第8話 怪談配信その2

「…今時『トイレの花子さん』でここまでビビる人は初めてです」

「だって怖いんだもん!!」


コメント:なんで結末も知ってるポピュラーな怪談でここまで叫べるんだw

コメント:八尺様聞いた日には失神するだろw

コメント:実は4期生全員昭和に生まれて昭和に生きてる説。

コメント:↑クソみてぇな暴論草。

コメント:↑マナコちゃんはホラーに耐性が無さすぎるだけだから…。


立派な平成生まれなのだが。

僕が着ていた上着をひったくりの如く強奪し、そこに包まったマナコさんに目を向ける。

出来る限りの配慮を続けた結果、ブラジルまで行きそうな程に下がった恐怖のハードルを、マナコさんは飛び越えられなかった。

もう辞めた方がいいだろうか。

顔じゅうによくわからない液体を塗り付けたマナコさんを見れば見るほど、そんな考えが浮かんでは消える。

そんな僕の良心を全力で無視するかの如く、マネージャーさんがテレビでよく見るスケッチブックのカンペを広げた。


『もっと続けて!あと二時間くらい!』


マナコさんが何をしたと言うんだ。

僕にいたいけな少女の如く泣き喚く彼女を追い詰めろというのか。

しかし、これも仕事である。

僕は僅かに残った良心を追い出し、次の話を記憶の中から引き摺り出した。


「えぇっと、マネージャーさんが『あと二時間は続けろ』とカンペを出したので、続けさせてもらいますね」

「マネッ…、テメ゛ェェエエエッ!!

