第96話 パーティに欠けているもの

  複数の動物を混ぜたようなそのキメラの巨体。

 誰もが言葉を失いかけていた時、真っ先に動いたのはライアであった。


「ライア!?」

「黙って食べられる訳にはいかないでしょうが!」


 そう言って動きが鈍いキメラの顔面に向けて、拳を振るうライア。

 だが


「!?」


 ライアの拳はキメラに当たる事はなく、直前で何かに防がれてしまう。

 その出来事に一瞬戸惑ってしまったライアに向けて、キメラの巨大な爪が迫ろうとしていた。


「くっ!」


 避けるのを諦め身を守ろうとするライアであったが。


「……無茶は、ダメ」


 リルによって爪が当たる直前で助け出されたのであった。

 空振りしたキメラの爪は、その余波だけで周りの壁画に大きく爪痕を残す。


「取り敢えず、礼は言っとく」

「ん」


 直撃したら傷は避けられなかっただろう攻撃を見て、ライアはリルに礼を言う。

 リルの方も少し頷くと、二人ともキメラに意識を向ける。

 キメラの方は、尻尾である蛇を二人に向けて振るおうとしていた。


「そう簡単にやらせるもんか!」


 だが、大きく振るわれたその蛇はトロンがガッシリと受け止めた。

 それを見てリルとライアが左右に展開して攻撃に転じるが、先ほどと同じように防がれてしまう。


「チィ! どうなってるのよ!?」

「硬い?」


 二人が困惑していると、頭部の獅子の口が大きく息を吸い始める。


「やばっ!?」


 どう考えても強力な攻撃の予兆に、ライアは思わずそう口を動かす。

 頭の向きから見ても三人が目標なのは確実で、広範囲なのは確実であった。

 それぞれが身構える中、響いたのは与人の声だった。


「『瞬間跳躍』!」


 そう声が届いた時、三人の姿は距離を取っていた与人たちの近くにあった。

 そんな誰も居なくなった空間に、キメラは口から炎を吐き出す。


「……危なかった」

「旦那、すまねぇ」

「まっ、たまには役に立ったわね」

「三人とも無事みたいで良かった」


 三者三様な声を聞いて、与人は笑顔を向ける。

 その横でストラは難しい顔をしながら考え込んでいた。


「怪我をしたら遠慮なく申してください。傷薬は惜しみません」

「ありがとうございますホセさん」


 ホセにそう言うと、与人はストラに声をかける。


「何か攻略法ありそう?」

「……ええ」


 言いずらそうにしながら、ストラは予測を語り出す。


「まず、あのモンスターには今の我々では攻撃が届きません」

「え?」


 身内から出された結論に、与人は思わず愕然とする。

 だがストラは構わず話し続ける。


「おそらくライア殿やリル殿の攻撃が防がれた理由。それはあのモンスターが元来、物理的な攻撃が効かないという特性を持っているからでしょう。でなければ魔法を無力化できるライア殿の攻撃まで防がれた理由が説明できません」

「何と! そんなモンスターなど聞いた事がない!」


 ホセが驚いたリアクションを取るのに対し、ストラは頷きを返す。


「こちらとしても聞いた事はありませんが、現実として目の前にいます。認めざるを得ないでしょう」

「あー。アタイは考えるのは苦手だけどさ、それって……」

「ええ詰んでますね。我々はただでさえ物理に寄っているというのに、ここに居るのは特に物理特化ですから」


 元々与人たち、エクセプションはリントやアイナを始めとした強力な物理的な力を持つ者がほとんどである。

 サーシャやカナデといった例外もいるが、どちらかと言えばサポートが専門である。

 与人たちに足りない魔法攻撃、それが浮き彫りになった瞬間であった。


「で? 散々理屈言ったけど、どうする気なのよ」

「もし逃げ場があるならば、即時撤退を進言する所ですが。残念ながら完全に密室ようですね」

「……どうする?」

「その答えは与人様が文字どうり握っていますよ」


 それを聞いて、全員が与人の手元を見る。

 そこにはクラリッサが手渡していた杖があった。


「これ?」

「ええ。見る限り相当な魔力を蓄えている杖です。『ぎじんか』により仲間に出来れば、この状況を打破できるでしょう」

「……上手くいく?」


 リルがそう聞くのに対して、ストラはモノクルの位置を調整しながら言葉を紡ぐ。


「確かに。運の要素が強いのは否めませんが、現時点で生き残る可能性は一番高いでしょう。……その人物が素直に言う事を聞いてくれれば、ですが」

「な、なるほど」

「それに加え、キメラの攻撃も防ぐ事もしなければなりません。どうやらまだコチラを見失っているようですが、さすがに『スキル』を使えば気づかれます」


 視力や嗅覚は退化しているのか、キョロキョロと見渡しているキメラを見ながら眉をひそめる。


「あの攻撃力、当たれば致命傷は避けられないでしょう」

「それを躱し続けて時間稼ぎをしろってこと? 無茶言うわねアンタ」


 ライアが呆れたように言うのに対して、ストラは何も言い返さなかった。

 矢面に立つであろう三人が覚悟を決めている中、今まで黙っていた人物が手を上げる。


「役に立てるかも」

「クラリッサ殿?」


 先ほどから与人に引っ付いて怯えていたクラリッサの言葉に、ストラは彼女を見ながら驚きを隠せないでいた。


「よく分からないけど、攻撃を鈍らせればいいんだよね? だったら、うん。いけるよ?」

「真っ先に狙われる可能性がありますよ?」

「怖いけど、皆が頑張ってるのにクラリッサだけ何も出来ないのはイヤ。信じて、お母さん」

「……分かりました」

「オイオイ、大丈夫なのか?」


 トロンが確認の意味を込めてストラとクラリッサに問いかけるが、二人とも意思は固そうである。


「私も補助魔法で援護します。目的は全員で生き残る事。……で、よろしいですよね? 与人様」

「勿論」


 与人はそう答えると、全員を見渡して言う。


「後ろで祈る事しか出来ないけど、これだけは言わせてくれ。……皆で生き残ってこその勝利、それを忘れないでくれ」


 その言葉に、全員が静かに頷くのであった。

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