第14話 聖川 シェスタ

「…マナコさんって、意外とこういうオシャレなお店が好きなんですね」


こじんまりとしていながらも、気後れしてしまうくらいには洒落た雰囲気のイタリアンレストランにて。

僕は打ち合わせ帰りに会ったマナコさんを隣に、ちびちびとお冷を啜った。

マナコさんは苦笑を浮かべつつ、厨房で忙しなく動く青年を指した。


「従兄弟の兄ちゃんがやってる店なんだよ。

普段は高いから手ェ出せないけど、奢ってくれるって言うからさ。

…ってか、奢ってばっかに見えるが、大丈夫なのか?」

「実入りは多いんですけど、生活費以外に使いませんからね。

コレといった趣味もないので」

「…良くも悪くも話題の人だもんなぁ。4期の中で一番収入すごいって聞くぜ?」


そうなのだろうか。マナコさんとコトバさん以外の4期生をあまり知らないから、あんまり実感がない。

僕が首を傾げていると、からん、と鈴が鳴り、来客を知らせる。

と。それに反応し、マナコさんが「こっちー」と入ってきた女性に手を振った。


「お知り合いですか?」

「お知り合いって、同じ4期生だろ?」

「……ああ、そういえば、居たような」


儚げな印象を受けるその女性は、マナコさんの隣に腰掛けると、薄く笑みを浮かべた。


「初めまして、テラス先生。

私、『聖川 シェスタ』の中の人…です。

その、本名はちょっと恥ずかしいので、こっちの名前でご容赦ください…」


聖川 シェスタというと、敬虔なシスターキャラとして売ってた人か。

あの事務所にしては珍しく、合致したキャラクター像のように思える。

そんな印象を抱いていると、マナコさんが笑みを浮かべ、口を開いた。


「コイツさ、ドン引きするレベルのキラキラネームで…」

「おいコラ」


マナコさんが秒でカミングアウトをかまそうとした瞬間。

凄まじい勢いでその頬を掴み、額と額を合わせるシェスタさん。

彼女は迫力を込めた笑みを浮かべ、顔が歪むほどに頬を掴む力を強めた。


「ほふぇん」

「ごめんって言ってますね。

僕もコンプレックスを聞く趣味はないので、気にしないことにしますから…」

「助かります。

…おい、クソチビ。二度はねぇからな?」


…恫喝が堂に入ってる気がする。

合致したキャラクターだと思っていたのに、1分も経たずに第一印象が覆された。

受け持った生徒にもこういう子が居たな、と思いつつ、僕はメニュー表を差し出す。


「僕はもう決めてるんで、どうぞ」

「ありがとうございます。

えぇっと、イタリアンでニンニクを使わないのって、どれかしら…?」

「言ったら抜いてくれると思いますよ。

ニンニク、ダメなんですか?」

「ダメって訳ではないのだけれど、苦手で」

「……コトバさんとは飯行かない方がいいですよ。血液がニンニクで出来てる人なんで」


多分、コトバさんと食事に行ったら卒倒する可能性がある。

僕の忠告に、信じられないと言わんばかりに顔を青くしているあたり、本当にニンニクが無理な人なんだろう。

なんでイタリアンに誘ったんだ、とマナコさんを半目で見やりつつ、僕はシェスタさんに問いかける。


「普段はどんな配信を?」

「モーションキャプチャを使ったダンスですね。前職がダンスインストラクターだったので」

「モノを教えていたと言う点では、話が合いそうですね。

どんな子を教えていたか、お聞きしても?」

「えぇっと…、あの子とか」


言って、彼女はイベントを知らせるポスターに映る女性を指差す。

そこそこに有名なアイドルだ。何回か、テレビで見たことがある。

同類っぽいからわかる。前職に誇りがある類だ。嘘はついていないだろう。


「歌枠とかも取るんですか?」

「はい。踊りながら歌うとかもしますよ。

なんならブレイクダンスだって出来ちゃいます」

「別撮りとかではなく?」

「別撮りはやったことないですね。

…今度出るテーマソングは別撮りにしてくれって言われてますが」


そういえばあったな、そんな話。

大丈夫か?前の歌枠、僕とコトバさんが巫山戯まくったせいで、とんでもない事になっていたが。

僕とコトバさんのパートだけとんでもない歌詞がブッ込まれたりしないだろうな?

そんなことを思っていると、「本日のサラダです」と、僕の前に注文したサラダが置かれた。

オリーブオイルがベースであろうドレッシングに粉チーズが降りかかっており、更には冷スープまで付いている。

盛り付け云々などの知識はないが、素人目でも綺麗に仕上がっているように見えた。


「なんというか、本格的ですね。

いつもはサ○ゼで済ませてたので、こういうイタリアンは新鮮です」


ファミレスと比べるのは失礼かもしれないが。

そんなことを思いつつ、僕はフォークで野菜を刺し、ドレッシングが滴るソレを口に放り込んだ。


「あ、美味しいですね」

「マナコちゃんのチョイスにしては、ちょっとオシャレが過ぎる気がするわね。

いつもは家系ラーメンとか選ぶのに」

「い、いいじゃんか、美味しいんだから…」

「ウチの生徒よかマシです。

あれは殺人的な量のニンニクを含有した料理しか食べ物と認識してなさそうなんで」

「中国の方ですか?」

「アレに中国の血は入ってません」


毎日のようにニンニクを摂取している中国人でもドン引きするくらいには摂取するぞ。

ニンニクを普段使いする国出身の留学生が、とんでもない形相で後ずさるくらいには食うぞ。

親御さんが「ニンニク臭くてすみません」と会うたびに頭を下げてくるんだぞ。

この場に連れてこなくて良かった、と胸を撫で下ろしていると、注文を終えたシェスタさんが思い出したように口を開いた。


「実は、私にも困った教え子が同じ事務所にいましてね。

雪子といえばわかりますか?」

「えっ…?あの、身バレRTA、Vtuber部門世界記録保持者の?」

「そんな異名もあるんですね、あの子…」

「今考えました」


本当に世界記録を保持していそうだが。

ギネスに登録できるかな、と思いつつ、僕は冷スープを啜った。


「おかげでウチが経営していたダンス教室まで特定されてしまって、一時期イタズラが酷かったんです」

「そちらも教え子に苦労かけられてるんですねぇ。

ウチなんて飛び火で身バレして、今は学校も政治家も本能寺レベルで燃えてます」


教えていたものは違うものの、教え子に苦労をかけられているのは変わらない。

二人して教え子の愚痴で盛り上がる中、運ばれてきたサラダを頬張ったマナコさんが「気まず…」と声を漏らした。

一頻り愚痴を語り終えたシェスタさんが、ふと、思いついたように口を開く。


「あ、そうだ!空いてる日程があれば、コラボ配信してみませんか?

ただの雑談かつ愚痴大会になってしまうかもしれませんけど」

「いつもそんな感じなんで、気遣い無用です。

コメント欄が地獄になりそうですし、地獄してる僕のチャンネルでやりましょうか」


いつにも増して阿鼻叫喚になりそうだな。

そんなことを思いつつ、僕は運ばれてきたパスタにフォークを突き刺した。

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