ごのヤロ゛ォォオオオオッ!!」


コメント:仇を目にした時の声量なんよw

コメント:【悲報】鬼畜なの、クソ教師じゃなくてマネージャーだった。

コメント:↑いや、待て。クソ野郎の嘘かもしれんぞ。

コメント:↑マナコちゃんがマネージャーさんにガチギレしてるから事実しか言ってなさそうなんよなぁ…。でも、鬼畜なのは変わらない模様。

コメント:マナコちゃんの濁声悲鳴助かる。

コメント:ふぅ…。

コメント:ふぅ…。


時代劇やドラマでも見ないぞ、ここまで鬼気迫った叫び。

何を言っても濁点が付きそうなほどに声を張り上げるマナコさんを横に、僕は次の怪談の題名を読み上げた。


「鼓膜破けそうになりましたが、配信には支障ないので続けましょう。

では、続きまして。僕の前の職場にあった七不思議の一つを語りたいと思います。

題名は…、『カンニング』」

「急募。隣にいるヤツを合法的に消す方法」

「ないでーす」


♦︎♦︎♦︎♦︎


三年生のNさんは、普段から成績に不満を抱いていました。

どれだけ勉強しても、思うような結果がちっとも出なかったのです。

両親は「上位に入れているだけ、よくやれている」と慰めてくれますが、負けず嫌いのNさんはどうしても満足できません。

三年生最初のテストでは、絶対に学年一位になってやる。

そう決意した彼女は、寝る間も惜しんで勉強に打ち込みました。


そして迎えたテスト当日。彼女はテスト用紙を前に、焦りを感じました。

手応えがいつもと変わらない。これでは、いつもと同じ結果になってしまう。

答えこそはわかりませんが、彼女はこれまでの経験から、そう感じていました。

回答用紙に穴が開くほどに違和感の場所を探していると、ふと、机の上に何かが落ちるような音が聞こえました。


彼女がそちらを見ると、机の真ん中に小さく折り畳まれた紙が落ちていました。


きょろきょろと辺りを横目で見渡しましたが、こんなものを渡せるような距離に、他の生徒たちは居ません。

今はテスト中です。『机の真ん中に紙を落とす』などということをする人間など、この場には居ないはずでした。

彼女は訝しげに思いながらも、その紙を手に取り、広げました。


広げても手のひらに収まるほどに小さなソレには、「問い5の3と問い12の1が違う」と書かれていました。


思わずテスト用紙に目を向けると、確かに違和感が残る回答をしていた箇所でした。

Nさんは不思議に思いながらも、消しゴムで回答を消し、考え直しました。

と。そんな彼女の目の前に、どこからともなく、先ほどと同じように紙が落ちてきました。

思わず天井を見上げるも、そこには穴も空いていなければ、何もいません。

彼女がその紙を開くと、問いの答が書かれていました。

これはカンニングではないのか。

そんな不安を抱きつつ、彼女は誘惑に負け、カンニングした答えを書いてしまいました。


その後、テストが返却され、彼女は念願の学年一位の座を手に入れました。


しかし、Nさんは良心の呵責により、夜も眠れぬほど悩んでいました。

クマが目立ってきた頃、Nさんはカンニングしたことを告白しようと思いました。

が。カンニングを告白しようとした矢先、彼女の目の前に再び、あの紙が落ちてきました。


『言うな』


思わず紙が落ちてきた場所を見ましたが、やはりそこには何もいません。

恐怖を抱いたNさんでしたが、それでもカンニングを告白しようと、職員室に向かいました。


『なんで』

『どうして』

『言うな』


彼女を引き止めようと、夥しい数の紙が、彼女の体に降り注ぎます。

しかし、彼女の決意は固く、這々の体で職員室まで辿り着きました。

と。そんな彼女の前に、先ほどとは様相の違う紙が落ちてきました。

彼女が恐る恐るそれを開くと、鉛筆で殴り書きされた文字がありました。


『うらぎるなんてゆるさない』


直後。彼女の存在は、大量の紙と共に消えてしまいました。


それ以来、テストになると、偶に彼女の筆跡で書かれたカンニングペーパーが落ちてくるそうです。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「ぎゃあああああっ!?!?」

「ぐぇえええっ!?」


マナコさんが悲鳴と共に、僕の体を鯖折りにしかねない力を込めて抱きしめる。

内臓がいくつかイカれそう。

背骨からミシミシ音が鳴ってる気もする。

これをあと2時間近く続けろと?

僕の身が保たない。

折れたら労災降りるだろうか。

そんなことを思いつつ、僕は叫んだ。


「作り話!作り話ですから!!

僕が生徒に話したら奇跡的な偶然の連続でガチの怪談みたく思われたヤツですから!!」

「……ほんと?」

「本当ですって!」


生徒にこの話をした直後、学年3位の子の机に、たまたま誰かが持ってたカンニングペーパーが風で飛んできたことがあった。

その筆跡がたまたま女子のもので、その後、学年主任が行なった犯人探しにも該当する筆跡がなく。


結果、「あの怪談は本当にあったことなのだ」と思われたのだ。


その後、そのカンニングペーパーの持ち主から、「卒業式だから懺悔したい」と言われ、心底くだらない真相が判明した。

当時、別の学校と合併したことにより、同じ学年でも教室が離れているということはザラにあった。

彼の学年は6クラスあり、そのうち2クラスが中庭に増設されたプレハブの教室、4クラスが本校舎の三階だった。


そう。三階の教室にて、カンニングを働こうとしたクソボケのカンニングペーパーが扇風機の風で飛ばされ、奇跡的な角度で学年3位の子がいたプレハブのクラスに落ちてきた…という、あり得ないほどに需要のない奇跡が起きたのである。


「…まあ、真相はこんなもんです。

適当に話した怪談が七不思議にカウントされたの、これで2回目でした」

「あ、あったんだ…。前に…」

「3回目もありますよ」

「えぇ…?」


コメント:そんなことある?

言霊 コトバ:マジです。そのカンニングペーパーが飛んできた机に座ってたの、お兄ちゃんなんで。

コメント:↑ガチの証人いたわw

コメント:面白いメンツが先生の元に集まるから通いたいんやけど、今はヤベェわ…。

コメント:本能寺レベルで燃えてるもんな。


また話題が前の職場に寄っていってる。

マナコさんには悪いが、次の怪談に入ろうと僕は記憶をあさった。

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