第86話 選ばれた理由、選ばれなかった事情
「買うべき物は……これで最後かな?」
「ええ。事前に準備すべき物は全て買い終わりました」
酒場での出来事の翌日、与人たちは王都のあるミーゴに向かうための準備を整えていた。
買い漏らしが無いか、ストラと確認していると荷物持ちを一手に担っているトロンが疑問を口にする。
「そう言えば聞きたかったんだけどよぉ。何でアタイが今回の面子に入ってるんだ?」
「ご不満ですか? トロン殿」
「不満じゃないけどよ。使者なんて一番縁遠い人選じゃねぇか?」
「……牛の人に同意」
買ってもらった何かの肉の串を食べていたリルもトロンに同意する。
何も言わないが、先頭を歩いているライアも同意見であった。
ストラは少し笑いながら、その疑問に答える。
「そういった観点では選んではいませんよ。むしろそこまでの道中の護衛を考えた人選です」
「じゃあ何で新入りのアタシまで入ってる訳? 誰でも良かったんじゃないの?」
ライアがそう口にすると、ストラではなく与人が答える。
「いや? むしろライアは一番適任って事になっているんだけど?」
「は? それってどういう事?」
与人の言葉に疑問いっぱいの顔をするライアに、今度はストラが答える。
「自分と与人様を除いたメンバーを選出した条件。それは素手での戦闘に優れているか、です」
「「「ああ」」」
ストラのその言葉に全員が納得した。
リルやトロンはもちろんであるが、ライアも素手での戦闘に優れていた。
「……でも、どうして?」
「どうしてこの条件なのか、ですか? 単純です。武器が持ち込めない場所での戦闘を想定しているからですよ」
「? それってどういう意味だ?」
トロンのその質問にストラは口では答えず、通信魔法で答え始める。
「既に『ラサハ』と『グリムガル』が手を結んでいると仮定すれば、我々の身を『グリムガル』に差し出すという事も考えられます。『マキナス』の使者というだけでも十分利用価値はありますからね」
「城での戦闘を考えてこの面子……そういう訳ね」
「端的に言えばそうなります」
ライアの言葉にストラは頷きながら答える。
流石に城に表立って武器を持ち込む訳にはいかない事を考えれば、妥当な理由であろう。
もちろんアイナやランは、自らの分身である武器を呼び出せるが。
城がどのように造られているか分からない以上、武器の使用はなるべく避けたいとの考えであった。
「まあ、そんな事が起こらないのが一番なんだけどね」
与人が苦笑しながら、そう締めくくろうとするがリルが浮かんだ疑問を口にする。
「赤いの、いない。……どうして?」
「そう言えばそうだよな。リントの奴はどうしていないんだ? アイツも素手だろ?」
確かに素手でも戦え尚且つ頭も回るリントがこの場にいないのは、事情を知っている者からすれば不自然に思えた。
「当然リント殿も候補でしたよ。……諸事情で諦めるしかありませんでしたが」
「リントも来る気満々で、説得するのに苦労したよ」
「……その諸事情って、何なの?」
ライアの切り込んだ質問に対し、与人とストラはどこか遠い目をしながら答え始める。
「……アプローチが、しつこいんですよ」
「は?」
「『グリムガル』から来た貴族のアーノルドさん。毎日毎日、花やら何やら送って来るんだよ。……リントに向けた恋文も毎回付けて」
「その度にお断りをしなければならないのですが、流石に与人様か本人であるリント殿、その二人が居なければ代理で自分がやらねばなりません」
「今回俺もストラも抜けれないから、自然とリントが残らないといけないって訳」
「他の人がやって言質を取られる訳には行きませんからね。リント殿には申し訳ありませんが」
与人とストラは、今ごろ送り付けられている贈り物を送り返すストラがノイローゼになってないか心配しつつ今は遠い『マキナス』の方角を見つめるのであった。
「……と、いう理由によりリント殿は不参加です」
「お、おう」
「赤いの。……頑張って」
トロンとリルが、リントに同情しつつ納得するのを確認するとストラはライアに声を掛ける。
「なのでアナタにも期待していますよ。勇者と共に行動したという格闘家、そのバンテージのライア殿」
「……お金貰っている以上は働くけど、気が乗らないな」
心底ダルそうに答えるライアに与人は苦笑する。
コレでもだいぶ心を開いてくれた方で、初対面時には殴り掛けられるという事件を起こすほどであった。
幸いにもその場にリントが居た為、与人は無事だった。
だがその後も問題行動を度々起こしたため、皆から警戒されている。
(やっぱりアレかな。持ち主の気性に寄るのかな?)
聞けば勇者と行動を共にした格闘家は、元々無頼であったという。
人と行動を共にする事を嫌っていたというその人物の事を考えれば、ライアの態度も一応は納得できると与人は考えていた。
(俺を慕ってとは言わないけど、一緒にいる以上は皆と仲良くしてもらいたいけど……)
そんな事を与人が考えていると、いつの間にやら昨日の酒場の前まで来ていた。
「そう言えば。昨日の人、今日来てって言ってたけど……どうする?」
「そんな暇ないでしょ? さっさと宿に」
「いえ、お邪魔させてもらいましょう」
ライアの言葉を遮るようにストラは入る事を勧める。
怪訝な顔をするライアに、ストラは説明をする。
「遊ぶために行くわけではありませんよ。生の情報を引き出すためです。トロン殿、すみませんが荷物を宿まで」
「ああいいぜ。置き終わったら来るからな」
そう言ってトロンは一人で荷物を宿まで運んでいった。
それを見送ると、ストラは酒場に足を進める。
「はぁ」
ライアもため息を吐きながらも、酒場に入っていく。
与人はその後に続くように、リルと共に入る。
中に入ると夜の騒がしさが嘘のように静かであったが、流石に酒臭さは残っていた。
「……様子、変?」
リルがそう口するが、それを否定する者は誰もいなかった。
営業時間外に入ってきた与人たちに気づいた様子もなく、店の従業員たちが一か所で何かを話し合っていた。
「こっちに気づいても無いけど、どうする気?」
「見て見ぬふりもしたくないし、話を聞くだけ聞いてみる?」
「それが良さそうですね。……すみません」
ストラが声をかけると流石に全員気づき振り向いてくる。
その中で、昨日声を掛けてきたクラリッサが集団から出てくる。
「あなた達、昨日の」
「ええ。お言葉に甘えて顔を覗かせに来たのですが、お邪魔でしたか?」
「普段ならそんな事ないんだけど、今は少し……」
クラリッサはそこまで言うと、与人たちを見渡たす。
「何か?」
「……本当は見ず知らずの人たちにこんな事を頼むのは気が引けるんだけど、事情が事情だけに知人に頼むのも、ね」
「揉め事ですか?」
与人がそう聞くと、クラリッサは意を決したように口にする。
「あなた達に、衣装ドロボウを見つけて欲しいの」
あとがき
今回はここまでです。
ライアが何の擬人化か、ついに明かされました。
果たして彼女は皆に馴染む事が出来るのでしょうか?
今後をお楽しみください!
感想・レビューをもらえると嬉しいです。
皆さんのお言葉が力になります!
良ければお願いします!
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