第5話 学校炎上

「テラスさん、歌って歌えます?」


呼び出された事務所にて。

昼食に同席していたマネージャーさんが、突如として僕に問いかける。

そういえば、Vtuberは歌配信も人気コンテンツだったっけか。

そんなことを思いつつ、僕はサンドイッチを飲み込み、頷いた。


「歌えますけど、バリエーションが昭和、平成初期に偏ってますよ?」

「はいはい。例えば、どんな歌っすか?」

「『金○の大冒険』がオハコです」


マネージャーさんが首を傾げた。

今時の人はあまり知らないのかな、と思いつつ、僕は動画サイトを検索し、彼にURLを送りつけた。

「一応、イヤホンしてくださいね?」と念を押すと、彼は言う通りにイヤホンを耳につけ、スマホをタップする。

そして、数秒もしないうちに表情が強張った。


「ド下ネタじゃないっすか!!」

「教頭からのウケが良かったんで。

あと、『酒飲み○頭』とか」

「……ああ、あのやたらめったら酒を飲みたがる歌っすか?」

「ええ。どちらもカラオケで98点です」

「なんでネタに全フリなんすか…」

「あと、君が代とか、前の職場の校歌とか」

「コメントしづらいの挙げられても困るっすよ」


だって、本当にそれくらいしか歌っていないのだ。

カラオケなんて、社会人になってから職場の付き合い以外で行かなかったし。

大学生の頃はまだ行ってたが、それも友人の付き合いが殆どだった。

隅っこでタンバリン叩いて終わってた、なんてこともあったくらいだ。

前の職場の校歌に関しては、「入学式や卒業式を質素なものにしないよう」という、教育委員会からの面倒臭い…もといありがたいお達しで、毎年のように死ぬほどの羞恥を堪えて歌っていたという事情があって、アカペラでも余裕だ。


「で、なんでそんなことを?」

「『4期生たちを代表する曲作ろう』という話になりまして」

「僕たちを代表する曲、ねぇ…」


4期生というのは、僕を含めて、今年入ってきた新人5名のことを指す。

男女の比率は男が2人、女が3人と、イメージに違わず女性が多い。

交流もまだあまりないグループだというのに、イメージソングを先に作ってしまっていいものか。

そんなことを思いつつ、僕はマネージャーさんに問いかけた。


「曲って、君が代みたいなモンですか?」

「もっとポップっすね。少なくとも、ピアノで伴奏するモンじゃないヤツ」

「……校歌?」

「今までどんな娯楽に触れてたんすか?」

「流石に冗談です」

「アンタの冗談分かりづれーっすよ」


流石にJ-POPは収めている。

ボーカロイドやアニソンも、大学生の頃は病的に聞きまくったものだ。

…最近のものはわからないが。

しかし、知っているからと言って、歌えると言うわけではない。

僕は一抹の不安を抱きつつ、マネージャーさんに頭を下げた。


「出来るなら、『○っぱ隊』的なネタ曲にしてください」

「無理に決まってんでしょバカなんすか?」


ちくしょう。断られた。

僕が悔しげに眉を顰めると、マネージャーさんは咳払いをする。


「…っと、呼び出したのは曲についての相談だけではなく。

すんごくヤバい事態になってる方です」

「……前の職場のことですか?」


マネージャーさんに問うと、彼は神妙な面持ちのまま、深く頷いた。

やはり、僕の身バレによって、前の職場はとんでも無いことになっているらしい。

詳しいことはわからないが、大体の想像はつく。

僕はため息を吐くと、首を横に振った。


「何度も言いますが、僕はなぁんにも関わってません。偶然です」

「まぁ、そこはわかってます。

身バレの流れが鮮やかすぎたってのはありますが、それはコトバさんのポカなんで。

聞きたいのはそう言うことじゃないです」

「未練があるか、ですか?」


僕を事務所に呼び出すほどの用事なんて、歌以外にはそれくらいしか思い浮かばない。

マネージャーさんは「鋭いですね」とこぼし、僕に迫った。


「前職に返り咲く気はありますか?」

「ないです」


きっぱりと言い切った僕に、目を丸くするマネージャーさん。

上手く言語化はできないが、僕は辿々しいながらも自分の意思を伝えた。


「僕の中では、もう終わったも同然の話です。今更、僕をクビに追い込んだクソガキがどうなろうが、知ったこっちゃないです。

まぁ、多少の溜飲は下がるでしょうが…」


僕は軽くお冷やを啜り、唇と喉を潤した。

少し、まとまってきた。

僕は言葉を組み立てながら、話を続けた。


「僕は『教師を辞める』という選択を自らしてしまいました。

それも、自分の保身のために。

土壇場で自分本位になってしまう大人が、生徒に寄り添えるわけがありません。

僕がそう思うから、僕がそれを許せないから戻りたくないんです。

なので、僕はこの位置から、ちょくちょくアドバイスを垂れ流すだけの配信者でいたい。

きっと、それが僕が一番納得できて、一番気楽な形ですから」


Vtuberは辞めない。

教職に戻るつもりもない。

それだけ言うと、マネージャーさんは複雑な表情を僕に向けた。


「……テラス先生と一緒に学園生活とか、絶対に楽しかったっすよね」

「さあ、どうでしょうね」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「はい、はい…!その件に関してましては、学校からは答えられません…!」

「すみません、本人は既に辞職しているので、こちら側はなんとも…」


その頃、Vtuber「陽ノ矢 テラス」の元職場である高校にて。

ひっきりなしに鳴り響く着信音に追われながら、彼の元同僚たちが疲れ切った表情を浮かべる。

というのも、テラスが配信ではっちゃけまくった挙句、飛び火で身バレしてしまったという、学校側からすれば管轄外もいい所から炎上してしまったのだ。

どんな事情があれ、有名政治家の権力に負け、退職者を出してしまったことは事実。

加えて、生徒からのリークもあり、ゴシップ誌にまですっぱ抜かれる始末。

学年主任を務める男性は、受話器を置き、ギリっ、と歯を鳴らした。


「クソっ…。どうしてこんなことに…」

「どうしてもなにも、あの人が裏事情をべらべら話した挙句、飛び火で身バレしちゃったからで…」

「余計なことばっかりしおって!

辞めてからも迷惑をかけるとは何事だ!?」

「そんな言い方…!」

「ああ、筋違いなのはわかってる…!

わかってるが、言いたくなるんだ…!」


ノイローゼ寸前である。

教職の闇が煮詰まったような地獄に、壮年の男性…校長が足を踏み入れた。


「申し訳ない。私の力不足が招いた事態が、こうも大きくなるとは…」

「い、いえっ!校長はなにも…」

「いいえ。権力に屈した時点で、この末路は決まっていたようなものです」


校長もまた、他の教師たちと同じく、相当に追い詰められているようだ。

ひどくやつれた顔で、校長は重々しく口を開く。


「…謝罪会見の日程が決まりました。

ヤツは事実を否定しているそうですが、私の手元に証拠一式は揃ってます。

死なば諸共。ケジメをつけてきます」


その瞳には、並々ならぬ覚悟が宿っていた。

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