第74話 脱出路確保戦

『フォルテクス』の王城のあちこちにて聞こえる剣戟の音。

 実権を握っている王族派とそれを良く思わない貴族派。

 両者の対立によって巻き起こったこの戦い、実の所は貴族派の負けは目に見えていた。

 貴族派の当初の予定ではムールー卿が王たちの気を引き付けている間に主要部署を制圧する予定であった。

 だが各署の兵が激しい抵抗を見せたため制圧が進まなかった事。

 そして指揮官たちがフレイヤの指揮により素早い対応をした事によって反乱は少しずつではあるが鎮圧されつつあった。

 そのような中で最も混沌としていたのは主要な施設ではなく中庭であった。

 王族派と貴族派の激突に加え、その両方を相手している者たちがいた。

 それは言うまでもなく城からの脱出を図る与人、そのための道を確保しているアイナたちであった。


「それにしてもキリがありません。主様はまだでしょうか」


 与人の心配しつつも一般兵には見えない剣戟の速さで派閥を問わず武器のみを切り伏せるアイナ。

 彼女たちには王族派も貴族派も見分けが付かないため結果として両方を相手しているが、アイナには未だ余裕が見えた。

 その後方では兵がまとめて吹き飛ばされ、周りを巻き込んでいく。

 それを成しているのは憂鬱そうな顔をしながら身の丈ほどのメイスを振り回していた少女であった。


「はぁ。一方的にイジメてるみたいで気が乗らんのやけど、ウチ」

「そ、そんな事言わないで頑張ってください。スカーレットさん」


 この状況があまり気に入らないのかメイスを振りながらもため息を吐くスカーレット。

 その後ろにはサーシャがピッタリと引っ付いていた。


「ため息を吐かないでくださいスカーレット。主様のためですよ」

「いや使い手さんのために働くのはいいけれど、こう……もっと刺激的な体験があってもいいと思う」

「黙りなさい被虐趣味。ほら、次が来ますよ」


 アイナが視線を送った先には貴族派の弓兵と魔法部隊が一斉に攻撃をこちらに向かって放った。

 味方すら巻き込む攻撃であったが、慌てた様子もなくスカーレットはその方向を見る。

 何せこの無差別攻撃、行われたのは今回を含めて五度目である。

 しかしこの攻撃が貴族派はおろか王族派にもアイナやサーシャにも傷一つ付けた事はない。

 何故ならばそれらは全てたった一人が受け止めていたからである。


「『吸収衝撃』(インバリッド)」


 そうスカーレットが唱えると同時に、全ての魔法と矢が彼女に向かう。

 当然それらはスカーレットに衝撃を与えるが、彼女は眉を顰める事もなく全てを受け止めた。


「はぁ。張り合いない」


 この『吸収衝撃』という能力は弓矢や魔法など遠距離の攻撃を一身に集め、威力の低い攻撃を無効化するというものである。

 彼女が衝撃を受けていないという事は威力の低い攻撃であり、スカーレットとしては満足いく事ではなかった。


「文句を言わないでください。我々としてはありがたい事なのです」

「す、スカーレットさん。ありがとう」

「別に、感謝されるのが悪い訳じゃないけれど……。ウチとしては物足りないのも事実なんで……」


 そう言いつつもアイナとスカーレット、両者の武器を振るう腕は動き続けおり多くの戦闘不能者を出していた。

 余裕があるためか三人の話は弾んでいく。


「それにしても……使い手さんはウチみたいなのも受け入れていい人だね」

「主様がいい人なのは当たり前です! 主様ですから!」

「り、理由になってないよアイナさん」

「ウチ……使い手さんと出会えて本当に良かったと思ってる。だって……そんな使い手さんに軽蔑の目で見られたらと想像しただけで……(じゅるり)」

「……」

「サーシャ、黙ってアレから距離を取らないでください。いえ、気持ちはとても分からいますが」


 その二人の態度にも興奮したのか、少し顔を赤らめているスカーレットは反論する。


「ええ~。でもアイナさんも他はいざ知らず使い手さんからイジメられるならアリと違う?」

「…………ソ、ソンナコトハナイデスヨ?」

「……アイナさんもそっち側なんだね」


 今までにない冷たい目線を送るサーシャに対して、アイナは慌てて反論する。


「ち、違います! スカーレットと同じにしないでくださいサーシャ!」

「アイナさんも才能ありそうだし、極めようよ。変態の道を」

「そんな才能! 一欠けらも要りません! 万が一なるとしてもそれは主様の前だけです!」

「今の一言で完全にアウトだよアイナさん」


 完全にサーシャの中ではアイナはスカーレットと同類と認定されてしまった。

 その事実に頭を抱えたいアイナであったが、今は目の前の事を片づけなければならない。

 既に次の矢と魔法が準備されており、今にも放たれようとしている事を伝えようとするアイナであったが。


 バタバタ


 そんな音と共に遠距離部隊が倒れていく。

 流石に動揺する兵たちを余所に、アイナたちの傍に一つの影が舞い降りる。


「三人共、遅くなりました」

「お、お待たせ」

「……何故ユフィは主様を抱きかかえているのですか?」


 それは与人をいわゆるお姫様抱っこしたユフィであった。

 アイナが非難するような目で見てくるのに対してユフィは大した事ではないように淡々と言う。


「主殿のスピードに合わせていては時間が掛かるので無礼を承知で行いました。文句なら後で伺います」

「アイナ。これに関してユフィを責めるのは……」

「……そうですねすみませんユフィ」


 アイナの謝罪を受け入れつつ、ユフィは迫り来る兵を自らの分身である短剣と体術を用いて無力化していく。

 合流した一行は中庭から少しずつ移動していき城外へとつながる門へと移動していく。

 ユフィが遠距離部隊を無力化した事もあり、戦闘しながらではあるが門ほとんど障害もなく進めたのであった。


「それにしても二人とも、よくあれだけの兵士を相手に余裕があるね」

「向かってくるほとんどの兵は貴族派でしたから。王族派は遠巻きに見てるか貴族派と戦っていましたので」

「だとしても、二人ともよく頑張ってくれたよ。勿論迎えに来てくれたユフィも、二人と一緒に待っててくれたサーシャもね」


 それに対してアイナとサーシャの顔は見るからに喜び、ユフィは軽く頭を下げる。

 だが一人不服そうなスカーレットに与人は問いかける。


「スカーレットはこんな言葉じゃ不満?」

「ウチとしては褒めて貰うより罵倒の方が……」

「さ! 城門まであと少しだ!」

「放置プレイ……さすが使い手さん。上級者だね」


 勝手に盛り上がってるスカーレットを無視し、一同は城門が目視できる場所まで移動してきた。


「よし! 城門が見えた!」

「……ですが、最大の難関が待ち受けているようです」


 ユフィの緊張した視線の先。

 そこには何時ぞや見た鎧に身を包んだ一人の少女が待ち受けていた。


「お待ちしておりましたわ。与人様」

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