不審者情報があって校舎周りのパトロールしてた時に、後ろから突っ込んできた車に気づかずに吹っ飛ばされて、そのまま川にドボンしたとかですかね」

「え…?だ、大丈夫なのか、それ?」

「頭を強く打ったせいで、三途の川渡りかけました。ほら、その時の傷」

「痛い痛い痛い!見せんくていい!!」


コメント:元プロレスラーが引くくらいヤバいとこに傷あるんか…。

コメント:人生経験が豊富すぎる…。

コメント:最後の失敗やない。事故や。

コメント:面白エピソードも飛び出すけど、殺伐エピソードも飛び出すな…。

コメント:そんな軽く臨死体験を話すな。

コメント:怪談とは違う意味で怖いわ。


気をつけていれば回避できた事故だから、僕の過失でもあるのだが。

おかげで、見た人全員がドン引きするようなところに傷が残ってしまった。

この金髪のせいでバットで殴られたとか思われてたこともあるくらいだ。


「というか、プロレスラーだったマナコさんの方が、臨死体験あると思うんですが」

「プロレスでは死にかけたことは…ないな。気ィ飛んだことはあるけど。

臨死体験って言っても、2歳の頃と6歳の頃に肺炎かかってヤバかったくらいだぞ。

しかも6歳の時なんて、点滴の位置がズレてたせいで右手が変な形に膨らんで痛んだりしたぞ」

「おおう、なかなか壮絶…」


コメント:点滴ズレて膨らむとかあるん?

コメント:↑マジやぞ。めっちゃ痒いし痛い。

コメント:もう一回注射しなきゃならんのが苦痛やったわ。

コメント:怖っ。

コメント:注射トラウマなるで。

コメント:マナコちゃん、前世で言ってたけど、注射ガチで無理らしい。

コメント:どう考えても原因それじゃないですかヤダー!

コメント:失敗した医者の責任ヤバそう。


注射というと、昔に担当した子が注射嫌いで、血液検査で逃げ出したことがあったな。

無理な人は無理と知っているし、馬鹿にはしない。

かくいう僕も、注射は苦手な類だ。


「コトバちゃんはなんかあるか?」

「皆死にかけたことがあるみたいに言わないでほしい」

「ないんですか?」

「ありますけど…、怪談になりますよ?」

「よしこの話題やめよう」


コメント:めっちゃ早口w

コメント:実家のヤバめな倉庫でかくれんぼして祟られかけた話?

コメント:↑なんで知ってるん?

コメント:2回めの雑談配信で言ってたぞ。

コメント:これ、リンクな?http://…

コメント:サンクス。

コメント:コトバ様、実家でも学校でもやらかしが多すぎて草。

コメント:現職でもやらかしてるぞ。

コメント:恩師巻き込んで身バレした女。

コメント:無自覚に自爆テロかますのタチ悪いなw


全くもってその通りである。

「それ以上迷惑かけてないもん!」と憤慨するコトバさんだが、これからも迷惑をふっかけられる未来しか見えない。

三者面談の時、彼女のお母さんが「変なことしてませんよね?」と真っ先に聞いてくるくらいには、普段からやらかしてるのだ。

三つ子の魂百までというし、無自覚なトラブル体質は一生変わることはないだろう。

そんなことを考えていると、再びドンっ、ドンっ、と扉が音を立てた。


「またわたあめちゃんかな?」

「いつもはンなことないんだけどなぁ…」


怪談の恐怖はそこそこ薄れたのか、マナコさんが扉を開く。

と。薄く開いた扉に突入しようと、わたあめちゃんが凄まじい形相でこちらに向かってくる。

マナコさんがそれを抱き上げようと構えると、ぴょん、と飛び上がり、その頭を踏み越えた。


「あだっ!?」

「え、ちょっ、ぐぶぅっ!?」


弾丸のように突っ込んできたわたあめちゃんの衝撃に負け、僕は椅子ごと床に倒れ込む。

わたあめちゃんは「わ゛ん゛ッ!!」と雄叫びを上げ、執拗に僕の腹部で飛び跳ねた。


「ちょっ、わたっ!やめなさい!!」

「だっ、あだっ!?や、やめっ、やめて!?

そこ晩飯詰まってるから、ぁあ゛っ!?」

「せんせ…っ、すみません、配信切り上げまーす!!」


僕たちの初のお泊まり配信は、まさかの愛犬突撃で幕を閉じた。

その後、大量の切り抜き動画がネット上で出回ることになったのは、言うまでもない。

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