第73話 答えを出すために
――それは十数分前の事。
「今、何とおしゃって? ムールー卿」
「な、何度でも言おう! あの男はフレイヤ殿には相応しくない!」
フレイヤの怒気を込められた視線を受けても、ムールー卿と呼ばれた青年は怯みながらも断言した。
朝に行われていた御前会議にいきなり乱入し、そのような事を言われフレイヤの怒りは上昇していく一方であった。
だがムールー卿による非難は過激さを増す。
「聞けばその男はただの冒険者だと言うじゃないか! まぐれでフレイヤ殿に勝ったからと言ってそんな下賤な者を婚約者にするなどと!!」
「……それは負けたワタクシに対する侮辱と取って構わないのかしら? ムールー卿」
周りで様子を見ていた文武官を底冷えさせるようなフレイヤの冷たい声に、声を荒げていたムールー卿の口も止まる。
フレイヤは気だるげにため息を吐くとムールー卿に冷たい視線を浴びせる。
「皆まで言わなくと分かりましたわ。散々にここにいないあの方を非難して、最後は自分こそが相応しいと言うつもりなのでしょう?」
「うっ!!」
「……反論のできないこの場に居ない者を非難するだけでも戦士の国の者として恥ずべき行いですわね」
グッと唇を噛みしめるムールー卿に対して、軽蔑の眼差しで見つめ続けるフレイヤ。
だが未だ何か言いたげなムールー卿の様子を見て、フレイヤは更に言葉の刃を振るう。
「……いい機会ですのでハッキリさせておきますが、例えあの方と出会わなくともワタクシとアナタが結ばれる事はあり得ませんわよ」
「なっ!?」
「当然でしょう? ワタクシが伴侶に求める物は心に揺さぶり掛ける何かを持っているかどうか。戦いによる敗北も勿論その一つですが、他にも何かがあればワタクシは婚約しても良いと思っていましたわ。……で? ムールー卿、あなたはワタクシの心を動かす何かを持っていたかしら?」
「そ……それは……」
言い淀むムールー卿を余所に、フレイヤは指折り数えながらどうでもいい事のように喋り始める。
「地位や名誉? それならワタクシの方が上ですわよね? あるいは知識? ああ、申し訳ありませんわね。王からの勅命をどうしようもなくなってワタクシに泣きついきたのはムールー卿でしたわよね? すっかり忘れておりましたわ」
「……」
さらされたくない事実を暴露され何も言えなくなっているムールー卿に、さらにフレイヤは追い打ちをかける。
「戦闘力に関しても雲泥の差、一度決闘を仕掛けた時は見込みがあるかと思いましわよ。……用意された武器に壊れやすい細工を見つけるまでは。まあ、結局は体術で勝ちましたが。……それではムールー卿、教えてもらいましょうか? 自分の長所を」
途中から既に涙目になっていたムールー卿に軽蔑の眼差しを送ると、衛兵に外に追い出すように命じるフレイヤ。
今にもムールー卿が連れ出されそうになった時、一人の兵士が駆け込んで来たのであった。
「ほ、報告です! 城内にて暴動が発生しました!」
「何!?」
王の驚きの声と、周りの臣下のザワザワとしたどよめきが響く中で兵士の報告は続く。
「暴動は城の各所にて起こっている模様! 指示をお願いします!」
「い、一体。何者が……」
誰もが動揺する中で、ただ一人フレイヤはムールー卿を睨みつけていた。
「やってくれましたわね。ムールー卿」
「フフ、フハハハハハ!! 長らく我ら貴族を弾圧し続けて来た報いを受ける時が来たのだ! これより『フォルテクス』は貴族主体の国に、グフォ!?」
高笑いするムールー卿の頭にフレイヤの投げた剣の鞘が直撃し、ムールー卿は気絶する。
フレイヤはまず未だ動揺が見える武官たちを落ち着かせる。
「みな落ち着きましょう。暴動が貴族主体であるのであれば兵の数は少ないはず。一つづつ、確実に鎮圧して行きましょう」
そこまで言うとフレイヤは王女としての命を下す。
「これより城内の暴徒の鎮圧を行う! 非戦闘員は命令があるまで部屋に鍵をかけ待機。兵士たちは自らの指揮系統を守るよう徹底せよ!」
王女からの命が下され武官は暴徒の鎮圧に、文官は既に今後の対応を協議し始めていた。
フレイヤはムールー卿を牢に入れるように命じると、父である王に近寄る。
「だから言ったのです。中途半端な締め付けはこういった事態を引き起こすと」
「そうだな。……今後はこのような事が起こらぬよう徹底する」
父からその言葉を聞くと、フレイヤは集まりつつあった直属の兵に命令を下す。
「与人様を探すのです。もし部屋の外にいるならば強引にでも部屋に戻ってもらいなさい」
「武器の使用は」
「許可します。ただし治せない程の傷は与えてはなりません。行きなさい」
フレイヤの命令を受けて兵士たちは鎧を鳴らしながら走り出していく。
「フレイヤ、少し乱暴なのでは?」
父のその言葉にフレイヤは首を横に振る。
「いえ、お父様。ワタクシがこの暴動で危惧しているのはただ一点」
フレイヤは城門の方に視線をやる。
「あの方が逃げるチャンスを与えてしまったかも知れない。その一点だけですわ」
「……その様な事があり現在この城内ではいたる箇所にて貴族派の兵士が騒ぎを起こしています」
「そ、それって大丈夫なのか?」
ユフィが与人に逃げるように進言してから既に数分が経過していた。
連れられるまま逃げる与人はこの暴動を心配するが、対するユフィはいつもと変わらなかった。
「恐らく心配する必要はないかと。各地で暴動が行われているので大規模に見えますが、貴族派の兵士は少数です。統率の取れた軍が向かえばすぐに鎮圧するでしょう。既にアイナ殿とサーシャ殿、スカーレット殿は与人殿の撤退路を確保に向かいました」
だがユフィはそこまで言うと急ぐべき脚を止める。
「ユフィ?」
「ですがその前に、確認すべき事があります」
そう言って与人に振り向くユフィは顔は真剣そのものであった。
「本当に、逃げても構いませんか?」
「……」
それは昨日の話の続きである事は言われずとも理解ができた。
このまま城外まで逃げれば『マキナス』まで逃げる事は可能であろう。
だがそれはフレイヤとの婚約を断る事を意味しており、取り返しがつかない事になるかも知れなかった。
「どちらを選ぼうと、我々の居場所は与人殿と共にあります。ですが、与人殿の居場所は与人殿が決めるべきです。……どうなされますか?」
「……昨日からずっとその答えを考えてた」
与人は一言ずつ考えるように答える。
ユフィは急かす様子もなくその答えを待ち続けていた。
「だけど結局、今になっても答えがでない」
「優柔不断では?」
「かもね。……だけど一つだけ分かった事がある」
与人は決意を込めた目でユフィを見る。
「このままここに居ても、答えは出ないって事は分かった。……だから逃げるよ、答えを出すために」
「……例えそれが最適解を消してもですか?」
「そうなったらその時の最適解を探すよ。結局、人生なんてそんなモノだろ?」
そう笑みを浮かべながら言う与人にユフィは視線を外し、前を見る。
「元々人間ではないこの身には分かりかねる事です。……ですが、良い答えなのではないか。そう、思えます」
それだけ言うとユフィは再び三人に合流するために動き始める。
その後ろを追う与人にはその顔にわずかに笑みが乗っていた事に気付けないのであった。
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