第12話 お泊まり配信 その3

わたあめちゃんの乱入から数分。

彼をケージに戻し、帰ってきたマナコさんに、僕は話題を振った。


「マナコさんは身バレまだでしたっけ?」

「皆してるみたいに言うなよ。

先生とかコトバちゃんとか、雪子先輩が例外なだけだからな?」

「いや、マナコさんは前職が前職ですし…」

「ん?覆面レスラーだったし、前職から中身バレることないぞ。

本名、顔出しNGしてたし。

リングネームは『パイルバンカー熊猫』」

「熊猫って、パンダじゃないですか」

「覆面がパンダだし、こうなった。

お、見てくれてる人そこそこ居るっぽい」


コメント:グッズ買ってたわ。

コメント:インタビューの時はあんなクソカワボイスなのに、試合になった途端ドス入るのギャップ凄くて好き。

コメント:小学生ボディのどこからあんな力出てんの?

コメント:↑動画ある?

コメント:「現役時代振り返り配信」ってのがアーカイブあるぞ。

コメント:小さいだけで、筋肉質ではあるんだよなぁ…。

コメント:マナコちゃん、小柄なせいでプレス技がダメージないから、決め技は大体スープレックス。

コメント:こんな小さい子がリングの上に立ってていいのか…?

コメント:↑当時高校生だぞ。


高校生とプロ選手の両立って、結構難しいはずだが。

僕の場合、2年目に担当した生徒がプロゴルファーだったから、その苦労はよく知っている。

過労でぶっ倒れた経験のある僕からしても、アレはキツそうだった。

今はコーチやってるんだっけか、と思い出に浸りつつ、僕はふと浮かんだ疑問を投げかけた。


「高校生とプロの両立ですか…。

今はVtuber一本なんですよね?」

「いんや、大学生。プロレスは怪我で引退したけど、学生は続けてるぞ」

「…配信頻度高いけど、単位、大丈夫?」

「大丈夫なわけないだろ。

今期取れたの4単位だけだし、2年生にして留年確定だ」

「…コトバさん、3回生でしたよね?

人のこと、心配できます?」

「………わ、私、16単位取れてるもん」

「通年とか言うオチじゃないでしょうね?」

「ぎくっ」


コメント:通年16は草。

コメント:新手の虐待だ…!

コメント:こういう世界もあるんだな。

コメント:↑なんか目覚めてる奴いて草。

コメント:わたあめちゃんが吠える吠える…。

コメント:コトバ様は兎に角、マナコちゃんは擁護できん成績やな。

コメント:↑Vtuberも過酷やから…。

コメント:デビューした頃だと、大体の大学、期末終わってるぞ。

コメント:あっ…。


問題。卒業生が留年の危機に瀕した時の元担任の気持ちを答えろ。

正解は「泣きそう」である。

勉強が嫌いなのは知っているが、大学生になって一気に悪化したのだろうか。

いや、Vtuberになって忙しくなって…。

…待てよ?コメントにも書いてる通り、僕たちがVtuberになった頃だと、もう大学の期末は終わっているじゃないか。

悲しいことに、素で落としたらしい。

僕は深いため息を吐き、コトバさんに半目を向けた。


「……呆れはしますが、説教はしませんよ。

僕はもう教師じゃないんで」

「良かったね、マナコちゃん。

先生の説教、短いけど傷口に鉛玉ぶち込むレベルで容赦ないから」

「寝不足で頭回らないからって、その日テストした教科の答案用紙に全部『伊能忠敬』って書いたことバラしますよ」

「ギャァアアアーーーッ!?!?」

「ごめん。それはオレも引く」


コメント:草。

コメント:ぶっちぎりのバカやんけw

コメント:何故に伊能忠敬?

コメント:日本史のテストでもあったんやろ(テキトー)

コメント:これで日本史のテストがなかったら笑えるなw

コメント:↑それはないだろ。…ないよな?

コメント:考えてみろ。コトバ様の残念具合だと普通にあるぞ。

コメント:皆、コトバ様のことバカにしすぎだろ!確かにバカだけど!!


