元高校教師ですが、Vtuberに転職しました

鳩胸な鴨

第1話 リストラとデビュー

高校教師を辞めました。

職場に不満があったとかではなく、受け持った生徒の中に有名政治家のドラ息子が居たのが運の尽き。

他の生徒と分け隔てなく接したところ、有る事無い事でっち上げられてクビになった。

素行が悪かったから内申下げただけなのに。

校長が気を利かせて「自主退職して新天地を探しなさい」と促してくれたため、職歴にダメージはほぼない。

しかし、新しい教員を募集しているところなんて、そうそうあるはずもなく。


現在、32で無職。ヤバい。非常にヤバい。

そもそもの話、教師の安月給で金なんて貯まるわけもなく、切り崩して生活できるほどの余裕なんて微塵もない。


どうしたもんかな、と思っていると、ことの顛末を聞いた教え子(卒業生)が、「私とVtuberになりましょう!」と誘って来た。


Vtuberという職に馴染みはないし、教師一本で生活して来たせいで娯楽にも疎い。

せいぜい、「学生の間で人気だな」程度の認識だった。

しかし、他の職に就こうにも、職歴が特殊過ぎて拾ってもらえないのも事実。

僕は一か八かと彼女と共に履歴書を持参し、面接を受けて来た。


「Vtuberになって何を目指しますか?」

「金が入るようにしたいです」

「…ふ、普段、動画サイトではどんなコンテンツを…?」

「ひたすらにシュレッダーの動画見てました。アレ、モンペとかクソガキのツラ想像してみるとスッキリするんですよね」

「………質問、ありますか?」

「過激な発言してもいいって聞いたんですけど、差別とかのコンプラ違反さえなきゃ何言っても大丈夫って意味でいいですか?

学校よろしく、青少年になんの配慮もない言葉吐いてもいいってことですよね?」

「あ、うん。炎上はしないでね」


ほぼヤケクソだった。

面接官の福笑いもびっくりなバランスで引き攣った表情から、100%落ちただろう。

そんなことを思っていたら、合格通知が届いた。なんで?

僕が現実を受け入れる暇もなく、あれやこれやと話が進み、僕は今、画面の前で佇んでいるわけだが。

元教師系Vtuberって需要あるんだろうか。

クビになった経緯までつぶさに愚痴ってやる、と謎の高揚感に包まれながら、僕は震える手で配信を開始した。


「あ、ども。えっと…、このイケメンの名前なんて言うんですっけ?教えてくれます?」


コメント欄

コメント:初手事故で草。

コメント:俺らに聞くな。

コメント:自己紹介で自分の名前を初見さんに聞くヤツ初めて見たわ。

コメント:↑全員初見さんゾ。

コメント:ダウナー気味な低い声、イイね。

コメント:陰鬱な感じのボカロとか上手そう。

コメント:キャラ設定は守れ。


好きにやってイイとか言われたんだから別にいいじゃないか。

そんなことを思いつつ、僕は手元に用意していたカンペへと目を向けた。


「ああ、そうだった。改めまして、陽ノ矢 テラスです。

めちゃくちゃキラキラネームですが、Vtuberって全員こんなトンチキな名前なんすかね」


コメント欄

コメント:トンチキてw

コメント:ポンポン爆弾投下してくるやん…。

コメント:知らずによく入れたな…。

コメント:言うて「ライブプラス」の新人ゾ?このくらいの奴がいてもいい。

コメント:開始5分で個人情報全バレして開き直った奴もおるからな。

コメント:↑雪子氏の話はやめろ。

コメント:↑本名やめて差し上げろ。


ネット社会怖い。その人、心臓がゴリラ並みの剛毛で覆われてるんだろうか。

僕だったらどこかに高跳びする。

情報化社会の恐ろしさに震えながらも、僕は話を続けた。


「元は教師だったんですが、担当したクソガキがお偉方の子でして。

他の子と同じ扱いしたのにムカつかれて、めでたくクビになりました。

皆さんは長いものには巻かれるようにしましょう。自己防衛になります。

それで希望に満ち溢れたマトモな将来が約束されるかは別ですが」


コメント欄

コメント:待って待って。唐突に闇が深い。

コメント:笑うに笑えんのは何故…?

コメント:今年のもぶっ飛んでんなぁ…。

コメント:kwsk。

コメント:kwsk。


kwskとは何だろうか。

k、w…、ああ、もしかして「詳しく」か。

それくらいはきちんと打ってほしい。

ネット赤ちゃんもいいところなんだぞ、こっちは。


「詳しい経緯は面倒なんで言いません。

初手で個人情報全バレとかヤなんで」


コメント欄

コメント:チッ…。

コメント:勘のいい新人は嫌いだよ…。

コメント:雪子氏を見習え。初配信から3日でスリーサイズどころか月モノの周期すらリスナーに把握されてたんだぞ。


そんな珍事を期待されても困る。

そもそも、僕みたいな経緯でクビになった教師なんて稀有な類だろう。

迂闊に話したのはまずかったかもしれない、と思いつつ、僕は自己紹介を続ける。


「えーっと、僕はそんな覚えは一ミクロンもないのですが、どこぞの王国で教鞭を取ってたらしいです。

態度も口も悪いのでクビにされたとか。本当はお偉方の権力に負けただけですけど」


コメント欄

コメント:一言一言が余計すぎる…。

コメント:生きる失言では?

