第6話 歌枠

「……うーわ、低評価ヤバっ」


コトバさんと近場の焼肉店で網を囲む中、僕の顔が思わず歪む。

向かい側に座り、ホルモンと格闘するコトバさんが、ふと、僕のスマホに目を向けた。

スマホを差し出し、画面を見せると、彼女の顔もまた眉間に皺が寄る。


「1.5万て…。なにやらかしたんですか?」

「教職の闇を津々浦々語ってたら、教職の方々の逆鱗でタップダンスしてたみたいで、コメント欄が地獄に…」

「……ああ。その流れで動画に低評価付いたんですね?」

「ええ。あまり気にしないようにしてるんですが、割と心に来ますね、これ」


思い当たる節がある分、余計に。

少しすれば「過去のことだ」と笑い飛ばせるのだろうが、直近じゃキツい。

だからクリエイター職の精神病って無くならないのかな、と思っていると、コトバさんがため息を吐いた。


「まあ、先生はかなりアンチいますからね」


うん。知ってた。

というより、癒しを求めてきた視聴者がほとんどだというのに、闇が煮詰まったような現実を突きつけるような配信ばかりしてアンチが生まれないはずもない。

いつもなら5千で済んでるだけマシだと思っていたが、今回はその三倍。

コメント欄を荒らそうにも、それ以上の地獄が渦巻いているから碌に手出しできないんだろう。


「…先生、ちょっと前職の愚痴を控えたらどうですか?

闇が深すぎて直視できないというか…」

「無理。だって、ふとした時に出るもん」

「……じゃ、歌配信をメインコンテンツの一つとして採用するとか。

歌ってたら愚痴も吐けないでしょ?

先生の愚痴に反応する人がいるから、地獄が生まれるんだと思いますし」


コトバさんからまともな意見が出た。

明日は天変地異だろうか。

と。コトバさんの瞳が半目になり、僕を睨め付けた。


「…私がマトモなこと言うの、珍しいとか思ってますか?」

「ええ。…さっきから使ってるそのタレ、ニンニク含まれてますが」

「今の私は言霊 コトバじゃないんで。

吸血鬼じゃないからニンニク大丈夫です」

「ああ。そういや、入学した時の自己紹介でニンニクが大好物とか言ってましたね」

「え?覚えてるんです?結構前ですよ?」

「君は一番記憶に残る生徒だったんで」


焼けたタン塩にネギを巻き、頬張る。

このさっぱりした脂の旨みが好きなんだ。

Vtuberになって行く機会が増えてよかった、と思いつつ、僕は店員を呼び出すボタンへと手を伸ばす。


「次、なに頼みます?僕はシメですが」

「勝負肉行きましょう!

