第97話 その人は、微笑みと共に
「じゃあ、行くぞ!」
その声と共に、与人は杖に対して『スキル』を発動する。
杖はいつものように光に包まれていく。
グォォォォォ!!
と同時にキメラは与人たちの存在に気づいたようで、一直線に向かってくる。
だがそれを阻むべく、三つの影が立ちふさがる。
「そう簡単に旦那をやらせないよ!」
「……行かせない」
「簡単に行かせないから」
トロン、リルそしてライアが決死の覚悟でキメラの前に立ちふさがる。
だがキメラはスピードを緩める事無く、突き進もうとする。
「やらせません。『スピードアクセル』」
ストラの魔法により、三人の動きのキレが上がる。
それを受けてリルが真っ直ぐ突き進むキメラに爪を立てるべく、腕を振るう。
やはり予想通り傷は与えられなかったが、それでも気を引く事には成功した。
キメラは脚を止め、邪魔者を払うが如く自身の巨大な爪を振るう。
「遅い!」
だがそれは今の三人にとっては余裕で避けられる一撃であった。
それはストラの補助魔法の効果も勿論あるが、クラリッサの活躍も大きかった。
「~~~♪」
曲を口ずさみながら、まるで舞台に居るかのように舞を踊るクラリッサ。
これはただの舞ではなく、『舞踊魔法』と呼ばれるものであった。
呪文を唱える事が出来ない者でも魔法が使えるようにと考案されたものであり、固有のステップを踏む事によって発動が出来る。
様々な効果がある中で、いまクラリッサが使用しているのは『弛緩の舞』。
指定した相手のパワーを落とす効力がある舞であった。
ストラのバフと、クラリッサのデバフ。
その二つによって戦闘は膠着状態となった。
三人は物理攻撃が効かないため致命打は与えられないが、一方でキメラも攻撃を当てる事が出来ずにいた。
「与人様! 状況は!」
「手間取ってる! 何かが抵抗してるみたいで!」
杖は先ほどから人の形を取ったり取らなかったりとしており、定まっていない。
(蓄えられている魔力の問題? 早くしなければコチラが持たない)
ストラは横目で、踊っているクラリッサを見る。
最初に比べれば少し息が上がっており、動きにも繊細さが欠けているようにも見える。
(もしクラリッサ殿の体力が尽きれば、この拮抗は崩れる。何か手を打つべきですが……)
考えるストラではあるが、そうそう状況を打開できるような策が浮かぶ訳がなかった。
幸いと言えるのは、キメラは三人の動きに気を取られ与人に向かう気配がない事であった。
(頼みます。与人様)
そう祈るストラであったが、状況は最悪へと転がろうとしていた。
「あっ!?」
クラリッサが石に躓き、舞が中断されてしまったのだ。
力が戻ったのを感じたキメラは、三人を振り切り突き進む。
だがその標的は与人ではなく、クラリッサであった。
「危ない!!」
思わずストラがクラリッサを守るべく動くが、それがキメラの前では紙の壁同然である事は言うまでもなかった。
その様子を後ろから見ている与人には、それらがまるでスローモーションのように見えていた。
そしてこのままでは二人の命がない事も、十二分に理解していた。
「……お前にどんな事情があるのかは知らない」
与人は未だ人へとならない、杖へと語り掛ける。
「だけど一言、言わせてもらうぞ」
大きく息を吸い、腹の底から思いをぶちまける。
「駄々を言ってないで、さっさとなりやがれ! でないと一生恨むぞ!!」
(……仕方ないわね)
「!?」
まるで脳内に語り掛けるような声が与人に響いた瞬間、光は急速に人型となった。
青い髪をした大人の女性を思わせる雰囲気を纏わせた元杖は、キメラに自身の分身を向けてただ唱える。
「『風王鉄槌』(ヴァン・ミョルニル)」
それは一瞬であった。
あれほど苦戦していたキメラが、瞬く間に見えない何かに押しつぶされてしまった。
血しぶきが辺り一面に飛び散る中、女性は杖を消すと与人に微笑みながらこう言うのであった。
「呼び声に応じて来たわ。これから沢山、楽しませてね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます