第85話 酒場会議

「あ~! 死ぬかと思った!」


 与人は頼んだ水を一気に飲み干すと、心の底からの言葉を出した。

 一行はあの後無事に街にたどり着き、今は酒場で一休み中であった。

 その様子を見ていたライアからは呆れたような言葉を言われる。


「ったく、鍛え方が足りないんじゃない?」

「まあまあ。徒歩での砂漠越えが辛いのは間違いないのですから」


 ストラはそう言いつつ店員に新たな水を注文する。

 その隣では先に注文した料理をトロンが食べまくっていた。

 リルも負けじと食べてはいるが、少なくとも食事量はトロンの方が上のようである。

 それから各自、喉や腹を満たしているとストラが全員の注意を引く。


「さて。そろそろ今後の予定を詰めたいと思いますが、如何ですか?」

「予定って……王城に向かうんだろ?」


 十人前ほどの料理を喰らい尽くしたトロンがそう疑問を口にする。

 だがその疑問も予定内なのか、ストラは呆れた様子もなく答える。


「そこに行くまでの詳細を決めようという事ですよ、トロン殿。案内役の護衛の兵士の方々もいない現状では、自力で辿り着くしかないのですから」

「ああ、なるほどな」


 トロンが納得していると、リルが食事の手を止めて会話に参加する。


「本の人、さっきラクダ手配してた」

「ええ。もちろん移動方法もですが、今確かめるべきは進路です」

「進路?」


 ライアがそう聞き返すと、ストラは『ラサハ』国内の地図を料理の皿を片づけたテーブルの上に広げる。


「いま我々がいるのはこの『リットト』。ここから王都のある『ミーゴ』まではそう遠くはありません。ですが、一日ではたどり着けないでしょう」

「そうなると、どこかで休憩しないといけなくなるよな」

「与人様の言う通り最低でも一回は体を休めなければいけません。そう候補は多くありませんが、最適な場所が二つあります」


 ストラは地図のある地点に二つ丸を付ける。


「一つは小さな町を通るルート。安全性を考えるならば此方でしょうが、どうしても遠回りとなり日数が掛かる可能性があります」

「もう一つは?」

「古い遺跡群を突っ切るルートです。しっかりとした休憩施設があるわけではありませんが、間違いなく最短で『ミーゴ』までたどり着けます」


 そこまで言うと、ストラは地図を片づけ始める。

 するとライアがストラに質問する。


「だったら前者でいいんじゃないの? 日数には余裕を持たせているんでしょ?」

「今後も緊急事態が起きないとも限りません。自分としては最短ルートを勧めます」

「……二人はどう思う?」


 与人はトロンとリルに問いかけると、それぞれ意見を口にする。


「別にどっちでもいいけどな。速く着いた方がいいんじゃないか?」

「ご主人、心配。回り道した方がいいと、思う」

「……これで二対二ですね。あとは与人様、お願いします」

「う、う~ん」


 腕を組んで考え込む与人であったが、それほど時間は掛からずに答えを出す。


「最短で行こう」


 その言葉に一番驚いたのは、ライアであった。

 てっきり身の安全を取って回り道を選ぶと思っていただけに、驚きを隠せないでいた。


「やっぱり公式な物を預かっている以上は最善を尽くすべきだと思う。皆には苦労を掛けると思うけど」

「提案したのは自分です。苦労だとは思いませんよ」

「アタイは元々どっちでもよかったしな。与人の旦那がそう言うなら良いんじゃないか」

「大丈夫」


 皆が頷く中で、ライアは動揺を悟られないように何時ものように悪態をつくのであった。


「人の心配より、自分の心配をしたら? この中で一番弱いのアンタなんだから」

「……返す言葉も無い」


 ライアの言葉に苦笑しながら返す与人。

 その様子を確認しながらストラは締めに入る。


「さて。総意を確認したという事で、今はここまでにしましょう。明日は準備に徹して、明後日に出発です」

「了解。……ん? 何か始まるのかな?」


 酒場全体が慌ただしくなり、与人は思わずキョロキョロするがその答えはストラが何でもないように答える。


「どうやら踊り子たちによるショーの時間のようですね。折角ですし見て行きましょうか」


 誰も反対しなかった為、一同はステージの方を向く。

 しばらくすると、装飾を身に纏った踊り子たちが現れて踊り始める。

 腰を重点的に使った踊りに会場が湧く中、与人も魅入られるように集中したいた。


「与人様、見過ぎです」

「はっ!!」


 与人が見渡せば、ライア以外のメンバーが非難するかのような目線で自分を見ていた。


「……違うから。変わった踊りだと思ってただけだから」

「まだ何も言っていませんが?」


 思いっきり目を逸らす与人に対し、ストラはため息交じりに話しに乗っかる事にする。


「まあ確かに、あまり見ない踊りではありますね。この辺りの伝統芸能でしょうか?」

「あら惜しいわね。この辺というより『ラサハ』に伝わる踊りなのよ」


 分析しようとするストラを遮るように、ある女性が与人たちに近づいて来る。

 一瞬戦闘態勢に入り掛けるリルとトロンそしてライアの三人であったが、あまりの敵意の無さに警戒を緩める。


「皆さん他の国からのお客さんでしょ? ようこそ『ラサハ』へ。私は店長のクラリッサよ」

「初めまして。スローンと言います」

「ふふ、よろしくね。ここにはお仕事か何かで」

「ええ。『ミーゴ』に少し」


 ストラが少しばかり警戒しながら当たり障りのない答えを返す。

 可能性としては低かったが、何かしらの情報を引き出す目的とも考えられるからだ。


「そう。砂漠だらけの国だから、他の国の人が来るのは珍しいのよね。だからついつい声を掛けちゃうのよ」

「そうなんですか」


 与人がそう頷いていると、クラリッサはメンバーを見渡す。


「それにしても綺麗どころを揃えてるわねスローンさん。一人ばかり踊り子として引き抜かせてもらいたいぐらいだわ」

「交渉は自由ですけど、大切な仲間なんでね。俺からはどんなに金を積まれても頷きませんよ?」


 そう与人が断言すると、ストラを始めとした三人は若干嬉しそうにしている。


「……」


 唯一例外だったのはライアであり、何とも言えない表情で与人を見ていた。


「その様子じゃ誘いを掛けても駄目そうね。ちょっと残念」


 そう言うとクラリッサは与人たちのいるテーブルから離れていく。


「良ければ明日来て頂戴。ショーを見る邪魔をしたお詫びをしてあげる」



 その後は何事も無く宿に泊まる一同は知らなかった。

 その言葉に導かれるように、小さな騒動に巻き込まれる事を。




 あとがき

 今回はここまでとなります。

 与人たちを待ち受ける小さな騒動とは何なのか。

 次回をお楽しみに。


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