第89話 隠される事実と新たなる呼び方
「そう。結局衣装は見つからなかったのね」
「申し訳ありません。最善は尽くしたつもりでしたが」
ストラは酒場で、クラリッサに深々と頭を下げて謝罪をする。
「仕方ないわよ。事件が解決しただけでも良しとしましょう」
「……本当に申し訳ない」
「そんなに謝らないで。むしろ迷惑をかけたんだからこっちが謝りたいぐらいなんだから」
そう言うとクラリッサは不思議そうに質問する。
「さっきから気になっていたのだけど。あの男の子はどうしたの? どこか怪我でもした?」
「まあ多少。気にするほどではありませんが、念のために見てもらっています」
「そうなの? ますます申し訳ないわね」
「いえ、気になさらず。こちらの不手際ですので」
二人がそのような事を話している横では、『ラサハ』の憲兵に連れられようとしている犯人の男が叫んでいた。
「本当なんだ! 信じてくれ!」
「そんな事あるわけないだろ!」
「これは精神に相当来ているな。これだけ殴られたら無理もないか」
そんな様子を見ながらクラリッサはため息を吐く。
「……あんなになるまで殴らなくても良かったんじゃ?」
「中々白状しなかったので、こちらもつい力が」
「まあいいわ。今から憲兵に呼ばれているから見送りは出来ないけど、元気でね。また今度ゆっくりとお礼をしたいから」
「ええ。そちらもお元気で」
そう言ってクラリッサは憲兵たちと一緒に去っていった。
その途中も犯人の男は叫び続けたが、それを信じる者はいなかった。
「……」
その様子を見送りながら、ストラは物陰に話しかける。
「もう出て来ても大丈夫ですよ、与人様」
「……何だかコッチが犯罪を犯した気分だ」
そう言って出てきた与人には一切の怪我は見られず、すこぶる健康に見えた。
「ねぇねぇ、お話終わった?」
だが与人と一緒に出てきたのは、リルでもトロンでもライアでもない別の少女であった。
天真爛漫な笑顔を振りまきながら、質問する少女にストラはため息を吐く。
「もう少しだけ時間を貰えますか?」
「えぇ~。つまらないなぁ」
「もう少しだけだから、我慢してくれ」
「しょうがないなぁ」
そう言って暇そうにしている少女を見ながら、与人とストラは顔を見合わせる。
「どうしよう」
「どうしようも何も、こうなった以上は面倒を見る他ないと思われます」
「……だよね」
同時にため息を吐く二人をよそに、楽しそうに周りを見渡している少女。
この少女が何者なのか?
それを語るには時を巻き戻さなければならない。
「「「「!!」」」」
突然魔法で攻撃してきた男に対し、完全に油断していた与人を除く四人は動くのが一瞬遅れた。
真っ先に動いたリルが男を取り押さえた時には、魔法は与人に放たれていた。
その時与人は持っていた箱を盾にし、魔法を受け止めた。
……それで終われば話は簡単に終わっていたであろう。
「あっ!」
咄嗟に、本当に咄嗟に与人は『スキル』を使用してしまったのである。
それも箱が壊れて空中に投げ出されたクラリッサの衣装に、である。
周りが反応できない中、衣装は光に包まれ段々と人の形を取っていき……。
「ん? ここ、何処?」
見事に少女になったのである。
「「「「「……」」」」」
与人たちがこの出来事に何と言っていいか分からない中、事情を知らない男が一人騒ぎ立てていた。
「ど、どうなっているんだ!? お前ら一体!?」
「……いろいろ、対処しなければなりませんが。まずは目撃者の処理をしなければなりませんね」
ストラはそう言うと、トロンとライアに何かしらを頼み込む。
それに頷いた二人は、指を鳴らしつつ男に近づいていく。
「お、おい。何をする気だ!」
逃げようとする男であったが、リルに取り押さえられたままであるため動けないでいた。
「く、来るな! 来るなぁぁぁ!!」
結果、男は顔が変形するまで殴られたのであった。
男を追い詰めたが、衣装は見つからず。
尋問をしたが吐かなかった。
そのショックで男は記憶が混乱してしまった。
それがストラが描いた筋書きであった。
その話を疑う者はおらず、男がどれだけ真実を言っても妄言と処理されるのであった。
「まあ衣装が人間になったなどと、そう簡単に信じる者はいないでしょうしね」
「何と言うか、泥棒をしたにしても哀れすぎる」
与人が真実を叫びながら連れられていく男に、心の中で詫びる。
ストラも若干の申し訳なさを感じつつも、冷淡に言ってのける。
「仕方ありません。不必要に知ってしまった以上、何かしらの誤魔化しは必要なのですから」
「……せめて罪が軽くなる様、嘆願書でも出しておこうかな」
「それはともかく」
ストラは話題を断ち切ると、今にも勝手に動き回りそうな少女の動きを押さえる。
「この少女の、自称クラリッサ殿の事です」
「え? クラリッサはクラリッサだよ?」
クラリッサが着ていた衣装が元になっている為か、自分の事をクラリッサと呼ぶ少女。
その少女に笑みを送りながら、ストラは質問する。
「クラリッサ殿。与人様を……いえ、この男性をどの様に認識していますか?」
「いい人!」
「そ、そうですか」
あまりに端的な答えにストラが戸惑っていると、今度は与人が問いかける。
「クラリッサ。今から俺たちは旅をするんだけど……着いて来る気はある?」
「与人様」
「どの道屋敷まで帰るなんて選択肢は無いだろ?」
「……もう少し手順を踏んでからにしたかったのですが」
二人がそのような事を話していると、クラリッサは満面の笑みで答える。
「うん! 一緒に行く!」
「ん、そっか」
「やはりそうなりますか。……まあ何処かに預けるよりは面倒は無いかも知れませんが」
「そうと決まればリルたちに合流しようか。食料とか余裕があるし、一人増えても大丈夫だろ?」
クラリッサ本人の意思を聞き、二人がその方向で話している。
「よろしくね! お父さん!」
「ブッ!?」
思いかけない呼び方に、与人は思わず吹き出してしまう。
「ふふ。クラリッサ殿に取ってはお父さんらしいですよ? 与人様」
「お母さんもよろしくね!」
「ブッ!?」
まさか自分まで巻きまれるとは思わず、ストラも与人と似たようなリアクションを取ってしまう。
「……いえ、待ってくださいクラリッサ殿。まだ与人様をお父さん呼びするのは分かります。しかし、何故自分をお母さん呼びするのですか?」
「え? だってそんな感じがするから」
「そんな曖昧な感覚で母親扱いしないでいただきたい!」
その後もストラはクラリッサを説得しようとするが、彼女の中ではお母さん呼びが定着したのであった。
与人はその様子を見ながら、帰ってからの反応を考え頭を痛めるのであった。
あとがき
今回はここまでとなります。
冤罪、ダメ、絶対。
そして新たに踊り子衣装のクラリッサが仲間になりました。
果たして与人たちは無事にたどり着く事が出来るのでしょうか?
次回をお楽しみに!
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