霜降りか赤身か選べるみたいですよ!」

「んー…、赤身、ですかね?」

「私は霜降り!」

「じゃ、2人で半分こしますか」

「わーい!」


三十路の胃に焼肉はきつい。

油分を流し込むように、ウーロン茶を一気に呷る。

対するコトバさんはまだまだ余裕があるのか、次に頼む肉を吟味していた。


「…しかし、意外ですね。

先生って、他人からの評価を気にするんだ」

「そりゃしますよ。僕だって人間です。

…ま、受け入れる評価は良しも悪しも含めて選ぶべきだとは思いますが、世の中にはそうできない人間もいる。

そう言った人間が、評価という呪いに囚われ、病んでいくんですよ。

政治家になれるのは、そういうのを本当に気にしないタイプの人間です」


評価というものは、良くも悪くも人にとって大きな指標となる。

それがどれだけ人を成長させるか。

それがどれだけ人を傷つけるか。

それをわかっていない人間が多すぎる。

僕のように、明確に批判すべき点があるのなら、それは甘んじて受け入れる。


しかし、「なんとなく気に食わないから」などというふざけた理由に関しては別だ。


誰しもが、名前も知らない誰かに評価を与えることができるようになった時代。

その匿名性と簡単さが、「評価」という指標を、人を殺す凶器に変えることもある。

批評すべき場で、きちんとした批評を述べるという重要性を忘れてはいけない。

そういう場でただ中指を立てるなど、「ただ気に食わないから」という理由を振りかざす子供と同レベル…、いや、それ以下である。

僕も、そういう「評価の被害」を受けたことがある。

おかげで博士号が取れなかった。

…嫌なことを思い出した。僕は焼けたカルビをタレに潜らせ、口に放り込んだ。


「まあ、僕も気にするのは程々にしておきます。それで活動できなくなったりしたら、本末転倒もいいところですし」

「ですね」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「…じゃ、配信始めましょうか」

「大丈夫?僕ら相当ニンニク臭いですよ」

「マイク越しじゃわかりませんって」

「いや、そうじゃなくて。消臭がめちゃくちゃ面倒だということをですね…」


翌日。

善は急げ、とコトバさんに言われ、僕たちは現在、事務所の配信用の部屋にいた。

後で「消臭剤を鬼のように撒け」という条件付きで。

死ぬほどニンニクを摂取した次の日に来ることはないだろう、と内心で愚痴を吐きつつ、コトバさんが配信を始めた。


「枠は先生の方で取ってるので、挨拶は先にしてくださいね」

「…はぁ、わかりました。

……皆さん、どうも。初めての歌枠で右も左もわかりません、テラスです」

「同じく、歌枠初心者の言霊 コトバですわ」


コメント:お、今日は愚痴ちゃうんか。

コメント:これまでカロリー高かったから、こっちの方は大歓迎ゾ。

コメント:この2人、ホント仲良いよな。

コメント:母校の方大変なことになっとるけど、どうなん?


ああ、やっぱり突っ込まれた。

正直、見るのも嫌だからあんまり詳しくは知らないんだよな。

そんなことを思っていると、コトバさんがぱくぱくと口を動かした。

あの動きからして、「余計なことを言うな」と言っているのだろう。

彼女の言う通り、僕は当たり障りのない答えを絞り出した。


「さあ、どうなるんでしょう?

僕はすでに辞めているし、身バレもほとんど事故なので…。

…まあ、今日はそんなことより。いつも闇が深いとか言われる配信ばかりしているので、今日はパーっと歌おうかなと思います。

2人して昨日、ニンニク香るタレで焼肉食べてたんで、口臭がすごいことになってますが」

「わ゜ーーーッ!?!?」


コメント:吸血鬼設定を守れ。

コメント:ニンニク好きやったんか…。

コメント:女捨てて草。

コメント:俺ヤダよ?ニンニク香るタレでカルビとか食ってる吸血鬼。

コメント:一緒に飯食う仲なん?

コメント:元生徒にしては関係性近いような。


おっと、要らぬ誤解を生みそうだ。

ただでさえ騒ぎの真っ只中にいるのに、と思いつつ、僕はなんとか弁明の言葉を紡いだ。


「今は同僚ですし。

一緒に飯くらい食いますよ。

昨日行った焼肉屋も、この子がめちゃくちゃニンニク大好きなの知ってたから誘っただけですし」

「黙って!お願い黙って!!私がギリギリ残してた吸血鬼のイメージ崩壊するぅ!!」


コメント:やっぱニンニク大好きなんだw

コメント:そんな吸血鬼がいてたまるかw

コメント:中の人、モデルさん並みの美人なのに、中身があまりにも残念すぎる。

コメント:↑おいバカやめろ。

コメント:担任の教師にすら知られてるレベルのニンニク好きってなに?

コメント:イメージ崩壊に関しては、もう手遅れでは?

コメント:残った設定、後なにがあった?

