第3話 生徒とコラボ
「先生はもうちょっと自重を覚えるべきだと思います」
「どうしてですか?」
「先生のキャラが強すぎて、他の同期が全然数字稼げないんですよ!」
教え子の怒鳴り声が、事務所に併設されたコラボ喫茶店に響く。
そこらじゅうをカラフルな髪色の男女が彩る中、僕は底でじゃりじゃり鳴る程に砂糖を入れたコーヒーを啜った。
「僕は愚痴を言ってるだけですが」
「チクショーコイツ私らにない人生経験を無意識に武器にしてやがる!!」
「あなたにも豊富な経験はあるでしょうが。
ほら、オセロとか世界大会で優勝したじゃないですか」
「身バレするでしょうが!
こちとら雪子先輩みたいな惨事にゃなりたかないんですよ!!」
そりゃそうか。
僕はまだ「雪子先輩」とやらと面識はないが、開始5分で個人情報が全部晒された人だと聞いている。
つい最近のニュースで見たが、彼女の名前でテロ予告があったとかなんとか。
「確かに、そんな災難に遭いたくはないな」と思いつつ、僕はふくれっ面の彼女を前に、首を傾げた。
「そういうエネルギッシュなツッコミを配信でやらないのが悪いのでは?」
「うぐっ…」
「配信を見ましたが、かなり猫被ってますよね?
あんな5秒で考えた清楚キャラみたいなので売れたら苦労しないのでは?」
「5秒で考えたは余計です!!」
彼女…Vtuber「言霊 コトバ」は、僕の教え子にあたる吸血鬼…という設定である。
教え子しか合ってないトンチキ設定には目を瞑っておこう。
問題は、彼女が配信で見せるキャラクター像にある。
「清楚」と書いた紙を額に貼り付けたみたいなキッツいキャラをしているのだ。
見ていて居た堪れないし、なによりあまり面白くない。
彼女の持ち味であるオーバーリアクションが損なわれているのもマイナスである。
素人の僕ですら、彼女のダメなところを書き出せば、A4サイズのノート3ページにはなるんじゃないか。
そんなことを思いつつ、僕は視線を隣の席に向けた。
「マネージャーさん、どう思います?」
「ベンチ座ってたら豪速球飛んできたみたいなキラーパスっすね」
サンドイッチを頬張っていたマネージャーさんが、呆れた瞳を僕たちに向ける。
彼は暫し考えると、コトバさんに向けて笑みを浮かべた。
「今後もそのキャラで続けるんなら、個人でやって欲しいっす」
「うわぁあああんっ!!頑張ってキャラ付けしたのにぃいいいっ!!」
「あ、その汚い叫び声はグッドです。伸びると思いますよ。次からそれで」
「私がキャラ考えてた意味ィ!?」
「社会とはそう言うもんです。
自分で『これいいな』と思っても、世間では『言うほどかこれ?』なんて評価を下される事例なんて掃いて捨てるほどあるんですよ」
「正論と現実を鈍器にしてくるのやめてくれさい!!」
一頻り怒鳴ると、彼女は机に突っ伏する。
そのまましゃくり上げ始めたあたり、相当思い悩んでいたのだろう。
申し訳なく思いつつ、僕はマネージャーさんを見やった。
「コラボって今から出来ますかね?」
「まぁ、大丈夫なんじゃないっすか?
2人とも、スケジュールに余裕はあるみたいですし、なんならここでオフコラボとかします?」
「オンコラボもあるんですか?」
「あ、いや。そういうオフじゃなくて、オフラインでコラボするって意味っす。
オフ会みたいな。普段は通話ソフトとかでやるんすけど…」
初めて知った。コラボする時とかって、いちいち集まらないんだな。
僕はそんな思考を片隅にやり、さめざめと泣く教え子に溜息をついた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ごきげんよう、皆様。言霊 コトバです。
本日はテラス先生とのコラボですわ」
「ども、陽ノ矢 テラスです。
…隣の人のキャラが違和感ありすぎて腹筋が爆発しそうです。誰か助けて」
コメント欄
コメント:コラボキタ!
コメント:早速先生節炸裂しとる…。
コメント:テラス先生、セリフと声が一致してないのはなんで?
コメント:↑SAN値ゼロやからやで。
コメント:↑教職って永久的狂気に陥るレベルで魔窟なん?
コメント:コトバ様のやらかしとか聞きたい。
コメント:コトバ様、自分のことほぼ話さんからな。雪子氏っていう前例が怖すぎて。
コメント:↑あの人みたいになることそうそう無いからな?
それはそうだ。どれだけの奇跡が重なれば、5分で個人情報が全て世間に晒されるなんて珍事が起きるんだ。
この子はそれを必要以上に恐れているのだろう。
余計なことを言うな、と言いたげな瞳を無視し、僕は口を開いた。
「こ…、コトバさんのことは三年間担当していましたが、非常に真面目な子でしたよ。
ただ、変態を寄せ付ける体質というか…。
アホに絡まれることが多かったです。
一番インパクトあったのであれば、コトバさんの体操服でお汁粉を作っていた料理部の女子でしたかね。
たまたま現場に居合わせたんですけど、掃除機みたいな音立ててしゃぶってましたよ」
「ギャァアアアーーーッ!?!?」
コメント欄
コメント:地獄で草。
コメント:こんな百合は嫌だw
コメント:キマシタワー…?
