第75話 分からないから
「あなた方ならここまで来られると思っていましたわ」
「フレイヤ王女……」
与人たちの前に立ちふさがるように城門前に陣取るフレイヤ。
それを見てアイナたちが武器を構え始めるのを見て、周りの兵士たちも剣を抜く構えをとる。
だがそれを制したのは他の誰でもなくフレイヤ自身であった。
「誤解なきよう言いますが、ワタクシは決して咎めに来たのではありません」
「ではこの騒ぎの最中に、王女自ら何をしに来られたのです」
ユフィが構えを解かずにそう問うが、フレイヤの意識は一人にのみ注がれていた。
「葉山与人様」
「……何でしょうフレイヤ王女」
「ワタクシは……あなた様の相手として、物足りませんでしたか?」
そう与人に問いかけるフレイヤの顔は王女としての面影は見えず、一人の少女のようであった。
アイナたちは与人の周りを厳重に守る。
与人の答え次第では、恐らく先ほどとは比べようもない練度の兵士が襲ってくるのは明白であったからだ。
「……決してあなたに不満がある訳じゃない。むしろ俺の方が相手として相応しいかどうか、悩むほどでした」
「では、何故ここに?」
この場にいる二人を除いた全員に緊張が走る。
フレイヤの問いに、与人はその答えを口に出す。
「分からないからです」
「……分からない、ですか」
ほとんどの者がその答えに困惑する中で与人は自分の思いをフレイヤに伝える。
「どれだけ考えてもあなたとの婚約が自分の目指すものと相違はないか、そもそも王としてやれるかどうか。答えは出ませんでした。……ですから、答えを探すためにもここを去らねばいけないんです」
「……それはここにいては見つからないもの、ですか?」
「確証はないですけど」
「……」
「……」
フレイヤと与人、お互いが黙り込み周りの緊張も高まっていく。
「はぁ……」
それを崩したのはフレイヤの大きなため息であった。
「仕方がありませんわね。我が儘を許すのも甲斐性、と言う事にしましょう」
「王女……つまり」
通っても良いという許可が出る。
そう思った与人であるが、フレイヤから出た言葉は意外なものであった。
「ですけど、全てを納得したわけではありませんわ。なので条件を付けさせてもらいます」
「条件?」
スカーレットが首をかしげるとフレイヤは自らの後ろにある城門を指さす。
「この城門をあなた方だけで突破してみせる。それが条件ですわ」
与人たちは知らない事ではあったが、この城門はフォルテクスの王城が誇る強度を持っており真っ向勝負では破られた事は一度も無かった。
そう真っ向勝負では。
「あの、王女? それはその城門の向こう側に行けたら良い、そういう事でよろしいでしょうか?」
「? ええ。それで構いませんわよ?」
「よし。サーシャ、任せた」
「う、うん。任せて!」
そう言ってサーシャを先頭に与人たちは城門に近づいていく。
サーシャの元の姿を知らない者たちは疑問を持った目で一行を見つめていた。
それはフレイヤも同じで、本当に大丈夫なのか心配するほどであった。
サーシャが城門に着くと、その小さな手で城門に触れる。
そのタイミングで与人はフレイヤに声を掛ける。
「フレイヤ王女。今日までのもてなし、ありがとうございました」
「え?」
「サーシャ!!」
その呼びかけと同時に、フォルテクスの誇る城門が蒸発したのであった。
「……」
「フレイヤ様」
「あら、エミリー」
フォルテクスの兵士たちが走り回る中、城門だったものを見つめていたフレイヤにエミリーが声を掛ける。
「反乱を完全に鎮圧したとの事です」
「そう。反乱に関わっていない貴族は処断しないよう徹底してちょうだい。……とはいえ、貴族制度は廃止になるでしょうけど」
何の興味もないように再び城門を、いやその先にいるであろう人物を見ているフレイヤにエミリーは頭を下げる。
「申し訳ありません。まさか鉄を溶かす毒を出す者がいるとは……」
そう。
元々が毒の代表格と言えるヒュドラであるサーシャ。
様々な毒を扱える彼女にとって、あの城門程度の鉄ならば溶かして当然であった。
「気にすることはないわよエミリー。武器を持っている方ばかりに注目していたのはワタクシの油断ですわ」
「フレイヤ様……」
振り向く事無くそう言い切るフレイヤ。
与人に逃げられて落ち込んでいるであろう彼女に、どう声を掛けたら良いか悩むエミリーであったが。
「さて。次の大会の準備をしなくてはなりませんわね」
「はい……はい?」
突然に大会の事を口に出すフレイヤに思わず変な声が出るエミリー。
フレイヤは強気な笑みを浮かべつつ説明をしだす。
「今回の騒動で民には少なからず不安が残るでしょう。それを払拭するためにも、大きな祭りは不可欠ですわ」
「そ、それはそうかも知れませんが……その、葉山与人様の事はもうよろしいので?」
「……はぁ」
エミリーが思わずそう聞くと、フレイヤは大きなため息を吐いた。
そしてまるで子どもに常識を語る親のような口調で語り始める。
「エミリー。ワタクシが一度逃げられた程度で諦めるような人間だと思いますの?」
「つまり……諦める気は」
「これっぽっちもありませんわね」
フレイヤは再び溶けた城門の先へ向かって行った与人を想像して不敵な笑みを浮かべる。
「そもそもあの方は答えを出すために戻られたのです。諦める理由にはなりませんわ」
「だとしても……そのまま、という可能性も」
「ですから大会を開くのですわ。豪華な賞品をぶら下げて、ね」
「金品に執着するお方には見えませんでしたが」
「それ自体に執着せずとも強力な部下、あるいは仲間は欲しいはず。ですから魅力的な武具を賞品にすれば来るはずですわ」
「……その時にも答えが出なかった場合は?」
そのエミリーの質問にフレイヤは魅惑的な笑みを浮かべる。
「その時には教えて差し上げるだけですわ。ワタクシがどれだけあの方を愛しているかを」
「フレイヤ様……」
「いえ? むしろマキナスに攻め入るという手も……」
その言葉に恐ろしさを感じたエミリーにフレイヤは主として命を下す。
「冗談は置いておいてエミリー、強力な武具を集めなさい。必要なお金はワタクシの私財から出しますわ」
「り、了解しました」
そう言ってエミリーはフレイヤから離れていく。
フレイヤもいい加減に執務に戻るため、城内に戻ろうと足を進める。
だがその足を突然止めるともう一度だけ城門の先へ視線を向け、宣言する。
「必ず勝ち取ってみせますわ。あなたの心を」
その言葉が聞こえたように、マキナスへと向かう与人に強烈な嫌な予感が走るのであった。
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