第7話 怪談配信 その1
『テラスさん、なんか学校で怖いエピソードってあります?』
「生徒が警察沙汰を起こした」
『………まぁ、そりゃ怖いでしょうけど』
藪から棒に飛んできた質問に答えると、「なんか違うんだよな」と言いたげなマネージャーさんの声が響いた。
流石に冗談である。
僕が担当した生徒は、奇跡的にそういった非行には走らなかった。
そもそも、ある程度の勉強ができないと通えない進学校だったから、そういう生徒はあまりいなかったのだが。
…まあ、他のクラスで別の問題は発生したのだが。
思い出したくもない記憶に心を痛めつつ、僕は「ありますよ」と返す。
「十年前に適当に作って、当時の生徒に話した怪談が、今や学校の七不思議に数えられてました」
『どんな怪談っすか?』
「夜遅くまで学校にいると、『かえろ』と扉越しに誘う幽霊ですね。
誘いに乗って扉を開けると、あの世に連れてかれると安直な話を作りましたよ。
…まぁ、生徒に話した次の日に、マジに同僚で行方不明者が出たので、『それのせいじゃないか』と思われましたが」
実際には、居酒屋で酔いつぶれ、何故か北海道まで行っていたというだけだったが。
僕たちが慌てふためいていたのにも関わらず、がっつり北海道グルメをエンジョイした挙句、僕たちの土産に白い恋人を買って帰ってきた時には殺意を覚えた。
翌日には噂が僕の手元を離れて一人歩きし、コトバさんが入学した年ではすっかり七不思議の仲間として、生徒たちの恐怖と興味を煽っていた。
おかげで七不思議を確かめようと残る生徒が一部いたが、迷惑でしかなかった。
…まあ、七不思議のうち3つは、僕が蒔いた種だから、そんなことを言えた立場ではないのだが。
「で、なんでそんなことを?」
『実は、今度の企画で「怪談配信」というものをやろうと思うんです』
「…読み聞かせ的なヤツですか?」
『そんな感じです。
で、参加メンバーを4期生の「百目鬼 マナコ」さんとテラスさんにしようかと』
「ええっと…、ああ。あの至る所に目玉が付いた奇抜ファッションの子ですか?」
百目鬼 マナコ。僕の同期にあたる女性で、主に推理ゲームやノベルゲームの実況を中心に活動している。
見た目としては、赤い百目鬼の擬人化と言えば事足りるだろう。
しかし、何故にこの人選なのか。
僕が疑問に思っていると、マネージャーさんは嬉々として理由を語り始めた。
『彼女はホラーが大の苦手なので、いい反応してくれるかと!』
「鬼畜ですか?」
これだからエンターテイメントは。
僕はいまだに顔を合わせたことのないマナコさんに同情の念を送りつつ、レトルトカレーを頬張った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「嫌だァァアアーーーーッ!!」
「すごい。セミみたい」
配信当日。
事務所の柱にしがみつき、恥も外聞も気にせず叫び散らす小柄な女性に、僕は表情を引き攣らせる。
そう。彼女こそが、怪談配信のリアクションを務めるはずの百目鬼 マナコである。
スタッフさんやマネージャーさんが数人がかりで彼女を引き剥がそうとするも、全然離れようとしない。
「ヤだ!!オレは絶対に出ない!!
神職家系のコトバが同期に居て、なんでホラーとかオカルトに耐性のないオレが参加しなきゃなんないんだよ!?
絶対に叫び散らすだけでろくに収録できないから!!
だからもうオレをお家に帰してェェェエエーーーッ!!」
「NG出してなかったんで」
「それでも嫌だァァアアーーーッ!!」
彼女はその小柄な見た目に反して、男勝りな口調で喚き散らす。
NGを出しておけばよかったのに、と思いつつ、僕はマナコさんに声をかけた。
「マナコさん、諦めてください。
これも仕事ですよ」
「テラス先生か!?
アンタがそれ言うと、オレもう逆らえないじゃんかぁ!!」
「それが社会という物です。
どれだけ嫌でも、やらなきゃ食い扶持は稼げないんですよ」
「うわぁぁあああんっ!!
同期が現実で殴ってくるぅぅううっ!!」
口調の割に気が弱いぞ、この子。
わんわんと泣き喚く彼女を、「あんまり怖くないの選びますから」と宥め、なんとか柱から引き剥がした。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「今日もこの目でお前たちを見ているぞ!
百目鬼 マナコと!」
「挨拶なんて決まってません、陽ノ矢 テラスです。改名して『漆黒暗闇ブラックホール』とかにした方がいいと思ってます」
コメント:大丈夫?マナコちゃん逃げない?
コメント:ホラゲ配信開始10分でコントローラーほっぽり出して、そのまま20時間近くゲームオーバー画面だけを垂れ流したもんな。
コメント:マナコちゃん、大丈夫?現実で殴ってくるクソ野郎に虐められない?
