第2話 教職の闇

『結構反響ありましたよ、テラスさん!

この路線で行きましょう!』

「……マジかよ」


寝癖が荒ぶった髪をぐしぐしと掻きむしり、僕は電話越しに上機嫌に話すマネージャーさんの言葉に呟く。

前職だったら間違いなく減給モノだというのに、こっちでは大歓迎らしい。

賛否両論ではあったものの、かなり話題にはなっているとのことだった。

デビュー配信のアーカイブとやらを見てみると、高評価の数も低評価の数もすんごいことになっている。

テンションは上げるもんじゃないな、と思いつつ、僕はマネージャーさんからの連絡を終え、布団から立ち上がった。


「2回目の配信って、何すりゃいいんでしょうかね」


初対面と言っていいかはわからないが、面識もない人に「生きる失言」とか好き放題言われた人間だ。

事務所からゴーサインも出たことだし、次は教職の給料について語ってやろうか。

ただでさえ離職率が半端ないのに、就職率も減るだろうな。ざまあみろ日本教育。

そんなことを思いつつ、僕はしぱしぱする瞳を潤そうと洗面所へと向かった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「あー、こんにちは。2回目の配信になりますが、何を話していいか全くわかりません。

なんか案出してくれます?」


コメント欄

コメント:草。

コメント:正直すぎるやろw

コメント:学校の先生レベルでやる気ないな。

コメント:↑元はガチの先生やぞ。

コメント:話題くらいは考えとこうよ…。

コメント:人生相談出来ると聞いて。

コメント:コメントもだけど、マシュマロも登録して人生相談拾ってきたら?


面倒くさいが、そういう路線で行けって言われてるからなぁ。

…いや、マシュマロってなんだ?

違うモニターでちょっとググってみようか。


「はぁー、なるほど…。

ツイッ○ーにも亜種が出来てるんですねぇ」


コメント欄

コメント:ツイッ○ーの亜種は草。

コメント:おじいちゃんレベルでネット知らんなコイツ。

コメント:教職ってネットしてる暇ないレベルで忙しいんけ?

コメント:↑ワイ、病んで辞めた教職。忙しいのもあるけど、日に日に精神が削れてく。おまけに仕事に見合わんレベルで給料がクソ安い。守ってくれる人もおらんから生徒やモンペからタコ殴りにされるしかないわけ。

コメント:教職課程捨てるわ。

コメント:大学教授の俺氏、高みの見物。教職になるんなら大学教員にしとけ。苦労は多いが、家で済むモンが多い。

コメント:小学校教員です。授業を抜け出した1人のクソガキを追い回すだけで一コマ終わりました。それで叱られるのが私という。抜け出したガキを放置することも出来んとかほんまクソ。


教職が紛れ込んでる。

コメント欄で暴れ回る同族に感動を覚えつつ、僕は話題を決めた。


「元同族がいらっしゃるので、僕も教職について語ろうと思います。

まず目につくのは、自分が取れる時間の少なさでしょうか。

僕は進路相談とかも頻繁にあったので、日が沈んでも仕事をしている、または昼休みにも生徒の相手をするなんてことはザラでした。

帰っても次の授業に向けての準備やらをしなければなりませんし、部活動なんて受け持った時には最悪です。

休みがなくなる上に給料も出ません。

まともに顧問をしてくれないという愚痴を聞きますけど、趣味でやってる人や結果を残せてる人以外はタダ働きも同然なんです。

時給制のバイトを真面目にやらない学生と同じ心理なんですよ。

昇給とかも当然、雀の涙くらいですから、普通に就職した方が裕福に暮らせます」


コメント欄

コメント:ブラック過ぎて涙枯れる。

コメント:そりゃ病みますわ…。

コメント:これで公務員とかマジ?

コメント:教師になることが夢なのですが、今の話を聞いて躊躇ってます。どうすればいいですか?


やめておけ、と言いたいが、夢と言われると弱い。

僕も事前に教職の現実を見て、それでもなりたいと選んだ人間だ。

あまり有益にはならないだろうが、アドバイスくらいはしてあげよう。


「僕は現実を垂れ流してるだけなので、それを加味してもなりたいと思うのなら、そっちに進めばいいと思います。

というより、そういう人がいい人材を育ててくれないと、この国終わります。というか、もう終わりかけてます。

僕をクビにしたヤツみたいに無責任な大人が保身に走って適当に相手してたから、適当に生きる人が増えてしまいました。

『それでいい』、『このままでいい』と満足の器を小さくしてしまう人が増えました。

選挙離れとか、その最たる例です。

そういう現状を変えてくれるなら…、いや。

給料とかを加味しても、適当にやらず、情熱を持って教師をするというのなら、僕は応援しますよ」


コメント欄

コメント:ありがとうございます。もう一度、考えてみようと思います。

コメント:給料上げてくれる政治家育てろって言ってんのと同じでは?

コメント:↑それができたら苦労せん。

コメント:気が遠すぎる…。


気が遠い話ではあるが、そうしないとどうしようもないのも事実である。

だって、給料を上げてくれそうな政治家がこれっぽっちもいないんだもん。

給料を上げますと言えばアホでも支持を得ることができるのだから、それを実行できるだけの頭がある人間を育てるべきなのだ。

異世界やゲームのように、金を持ったモンスターが跋扈してくれたらいいのに。


「大学の教員は比較的楽ですよ。

自分の興味を仕事にできますからね。

雑務などの苦労はありますが、仕事の大半は趣味の延長なので、『苦』の部分を感じにくいんですよ。

拘束時間はありますが、家で済む仕事が大半なので、プライベートな時間や家族との時間も作れます。

僕の先輩とか、娘さんの面倒を見ながら授業考えられるくらいには余裕があるとか言ってました羨ましいなコンチクショウ」


コメント欄

コメント:羨望出てて草。

コメント:適当な敬語で誤魔化そうとしてるけど、割と性格の悪さ出てるよな。

コメント:ワイ、大学教員に志望しとるんやけど、倍率上がりそうで絶望。余計なこと言わんといてくれ…。

コメント:↑テラス先生は初配信で「生きる失言」とか言われてたから諦めろ。


まぁ、楽な道に進みたい気持ちはわかる。

将来のビジョンが見えてないだとか、お金にならないような趣味が生きがいの人とかなら余計に。

こんな配信で倍率やらに響くのは申し訳ないが、きちんと現実を伝えることは大事だと思うんだ。


「すみません。僕は現実と理想を擦り合わせてから、将来を選んで欲しいと思っているので、教職を目指す方々には耳の痛い話題ばかりになるでしょう。

無論、僕の言うことが全て正しいと言うわけではありません。

あくまで『こう感じる人間もいるんだ』ということを知っておいて欲しいだけです。

自分がそのケースに当てはまるかどうかは、実際に体験しない限りわかりませんしね。

つまり何を言いたいかと言うと…、『テメェの話なんか知るかバーーーカ!!』と聞き流してもいいと言うことです。

僕が垂れ流してるのは説教とかアドバイスなどといった有益なものばかりではなく、愚痴でしかありませんからね」


僕はそれだけ言うと、次の質問を探した。

やはりと言うか、元同族たちの愚痴で溢れ返っていた。

教職の闇はまだまだ深い。

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