コメント:テラス先生の生徒くらい。

コメント:↑節子、それ設定やない。現実や。


「あ゛ぁぁぁあ…!」と呻き声をあげ、崩れ落ちるコトバさん。

吸血鬼キャラ自体に無理がありすぎる好みな上に、実家は神職の家系である。

よくもまあ、ここまで噛み合ってないキャラを担当できたものである。

僕は「すみません」と謝り、イメージの瓦解に落ち込んだ彼女の背をさすった。


「…コトバさんがこうなってしまったので、僕が先陣を切ろうと思います。

えっと、データデータ…。ああ、ありましたね。『☆☆高等学校校歌』」


コメント:なんで初っ端校歌やねんw

コメント:テラス先生の前の職場やん…。

コメント:なんでンな曲のオケデータあるんですかね…?

コメント:↑コトバ様が作ったんやろ(テキトー)

コメント:身バレしたことをこれ以上なく活用してやがる…。


僕が音声データを再生させると、聞き慣れたピアノの伴奏が始まる。

十年も歌ってきた校歌だ。今更、歌詞を間違えることなどない。

僕はマイクを手に取ると、「とりあえず難しそうな単語を並べました」と言いたげな歌詞をメロディに乗せた。


コメント:上手いけど、本家知らんw

コメント:ほんまによくある校歌やな…。

コメント:学校の校歌ってどうしてこうも似たようなワードセンスなのか…。

コメント:ワイの母校の校歌、地元のアーティストに頼んでリニューアルしたけど、正直そこまで出来が変わらん。

コメント:↑こっちもやわ。

コメント:もうちょっとポップでもええと思うのは俺だけ?


…なんで学校の校歌って、メッセージがあるようで限りなく薄っぺらいのだろうか。

そんなことを思いつつ、歌い終わった僕は、用意されていたもう一つのマイクをコトバさんに渡した。


「はい、次よろしく」

「……もういいや。

『チ○をもげ』、歌いまーす」


コメント:なんでそんなチョイスやねんw

コメント:ヤケやんw

コメント:後になってツイッ○ーで大荒れするんや。オレ、シッテル。

コメント:今回はどんな荒ぶり方かな?


一発目からなんて曲を選んでやがる。

しかも、めちゃくちゃ美声で歌ってる。

そんなハリのある声で歌うもんじゃないだろ、この曲。

おい、やめろ。真顔で踊るな。腹筋にくる。

セリフまで完璧なのやめろ。男声も上手いの腹立つな。

しばらくして歌い終わると、彼女は僕に視線を向けた。


「…ってなわけで、下の方でも結構です。

遠慮せず歌っちゃってください」

「あ、はい。なら、『金○の大冒険』で」


コメント:やwめwろw

コメント:しぬやめて

コメント:なんで選曲がネタに偏るんや…。

コメント:なんで仲良いかわかったわ。趣味がめちゃくちゃ似通ってるんだな…。

コメント:やめろ!そんな声でキン○マとか言わないでくれ!!

コメント:普段とのギャップで死ぬぅ!!


コメント欄が違う意味で阿鼻叫喚である。

だがしかし、歌う。

最近はリメイクカバー版もあるらしいが、僕が歌うのは原曲のほうである。

この緩いメロディがいいのだ。

コトバさんがゲラゲラ笑ってる。生徒の前で歌うのは初めてか。

僕はセクハラもいいところであろうド下ネタ曲を歌い終えると、コトバさんに次の曲を促した。


「じゃ、次は『エアー○ンが倒せない』」

「懐かしいですねぇ。

学生時代はよく聞いたものです。

じゃ、次は『酒飲み○頭』一緒にいきましょう」

「いいですね!どっちも下戸だけど!」

「それは言わない約束でしょ」


コメント:ごめん、老人会してる?

コメント:↑老人会は草。

コメント:そうとしか言えんのよな…。

コメント:もっと最近の曲を歌っておくれ…。

コメント:だめだ、さっきのキン○マが耳にこびりついて離れんw


結局、この日の配信は「老人のカラオケ」とバカにされて終わった。

低評価はいつもの100分の1に収まった。

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