第4話 飛び火身バレ

「ぜんぜぇぇえええっ!!

身バレじだぁぁああああっ!!」

「僕、あんまり特定しにくい要素しか言ってませんでしたよ。

オセロ世界大会優勝を細かく語ったのがヤバかったんじゃないですか?」

「…ぞれだぁああああっ!!」

「泣き声汚っ…」


デビュー1週間で身バレした教え子を前に、僕は眉間に皺を寄せる。

多分、僕の身元もバレてる。

ただでさえ賛否両論な愚痴しか吐いてないのだ。

炎上とかしないかな、と思いつつ、僕はパソコンを開き、拙いタイピングで最新のネットニュースを流し見た。


「うーわっ、僕も身バレしてますよ…。

住所まではバレてないみたいですけど…」

「…教師に見えない見た目のチャラさとか言われてません?」

「イギリス人と日本人のハーフですし、仕方ないじゃないですか」


言って、僕は最近切っていない髪へと目を向ける。

見事な金髪である。少しだけ茶が混じってるくらいで、教師の髪色とは思えないだろう。

黒染めしようか、と考えたこともあったが、高校教師の安月給でそんなものを買う余裕も無ければ、染めている暇もなかったため、学校では後ろ指を差されたものだ。

…そんなことを気にしている場合ではない。

僕は思考を巡らせ、パニックになるコトバさんを宥めた。


「…この際、開き直りましょう。

むしろ、雪子先輩とやらと比べて軽傷で済んで良かったと捉えるべきです」

「だ、大丈夫かな…。

私、なんか言われてないかな…?」

「『美人だけど性欲エグそう』って雪子先輩がコメント出してましたよ。

残り湯を出汁にしたおでんを作られないことを祈ります」

「ギャーーーーッ!?!?

想像しちゃったじゃないですか!!」


いまだに「雪子先輩」とやらとは会えてないが、そこはかとなくこれまでの変態と似た匂いを感じる。

問題が起きないといいな、と思いつつ、僕は次の配信についての話題を切り出した。


「…身バレ配信しましょう。

君にはもう、恐れるものは何もない」

「住所とかはバレちゃ困るんですよ!!」

「地元とかぼかしていけばいい話でしょ」

「ぐっ…」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「どうも、身バレしましたチャラ教師です。

イギリス人と日本人のハーフなんで許してください。

黒染めする時間も金もなかったんです」


コメント欄

コメント:あ、ハーフさんなのね。

コメント:染めてるにしてはなんか色が汚かったから納得。

コメント:何があったん?

コメント:コトバ様の迂闊な発言で飛び火身バレしたんやで。

コメント:↑災難すぎて草。

コメント:割と原因作ったの先生自身なんだよなぁ…。


ぐうの音も出ない指摘が来た。

まぁ、オセロの話題を振った僕が悪いのも確かだけど。

しかし、あんまり身バレに気を使わなくて良くなったと言うのはありがたい気もする。

「生きる失言」とか言われてたから、余計に。


「まあ、バレてしまったものは仕方ありません。なんか質問あります?

住所とか口座番号以外だったら答えます」


コメント欄

コメント:もっと焦れw

コメント:元の職場までバレたんやぞw

コメント:普通なら本名バレてる時点で焦るべきなんだよなぁ…。

コメント:家って職場の近くだった?


そんなこと言ったって、僕もう辞めてるし。

それに、僕からバラしたわけじゃない。勝手にバレただけである。

何かしらの実害が出たとしても、僕は何にも関与していないのだから、特に問題はない。

ただ、見た目のチャラさを永遠にいじられるくらいだ。


「近場のやっすいオンボロの賃貸借りてたんですけど、今は引き払ってます。

それでも生活はカツカツでした。時間的な意味でも、金銭的な意味でも」


コメント欄

コメント:ヒェッ…。

コメント:低い低い言うけど、いくらなん?

コメント:ワイ、前に病んで辞めたって言ってたニート。ワイんところやと、初任給で25万くらいやで。これにサビ残と休日出勤、給料に上乗せされん緊急時の対応とか、生徒の尻拭いとか重なるから激安。働きに全く見合っとらん。

コメント:小学校教員です。入院とかなったら、ただでさえ少ない給料少なくなるし、なんなら仕事もアホほど溜まってく。え?代わりにやってくれる人?居るわけねーだろ。他クラスの事情なんていちいち把握してるかボケがよ。1週間新人に任せたら学級崩壊してたわ。いじめられっ子生徒が黒板に書いてた寄せ書きめちゃめちゃにして「テメェら全員死ね」とか叫んでリンチにされたのを右腕の骨折りながら止めるって終業式の地獄見せてやろうか?

コメント:出てきたぞ、お仕事病みー感謝感謝教職軍団…。

コメント:↑何に感謝しとんねん…。

コメント:↑表面上だけでも感謝せなあかんのとちゃうん…?

コメント:これで公務員ってマジ?

コメント:公務員なりたいんなら普通に市役所で働いといたほうがええ気がする。


流石にそこまでの地獄は見たことがない。

小学校は多感な子が集まってるだけあって、僕が経験したことのない地獄が渦巻いているらしい。

頑張って高校の教員免許を取得しといて良かった。いや、クビになったんだが。


「僕も見たことがないくらいの地獄が広がっててびっくりしてます。

辞めたほうが精神的にマシな職場って、改めて考えるとヤバいですね。

まぁ、この配信のせいで倍率は下がるかと思いますが」


コメント欄

コメント:自覚あったw

コメント:目指してた友達が躊躇うくらいにはビビり散らしてました。

コメント:実際、キツイことばっかなん?

コメント:青春漫画みたいなのを期待してるんなら辞めとけ。

コメント:ラノベみたいに楽しい日常なんてないぞ。先生が初配信で言ってたけど、人の人生の左右とか気にしてる余裕ない。マジでキツい。そんな現実を加味した上で、「それでも若い子の力になりたい」って言えるんやったらなったらええ。そうでないと折れる。

コメント:↑また教職来たぞ…。

コメント:テラス先生の影響受けてるなw


僕なんかの影響を受けても、あんまりいいことはないと思うが。

こんな現代社会のストレスを煮詰めて後ろ向きな現実を垂れ流すクソ野郎の言うことなど真に受けても、なんの益もない。

損得勘定を抜きにした人生のほうが、よっぽど楽しいと僕は思う。

それに、なりたいと思う人の足を引っ張る真似は、僕としても本意ではない。


「あーっと、教職になるかどうかで迷っている皆さん。教職リスナー共々、怖気付くような現実ばかり見せてごめんなさい。

もちろん、教師になるのなら『なんとなく』と言った動機でも構いません。

続けられるか、働けるか、耐えられるかどうかは実践しないとわからないので。

僕も前職には死ぬほど不満がありましたが、働いていて楽しかった記憶もあります。

コトバさんみたく、生徒が誰にでも誇れる大きな結果を残した時は嬉しかったですし、合格発表も生徒の数だけ泣きました。

あー…、何が言いたいかと言うとですね。『楽しいこともあるけど、大きい苦労もあるよ』と知っておいてほしいってことです。

…ま、それっぽいことを言っても、前職の愚痴を垂れ流しているという事実は変わらないんですが」


コメント欄

コメント:適度に優しいよね、先生。

コメント:悪い具体例ばっか思い浮かぶのはあるあるだわ。

コメント:先生が泣いてるとこ想像つかん。

言霊 コトバ:志望校合格を知らせたら、真顔でボロボロ泣きましたわ。涙を流すだけで涙声にもなってなかったあたり、感動よりも恐怖が来ました。

コメント:↑証人来たわ。

コメント:真顔なんか…。

コメント:まぁ、大声あげて泣くタイプではなさそうよな。


僕だって泣く時は泣く。

血が流れていないとでも思われているのか、と悲しくなりながらも、僕は話を続けた。


「僕たちの話を聞いて『怖い』と感じるのは当然です。僕だって現実が見えていくにつれ、『本当に教師になってもいいのか』と悩んだものです。

確かに、想像を超える苦労と困難は数多くありました。辞めたいと思うことだって、何度もありました。

そんな僕も、いざ辞めるとなって、『まだ教師でいたいな』と思える日々を過ごせていたことに気づきました」


あのドラ息子に関しては、殺意すら覚えた。

大変だったが、教師という職業が大好きだった。

食い扶持がなくなることじゃなくて、教師を辞めるということがなにより辛かった。

確かに、教職はブラックだ。精神は削れるし、時間だってない。

やりがい搾取だなんて言われることもある。

でも、僕は確かに、そのやりがいのためだけに働いていた。


「でもまぁ、どんなに思ってても辞めてしまったものは取り返しがつきません。

自主退職という形で辞めたので、尚更。

それに、後悔も未練もありますが、今の生活もだいぶ気に入ってます。

ことの経緯を聞いたコトバさんに誘われ、こうしてVtuberになれました。

ユーモア溢れるコメントに救われましたし、相談を求めるコメントで教師の真似事ができています。

僕は教師という職は大好きですよ。

心からそう思える人間も確かにいるんだということを知っておいてもらえるとありがたいです」


それだけ言うと、僕は次の質問を探し始めた。

余談だが、その後のコメント欄には、ポジティブな意見も散見された。

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