残念。日本史のテストは、その前日だった。

僕は現代文を担当していたのだが、答案用紙にびっしりと並んだ『伊能忠敬』の文字に驚いたものだ。

地理を担当してた学年主任が笑いすぎたせいで横隔膜が変に捻れ、1週間も入院した程の珍事件だった。

もちろん、伊能忠敬事件は校長の耳にも入り、急遽三者面談をさせられる羽目になったことは、今でも覚えている。


「しかもですね、入学してすぐのテストだったんで、日本史のどの問題にも伊能忠敬出てなかったんですよ」

「やめて!やめてぇ!!

それ黒歴史!黒歴史だからぁ!!」

「伊能忠敬しか書けない呪いにでもかかってたのか?」

「だったら良かったんですけどね。

あとは、最初の模擬試験で、マークを全部1で埋め尽くすっていうのもしてました。

もちろん、結果は緊急三者面談になるくらい惨憺たるものでしたよ」

「…なんでオセロは出来て、勉強は出来ないんだ?」

「普段からやらないからですね」

「や、やめっ、やめろォッ!!」


コメント:ハッキリ言うわ。コトバ様、超おバカ。

コメント:ワイの方が頭良さそう。

コメント:これを上回るバカ探すの無理だろw

コメント:説教の代わりに精神攻撃してて草。

コメント:なんで大学入れたん?

コメント:↑先生の手腕やろ。知らんけど。

コメント:この救いようのないバカを見捨てない先生すごい。

コメント:そら過労でぶっ倒れますわ。

コメント:Vtuber天職やんw

コメント:他の職で働けてるコトバ様を想像できんわw

コメント:オセロのプロくらいやろ。


オセロに極振りしたせいで、諸々が残念すぎる生徒を心配しないわけがない。

彼女の名誉のために言うと、過労で倒れた理由の一因にはなっているが、流石に原因全てを担っているわけではない。

そもそも、30人近い受験生の面倒を見ているのだ。過労にもなる。

他人の人生を背負うのは、自分の人生を背負うよりも大変なことなのだ。


「なあ、他にはなんか珍回答なかったのか?

オレ、ショートとかで珍回答集よく見るんだけど」

「『こころ』の長文問題で『登場人物の気持ちを答えなさい』ってのがあったんですけど、『私が知ってると思いますか?』と書いた人は居ましたね。

作者の夏目漱石も『書いたけど俺も知らんわボケ』って言ってるんで、丸にしようかどうか迷いました」

「結局バツだったじゃないですか。おかげで赤点に……あっ」

「コトバちゃんかー…」


コメント:※夏目漱石は「ボケ」までは言ってません。

コメント:質問文を質問文で返すとテスト0点なの知ってたか、マヌケ。

コメント:先生がわざわざ暈したのに拾ってくスタイルよw

コメント:知的なクールビューティーで売ってたコトバ様はどこへ…?

コメント:↑ニンニクで死んだぞ。

コメント:↑死因ニンニクは草。


初期のキャラが影も形も無くなってるな。

いや、まあ、もともと無理があり過ぎたキャラだったんだけども。

そう考えると、マナコさんのキャラも合ってないように思える。

百目鬼も妖怪の一つだったはずだ。

トイレの花子さんでギャン泣きするような人が名乗っていいものか。

そんなことを思いつつ、僕はマナコさんに話題を振った。


「マナコさんも珍回答する側に見えますね」

「体育の筆記テストをプロレス技で埋めた。もちろん0点」

「もっとヤバめのヤツ期待したんですけど、あんまり面白くないですね」

「リングネーム書いて0点とかの方が面白かったですよね」

「テストってウケ狙いで受けるもんじゃねーからな?」

「ダジャレですか?」

「違うわボケ」


コメント:先生が担当した奴がバグってるだけでは?

コメント:体操服をお汁粉にしたクソレズがいる高校やぞ?今更やろ。

コメント:コトバ様じゃなくて、先生の周りに変態が集まる可能性が微レ存。

コメント:微粒子レベルどころじゃないんだよなぁ…。

コメント:ライブプラスが変態を集めてるのもポイント高いな。

コメント:↑雪子氏とかな。


え?嘘でしょ?

これ以上ヤバいのゴロゴロ居んの?

同じ事務所だから、この先コラボとかあり得るだろうな。

そんなことを思いつつ、僕は次の話題を探した。

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