コメント:↑クソ野郎は自分も殴ってるゾ。
コメント:クソ野郎のことテラス先生って言うのやめろよ。
コメント:↑逆やで。
始まってしまった、と言わんばかりにガッタガタと震えるマナコさん。
まだ出会ってあまり時間が経っていないが、かなり緊張しているようだ。
「オープニングトークで緊張をほぐしてあげてください」とマネージャーさんに言われてる以上、怪談を絡めても当たり障りのない話題で行くとしよう。
「えー、怪談配信ということでですね。
まずは軽く企画を紹介します。
…といっても、知ってる怪談とか、ネットにある話とかを僕が朗読するだけの配信なんですけどね。
多分、生徒が問題を起こした時にかかってくる警察からの電話の方が、よっぽど恐ろしいです」
「オレ、読むの、無理、頼む」
「どんだけ怖いんですか。まだオープニングトークの段階ですよ?」
コメント:出たぞ、カタコトマナコちゃん。
コメント:この段階で相当ビビっとるやん…。
コメント:よっぽどやりたかないんやろな…。
コメント:ビビりモードのマナコちゃんとオフコラボとか許さんくたばれ。
コメント:テラスしね。
コメント:辞めて正解のクソ教師。
コメント:概要欄で「パーソナリティは百目鬼 マナコ!」って書いてるけど、大丈夫?マナコちゃん仕事できる?
コメント:無理やろ。
コメント欄でマナコさんを心配するコメントが怒涛のように流れる。
ところどころ、僕に対する怨嗟が吹き出していたが、見て見ぬ振りをして、しばらくは他愛もない話を続けた。
数分もすると、少しは緊張がほぐれたのか、貧乏ゆすりが少しおさまった。
「じゃ、マナコさん。そろそろ」
「ち、ちょっと待って。深呼吸する。
………よ、よしっ。ばっちこい!」
「わかりました。では、始めましょうか。
一発目の題名は…、そうですね…。
『にこにこ』。前の職場で定番の怪談だった話です」
♦︎♦︎♦︎♦︎
ある日、二年生のSさんは、学校の図書室で調べ物をしていました。
授業の一環で『この学校の歴史について』をまとめるべく、彼は図書室の資料を読み漁りました。
真面目だったSさんは、図書室に置かれていた資料を読んでいくうち、一つの本にたどり着きます。
そのタイトルは『にこにこ』。
学校や地域の歴史についての本が並ぶ中、異彩を放つその本を手に取ってしまうのは、自然のことだったのかもしれません。
どうしてこんなところに、こんな本が置かれているのだろう。
そう思いながらも、Sさんはその本を手に取り、ぱらぱらと本をめくりました。
ページのほとんどは文字が塗りつぶされ、ほとんど読めないものでした。
だがしかし。その中で「にこにこ」という単語だけは、一切汚れずにそのまま残されていたのです。
彼は考えました。「どうして『にこにこ』という単語だけが無事だったのか」と。
それを考えると、夜中でも目が冴えて、全然眠れなくなってしまいました。
寝ても覚めても、「にこにこ」という単語だけが塗りつぶされていない本のことばかりが気になります。
しかし、その本は次の日には消えてしまっていました。
どれだけ図書室の人に聞いても、「そんな本は置いていない」と言われたSさん。
彼の頭の中はすでに、「にこにこ」についての疑問でいっぱいでした。
寝ても覚めても「にこにこ」が頭にこびりついて離れません。
「にこにこ」とはなんなのか。そればかり考えるあまり、彼は毎日、譫言のように「にこにこ」と繰り返していました。
そんなある日、彼はふと思い立ちました。
ここに書かれているように、「にこにこ」すれば、この謎は解けるのでは、と。
その日から、彼は「にこにこ」と笑うようになりました。
日が経つにつれ、自分の中の存在が、「にこにこになっていく」感覚が広がっていく。
そんな多幸感に包まれた彼は、「にこにこ」以外の全てがどうでもよくなりました。
そんな彼のノートには、いつも「にこにこ」とだけ書かれるようになりました。
それだけではありません。彼の使う教科書、彼が受けたテスト、彼が読んだ本。
彼はあらゆる全てが「にこにこ」でないと許せなくなりました。
にこにことしか書けず、にこにことしか言わなくなったSさんを、彼の両親は激しく叱りつけました。
叱られる中でSさんは思いました。
「なんでこの人たちは『にこにこ』じゃないのか」と。
疑問に思ったSさんは、彼らを「にこにこ」にしてあげました。
次は誰をにこにこにしてあげようか。
そう思いながら、彼は家を出ていきました。
その後、周辺の街では、笑顔の形に顔の一部を切り取られた遺体が相次いで発見されたそうです。
「にこにこ」になったSさんと、彼が読んだ「にこにこの本」は、まだ見つかっていません。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…とまぁ、こんな感じです。
……大丈夫ですかー?」
「もうやだぁぁあああああっ!!
お家帰るぅぅぅううううっ!!」
「これも仕事ですよ。収録部屋から逃げようとしないでください」
「うわぁぁあああああんっ!!
鬼っ!悪魔っ!陽ノ矢 テラス!!」
「僕の名前、悪口と同列ですか?」
コメント:ミーム汚染やった…。
コメント:テラス先生が話すと迫力あるなぁ(白目)
コメント:先生の抑揚のない語り部が怖すぎる。マナコちゃんの悲鳴で中和されとるようなモン。
コメント:怖がるマナコちゃんカワイイ。
コメント:先生の名前が悪魔や鬼と同列の悪口なのワロタw
あんまり怖くないやつを選んだんだが。
「もうやめようよぉ…」と泣き言を吐くマナコさんを横に、この先不安だな、などと思いつつ、僕は次の話を選び始めた。
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