第90話 道中閑話

  リットトでの騒動の翌日、与人たち一行の姿は再び砂漠にあった。

 だがその道中は、前よりも少しだけ賑やかであった。


「うわぁ!! トロンお姉ちゃんすごいね!」


 そう明るく言うのはクラリッサ。

 彼女はトロンに肩車されている。

 純粋な反応に気分を良くしたのか、トロンも上機嫌である。


「はは! そうかそうか!」

「牛の人、気を付けて」


 そう言いながら見守っているリルも、クラリッサの事は悪く思っている様子はない。

 むしろ積極的に遊ぼうしている事もあったので、気に入っている方であろう。


「……」


 その一方でライアは、クラリッサと一定の距離を置いていた。

 話しかけられればそれなりに反応するが、自分から話す事は無かった。


「「はぁ……」」


 そしてクラリッサから父親と母親認定された与人とストラは、心の底から疲れた表情でため息を吐く。


「ストラ、どうだった?」

「ダメですね。何度言い聞かせても呼び方を変えてくれません」


 二人が疲れている原因は明白でる。

 クラリッサに対する自分たちの呼び方をどうにかしようとしているが、無駄に終わっているからであった。

 特にストラの方は、このままマキナスに帰ればアイナに何をされるか分かったものでは無いので必死である。


「こっちもだよ。これは相当手間取りそうだな」


 なぜ二人がここまで躍起になっているのか。

 それはただ単に仲間内で揶揄われるのが嫌だから、などといった理由ではない。

 精神年齢は幼く見えるクラリッサだが、肉体年齢は与人とそう変わらないのである。

 もし事情の知らない者がやり取りを見れば与人の、ひいてはエクセプション全体の信用に関わるのである。


「何とかしてせめて人前だけでも止めてもらわなければ」

「お父さんお母さんは考える事が多いみたいね」

「……意見を出しても一向に構わないのですよ? ライア殿」


 突然会話に参加してきたライアにジト目を送るストラ。

 その視線を受けながらも、ライアは何事も無いかのように与人に話しかける。


「ねぇ。少し先行してもいい? 休憩地点の安全、確保した方がいいでしょ?」

「……クラリッサは嫌い?」


 与人が今までの行動を見て、思い切ってそう聞いてみる。


「はいはい。仲良くしろって言うんでしょ?」

「いや、仲良くしてくれるならそれでいいけど。別に無理に仲良くしろとは思ってないよ」


 どんな善人であろうと、全ての人間と仲良くなどはできない。

 どうしても気の合わない者というのは誰しも存在するのである。


「……ふ~ん」

「何?」

「楽園がどうこうって言うから、理想主義かと思っていたけど。少しは見直した」

「いやまあ。意見を押し付けすぎるのも求めているものと違うかな? って気がしてるだけなんだけどね」


 与人がそう薄く笑みを浮かべるのに対し、ライアはまるで値踏みするような視線を送りながら説明する。


「確かにアイツは苦手だけど、今回は必要と思ってるから言ってるだけ。お守りは減らさない方がいいでしょ?」

「ライア殿の提案は間違ってはいないと思われますが……。どうしますか?」


 ストラがライアの意見に賛同し、与人は少し考えてから頷く。


「うん分かった。ただ無理はしないようにね」

「する訳ないでしょ。いざとなったら逃げるからよろしく」


 そう言いつつ、ライアは一人スピードを上げて先に進んでいくのであった。



「お父さん! お母さん!」


 それからしばらくして、トロンやリルと共にクラリッサが二人に駆け寄って来た。


「トロンお姉ちゃんとリルお姉ちゃんにいっぱい遊んでもらったよ!」

「あ、ああうん。良かったねクラリッサ」


 与人はむず痒い気持ちになりつつも、小さい子に接するように頭を撫でる。

 クラリッサも嫌がる様子もなく受け入れている、その光景を見ながらストラは口を開く。


「クラリッサ殿。その、お母さんと呼ぶのは止めませんか?」

「え、どうして?」

「どうしても何も、我々は本来上下もない仲間です。それにアナタも肉体的には自分とそう変わらない歳頃のはず。なので」

「お母さん、クラリッサの事。嫌い?」

「い、いえ。ですからそう言う訳ではなく」


 ストラは何とか説得しようとするが、クラリッサは既に涙目になっている。


「あ~あ。泣かせてやんの」

「……可哀そう」


 トロンとリルからも非難の目を向けられ、ストラはどうしようか頭を悩ませている。


「ストラ。ちょっと」


 すると、与人がストラに何事かを耳打ちする。

 ストラはそれに頷くと、クラリッサに優しく語り始める。


「分かりました。これからもお母さんと呼んでも構いません」

「本当に?」

「ええ。ですが人前ではお母さんと呼ばないように、もちろんお父さんとも。約束できますか?」

「うん! 分かった!」


 笑顔で頷くクラリッサを見ながら、二人は顔を見合わせながら安堵する。

 最初にレベルの低い要求を飲ませて、後々に難しい要求を承諾させる。

 俗に言うフットインザドアと呼ばれる交渉事のテクニックであった。

 再びリルとトロンと話始めるクラリッサをよそにストラは与人に礼を言う。


「助かりました与人様」

「少しは役に立たないとな。……すこし騙している気分だけど」


 そう言いながらクラリッサを見守る与人であったが、何か別の事を考えている事にストラは気づいた。


「話す気はありますか?」

「……やっぱり気づく?」

「これでも皆の頭脳ですので」


 少しふざけたように言うストラに笑みを返しつつ、与人は思った事を口にするのであった。


「いやさ。これから先どうなるか分からないけど。もしかしたら俺も結婚して、子どもにも恵まれる。そんな未来もあるのかなって」

「……なるほど」


 その言葉を聞いてストラは少し考えてから答え始める。


「軍師的な目線で言えば、子どもはともかく結婚はどこかの令嬢や姫と結婚した頂いた方が今後の為にはなります」

「夢も希望もない話になりそうだな」

「ですが」


 ストラは与人の目を見ながら真剣に続きを語る。


「ですが。個人的尺度で言えば、与人様には愛する方と幸せに暮らしてほしい。そう思っています」

「ストラ……」

「他の方々がどう思ってるかはともかく、少なくとも全員がアナタの幸せを考えている。それだけは忘れないように」

「……俺は」


 与人は何かを言おうとしていたが、目的地の方向から何者かがコチラにやって来るのであった。




 あとがき

 今回はここまでとなります。

 次回は若干の戦闘シーンがあるかも知れません。

 お楽しみに!


 感想もらえると嬉しいです。

 素敵な感想、待ってます!

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