第91話 無邪気は時として悪気より厄介

  ラサハの王都であるミーゴとリットト、その中間地点には古代の遺跡群ある。

 曰く、ルーンベルの中でも最も古いとされている遺跡たちである。

 だがこの付近は頻繁に砂嵐が起こり、強力なモンスターも多くいるためほぼ手つかずとなっている。


「あれがライアが言っていた怪しい連中?」


 その遺跡群を遠巻きに見ているのは、与人たち一行であった。

 先行していたライアから野営予定の遺跡に武装した者たちがいると聞いたため、全員で様子を見ているのである。

 余談ではあるが、全員ストラの補助魔法で視力強化中である。


「人数こそ十人ほどですが、見る限り手練れですね。流石に目的までは計り兼ねますが」


 ストラがそう冷静に分析していると、トロンが不満そうに声をかける。


「けどよ、こんなにチマチマしなくても堂々と殴り込みしたらいいじゃねぇか。今の面子で負けるなんて事は無ぇだろ?」

「トロン気が早すぎ。そもそも相手の目的も分からないのに」

「与人様が正しいです。戦うにしても情報を集めてからでないと」

「何のために私が戻って来たと思ってるの? 頭まで筋肉で出来てる?」


 与人とストラの言葉に渋々頷きかけたトロンであったが、ライアの挑発とも取れる言葉にいら立つ。


「あ? もしかしてアタイを挑発してんのか?」

「事実じゃんか。それとも自分が賢いとでも思ってるわけ?」

「……いいぜ。喧嘩なら何時でも買ってやるよ」

「へー、やる気なんだ」

「いい加減にしてください、お二人とも」


 トロンとライアがバチバチと火花を散らしている中で、ストラは遺跡から目を逸らさずに戒める。


「喧嘩は結構ですが時と場合を考えてください。それも出来ないと言うのならば、今後の対応も考えなければならないのですが?」

「「うっ!」」


 ストラの言葉に二人の動きが止まる。

 何せエクセプションの財政は基本ストラが管理している。

 その気なら二人の給金を止めるぐらい簡単に出来る、そういう立場なのだ。


「二人とも落ち着いて。仲良くしろとまでは言わないけど、お互いの性格を考えて言わないと」


 与人のその言葉に段々と二人の闘気が収まっていく。

 謝罪までは行かなかったが、それでもいま喧嘩が勃発する事はないだろう事は与人にも理解できた。


「で? どう対処しようかストラ。このままだと砂漠の真ん中で立ち往生だけど」

「どうするも何も、視覚情報だけでは限界があります。もう少し近づき交渉が可能か判断しなければ……ん?」


 何かに引っ張られているような感覚を受けてストラが後ろを振り向くと、そこには何故か困り顔をしたリルがいた。


「どうしましたリル殿? 質問なら」

「……踊り子、いない」

「「「「え?」」」」


 その言葉にストラだけではなく他の面々も驚きを隠せないでいた。

 全員がキョロキョロする中でリルはただ一人、遺跡方面に指を指している。


「みんな! あそこ!!」


 そこには呑気に歩きつつ、遺跡へと向かっているクラリッサの姿があった。


「おいまさか。一人でアイツらの所に向かうつもりじゃ無ぇだろうな!?」

「どれだけ無警戒なんですか!? 子どもではあるまいし!?」


 普段は冷静なストラでさえあまりの状況に混乱を隠せない中、真っ先に動いたのはライアであった。


「チィ! 世話の焼ける!!」


 そう言いつつライアは急いでクラリッサの元に駆け出す。

 だが距離を考えれば、クラリッサが遺跡にいる連中と遭遇するのは避けられそうに無かった。


「リル!!」

「分かった」


 与人の言葉を受けて、リルもクラリッサの元に急ぐ。

 その様子を見て流石に落ち着きを取り戻したのか、ストラがモノクルを弄りつつ口を開く。


「申し訳ありません、取り乱しました」

「まあアレは仕方ないよね。俺もライアが動かなかったら取り乱してたかも」

「……我々も急ぎましょう。済ませんがトロン殿、護衛をお願いします」

「おう。任せとけ」