コメント:あれ?ミュートになった?
コメント:ホントだ、音聞こえない。
コメント:↑鼓膜破壊されてるで。
コメント:コトバ様の叫び声汚くて最高w
コメント:切り抜きキタコレ!
コメント:コトバ様の反応見るあたり、フィクションじゃなくてガチだなコレw
コメント:↑テラス先生は良くも悪くも嘘を吐かんタイプやぞ。
鼓膜がキンキンする。
悶絶するコトバさんに「うるさいです」と言うと、僕は話を続けた。
「年がら年中、そんな感じの人たちに絡まれていたせいか、お淑やかだった化けの皮が秒で剥がれまして。
エネルギッシュに叫び散らす愉快な女の子として、クラスで人気でしたよ」
「やめて!先生、やめて!身バレする!!」
「お汁粉事件を知ってるのは、僕と君と犯人の子だけじゃないですか。
君が『頑張って高校生になったのに、私のせいで台無しになっちゃ可哀想』とか言ったんで、お咎めなしな上に秘密ってことで他の誰にも話が行き渡らないよう奔走したじゃ無いですか」
「そうだけど!そうだけども!!」
コメント欄
コメント:コトバ様聖人すぎん?
コメント:クソレズに体操服でお汁粉作られてそんなこと言えるって、どんだけいい子なんだよ。
コメント:十字架下げてシスターキャラでデビューすべきだったのでは?
コメント:↑コトバ様のキャラ設定全否定で草。
コメント:テラス先生、性格クソ悪いけどいい先生やったんやなぁ…。
コメント:その学校どこ?通いたい。
コメント:↑やめとけテラス先生クビにしたドラ息子おるぞ。
コメント:↑やめりゅ。
慌てふためく彼女を宥め、ため息を吐く。
確かに、迂闊に話せば身バレに繋がりかねない不幸ばかりが話題のこの子にとっては、雪子先輩とやらが引き起こした個人情報漏洩は恐ろしい前例だろう。
しかし、それは僕も同じ。
恨めしげに僕を睨め付ける彼女を無視し、僕はカンぺに目を落とした。
「えー、本日はコトバさんとオセロをしていきたいと思います。
…今時はオセロもゲーム機なんですねぇ」
「反射で顔バレとかあるし、こっちの方がいいでしょ」
「口調、いいんですか?」
「………あ。…んんっ。
お覚悟なさいな、先生。いくら恩師とはいえ、一切の加減は致しませんわ」
コメント欄
コメント:コトバ様、素のほうがかわいい。
コメント:やっぱキャラ無理してたんやな。
コメント:崩してええんやで。
コメント:むしろ崩してぼろぼろ変態ストーリー出してほしい。
コメント:この2人が居た学校絶対に楽しいと思うの俺だけ?
「やめといた方がいいよ。
この先生、職務に対して真面目過ぎるせいか、成績の付け方は容赦ないし、問題は記述ばっかだし。
授業はわかりやすいし、進路相談もきちんと相手してくれるけど、その他がマイナス過ぎてお勧めできん。
……あっ。できませんわ」
「事前に説明はしてたじゃないですか」
コメント欄
コメント:ヒェッ…。
コメント:口調崩れてて草。
コメント:典型的な嫌われるタイプの教師じゃないですかヤダー!
コメント:本人は「説明してるだけマシ」とか思ってそう。
コメント:テラス先生は「言ったからな?説明はしたからな?」で保険かけてから無茶苦茶してそう。
探偵が紛れ込んでるのだろうか。
そんなことを思いつつ、僕は自分が知っているよりも少し分厚くなったコントローラーを握った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「………えー、20戦20敗。ボロ負けです。
わかってましたけど、世界大会で結果残した人に勝てるわけありませんでした」
「途中から作業してる気分になった。
先生、オセロ弱すぎない?」
「君が言ったら煽りですよ」
コメント欄
コメント:テラス先生、負けてもリアクションが淡白なのがなぁ…。
コメント:ちょっと待って?コトバ様、オセロの世界大会出てたん?
コメント:叩いてなくても面白エピソードがポンポン出てくるな、この先生。
コメント:コトバ様ってどんくらい強いん?
世界選手権優勝経験のある人間に素人が勝てるわけないだろ。
そんなことを思いつつ、僕は真っ黒に染まった盤面を見やり、眉を顰めた。
「同年代で勝てる人はいないかなー。
小さい頃からオセロやってて、ママ…。
あ、やべ。口調忘れてた。
…おほんっ。お母様のススメで大会に何度か出てまして。
一応は八段の資格を持っておりますわ。
まあ、八段になったのは本当に最近だけど」
コメント欄
コメント:もうキャラ保ててないやんw
コメント:口調ブレブレなの可愛い。
コメント:結局どんくらい?
コメント:一番上の九段が七人しかおらんから、その一つ下ってだけで半端なく強い。
コメント:少なくとも、世界大会を何回か優勝してるな。
コメント:天才やん…。
コメント:発言の節々がアホ丸出しなのに…。
コメント:そっちで食ってけよw
…身バレ要素自分で投下したぞ、この子。
気づいてないのか、自慢げにオセロのことを語る彼女に、僕は複雑な感情を隠すように、苦い笑みを浮かべた。
翌日。優勝した時の写真が晒され、コトバさんの絶叫が事務所に響いたのは言うまでもない。
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