コメント:↑草。

コメント:「割と設定通りでは?」とボブは訝しんだ。


好き勝手言われてる。モンペの鳴き声よりユーモア溢れてるから、苦にはならないが。

それに、これまではモンペどもに散々言論を抑圧されて来たのだ。

もう別の職業に就いたのだから、前職の愚痴ぐらいは吐いてもいいだろう。

しかし、このまま愚痴を長々と垂れ流せば、確実に半日は過ぎる。

僕は鬱屈した思いをなんとか飲み込み、カンペ通りに次の段階に移った。


「このまま愚痴を垂れ流す配信をやってもいいのですが、手元のカンペに書いてるので質問を取ろうと思います。

先生になんか質問ありますか?」


コメント欄

コメント:先生、童貞ですか?

コメント:先生、好きな食べ物は?

コメント:提出物を遅れて出しても成績が落ちない方法ってありますか?

コメント:先生にバレないカンニングとかあれば教えてほしい。


コメントの4分の3がイカれてる。

僕は軽くため息を吐き、堂々と言い放った。


「提出物を遅らせると言うことは、教師の仕事を増やすということです。

娘さんの誕生日なのに、生徒の自業自得で仕事が立て込んで遊べないとか、お祝いのレストランの予約をキャンセルしなきゃいけないとか、積み重なれば方々に多大なる迷惑をふっかけます。

カンニングも同様です。バレた時点で余計な仕事が発生しますし、それが教師のその後の人生を狂わせるに足る時間かもしれません。

学生の方々は何となくのつもりでしょうが、君たちのその怠慢が、自分どころか他人の足を死ぬほど引っ張るのですクソッタレ」


コメント欄

コメント:ごめんて。

コメント:ワイ、見てたVtuberに説教された。起訴。

コメント:↑ちゃんと課題はやろうな。

コメント:先生の正論が痛いっピ…。

コメント:思ったよりマジレスで草枯れた。

コメント:説教系Vtuber。

コメント:最後のクソッタレが重すぎる…。


だって、元の職場で実際にあったもん。

教職のブラックさは、通常業務の忙しさや部活動による拘束のみではない。

こういったやらかしたアホの尻拭いに、使わなくてもいい労力を費やすことにある。

懇談会や緊急集会やらを開いたりする日にはもう災難。

メンタルがやられて退職するなんて話はよく聞くし、なんなら自殺とかもある。

…いかんいかん。陰鬱な気分になってきた。

僕は首を振り、淡々と質問を返していった。


────いじめられています。どうすればいいですか?


そんなコメントがちらほら目に入る。

高校生だろうか、それとも中学生だろうか。

冗談なのか、それとも本気なのか。

僕にも真偽はわからないが、そのコメントを取り上げ、小さく息を吐いた。


「えっと、いじめられてる皆さん。

既に辞めた身ではありますが、現役の教職員を代表して深くお詫び申し上げます。

加えて、残念なことを言います。

現代の教師は、びっくりするほど無力です。

ノミよりも君たちの人生の役に立ちませんし、救いにもなれません。

むしろ、君たちの人生を左右する選択を流れ作業としてこなすクソ野郎です。

もっと言うと、君たちの天敵です。学校という舞台を動かす装置でしかありません。

君たち他人の人生にかまけてられるほどの余裕がある教師なんて、ほんの一握りです。

君たちと同じく、保護者や上司にタコ殴りにされてメンタルがやられてるんで」


人にもよりますが、と付け足し、コップに注がれた水で喉を潤す。


「教師は自分の責任だけで手一杯なので、『君たちの人生だから、君たちで何とかしなさい』という無責任な言葉しか吐けません。

君たちの人生や、君たちの保護者の人生の責任を取りたくないので、型にハマった人生しか掲示できない、そんなどうしようもない人間が今の教師です。

だから、今の教師に君たちを救うだけの力はありません」


コメント欄が騒ついてる。

どうせ何言っても後で叱られるだろうな、と思いつつ、僕は淡々と続けた。


「どうしても救われたいというなら、逃げ道を見つけてください。

学校なんて行かなくてもいいです。どうせ塾やらなんやらで補完できますし。なんなら独学だっていいわけです。

中退しても、認定試験とかもありますし。お金を貯めて縁もゆかりもない海外に渡り、心機一転、新しいことに挑戦して大成功とかって事例も実際にあるわけですし。

配信だったり、作品投稿だったり、起業だったり、資格だったり、それこそ僕みたいにヤケクソで企業Vtuberのオーディション受けてみたり…。

まあ、あんまり今いる場所に拘り過ぎず、『なんとなく興味がある』みたいな軽い気持ちで動いてみてください。

息苦しい場所でただ腐ってくよりかはマシな生き方できますよ。

無論、楽ではありません。大きな選択を前に、高校に通ってた方が楽だった、前にいた道の方が歩きやすかったと思う時もあります。

しかし、この苦労は君たちが自信を得るためのものです。君たちが生きる理由を得るためのものです。

人は苦労と選択を経験して、生きていてもいいと思えるんです。

だから、なんでもいいからやってみてください。辛くなったら、美味しいご飯を食べたり、綺麗なものを見たりして凌ぎましょう。好きな歌手のニューシングルを待ったり、好きな映画の続編を想像したりして、生きる糧にしましょう。

その中に、僕の配信を入れてもらえたら光栄です。

……ごめんなさい、何回も説教くさくなってしまって…。

気を取り直して、次の質問いきましょう」


コメント欄が凄まじい速度で動いていく。

僕は目に留まる質問を読み上げるのに必死で、その後の余裕はすっかり無くなってしまった。


その時の僕はきっと、舐めていたんだ。

Vtuberという存在が持つ影響力を。

僕はすぐにその強大さに戦慄くことになる。

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