 そう言いつつ動き始めるトロンと共に、与人とストラもクラリッサの元に向かうのであった。



「ねぇねぇ何してるの?」

「あぁ?」


 遺跡に腰かけながら会話していた男たちであったが、突如現れたクラリッサに全員の注目が集まる。


「おい誰だよ、こんな所に女呼んだ奴は」

「いや普通呼ばねぇだろ。旅芸人じゃないのか?」


 ガヤガヤと騒ぎ立てる男たちを笑顔で見ているクラリッサに、ある男が話しかける。


「お嬢ちゃん? どうしてこんな所にいるんだい?」

「お嬢ちゃんじゃないよ、クラリッサだよ! お父さんと一緒にミーゴに向かってるの!」

「やっぱり旅芸人か? だが今はな……」


 男は困ったように周りを見渡すと、クラリッサの手を取る。


「悪いが嬢ちゃん。ちょっとこっちに来てもらえるか?」

「え? え?」


 状況が理解できないのか混乱しているクラリッサの手を引きながら、男は話しかける。


「心配するな。悪いようにはしないからよ」

「ハァッ!!」

「うごっ!?」


 だが男は突然、何かに殴られ弾き飛ばされた。

 他の者がその方向を見れば、そこにはクラリッサを守るように仁王立ちしているライアの姿があった。


「ライアお姉ちゃん!」

「黙って、動かないで」


 そう言って男の仲間たちを睨みつけるライア。

 その敵意に反応して、男たちも急いで武器をライアに向ける。

 だが。


「うおっ!?」

「おい! もう一人いるぞ!!」


 奇襲気味にやって来たリルの登場に、男たちは混乱しつつあった。

 リルは追撃をする事はなく、まずライアとクラリッサの二人と合流する。


「大丈夫?」

「う、うん。大丈夫だよ」

「……良かった」

「安心してるとこ悪いんだけど。まずこっちを何とかすべきじゃない?」


 そう警戒しながら言うライアの目線の先には、すでに武装した男たちによる包囲網が出来つつあった。


「さっさと逃げて合流するわよ。アンタ脚速いし後ろ任せていいわよね」

「うん」


 そのような確認している間にも包囲網は迫っていた。

 二人が突破するため、脚に力を込め始めた。

 その時であった。


「どうした! この騒ぎは何だ!」


 遺跡の奥から、小太りの男が五人ほどの護衛を連れて出てきたのである。


「旦那! 下がっててください!」


 慌てた様子でその男を守ろうとする奴らを見て、ライアは目標を定める。


「予定変更。あの小太り捕まえて何してたか吐かせるわよ。アンタがまず突っ込んで」

「ダメ」

「はぁ!?」


 突然提案を拒否するリルを信じられないものを見るような目で睨みつけるライア。

 だがリルも動じることなく言葉を繰り返す。


「ダメ」

「何でよ! 理由を言いなさいよ理由を!」


 揉め事直前の二人であったが、男たちの方にも問題がおきていた。


「だ、旦那!? 武器を収めろって、どういう事ですか!?」

「いいから仕舞え! 記憶が正しければ彼女は」


 お互いに混乱し始め、収拾がつかなくなりつつあった。


「三人共! 無事!?」


 そこにようやく与人たちが合流する。

 その様子を見て、小太りの男が笑顔を見せる。


「おおやはり! あなた方でしたか!」

「……もしかしなくても、アンタの知り合い?」


 警戒したままそう問いかけるライアに答える事無く、与人は小太りの男に頭を下げる。


「お久しぶりです。ホセさん」

「ええグリムガル以来ですな」


 そう言って商売ギルド『金のなる木』のトップ、ホセは与人に笑いかけるのであった。




 あとがき

 今回はここまでとなります。

 実に八十話近くぶりの登場であるホセ。

 あれ誰だっけ? という方は十一話をお願いします。

 果たして彼が遺跡にいるのか?

 それは是非次回をご覧ください!


 感想やご意見は真摯に受け止めたいと思っています。

 貰える事が未来への糧です。

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