第62話 少女とメイドの一幕

  ――時間を少し巻き戻し三回戦直前


 異様なほど盛り上がるフォルテクス闘技場。

 その一望が見渡せるVIP用の観客席にてその様子を見守る一人の少女がいた。

 巻き毛な長い金髪はまるで金細工。

 その整った顔は精巧な人形のようでもあった。

 豪華なドレスに身を包んでいるが、ドレスよりも彼女の美しさに目が引かれるであろう。

 そんな彼女に一人のメイドが声をかける。


「—―様」

「何かしら」


 闘技場から一切目を離さず答える様子に疑問も苛立ちも覚える事もなく、メイドは問いかける。


「本当によろしいのですか?」

「何の事かしら。エミリー」

「この大会の事です」

「……」


 黙り込む少女に対してエミリーと呼ばれたメイドは矢継ぎ早に問いかける。


「ご自身を景品のように扱うなどと、まるで安売りするような真似をしなくとも……」

「ねぇ聞こえるかしらエミリー。この天まで届くかのようなこの熱狂が」

「? えぇ勿論。それが何か?」


 突然問いかけらた質問に率直に答えるエミリーに対して少女は微笑みを向ける。


「素直ね。そういうところが気に入ってお抱えのメイドになって貰ったのよ」

「身に余る光栄だと思っています」


 話の繋がりが分からず混乱気味のエミリーに対して少女は再び闘技場に視線を向ける。


「けどあなたは為政者としての視点を持っていない。勿論武人としてもね」

「視点、ですか?」

「えぇ。近年フォルテクスは平和でありすぎた。勿論平和である事は良い事ではあるのだけれど、適度な刺激が無ければ市民は退屈してしまう。そしてそれはいずれ大きな不満となって国を破滅に向かわせるモノにもなりかねない」

「その為にご自身を捧げると言うのですか」


 その言葉に対して少女はまるでからかうようにコロコロと笑いながら答える。


「エミリー? あなたはまさかこのワタクシがそんな殊勝な女だとでも?」

「違うのですか?」

「ええ違うわ。ワタクシが負ける相手は女ならば生涯の友になる者として、そして男ならば永遠の伴侶として迎え入れる者と決めているもの」

「……勝った負けたで決める事が凡庸なメイドの私には理解出来ない事です」


 呆れたように言いつつお茶と菓子の用意をし始めるエミリー。

 その用意されたお茶を優雅に口にすると、少女は続きを語り始める。


「ワタクシには様々な才が与えられたわ。王族としての才は勿論、武術も美貌もあらゆる才が」

「否定はしません」

「そしてその才に相応しいだけの努力をして来たつもりよ」

「それは間違いありません。貴方様はフォルテクス一の努力家です」

「フフ、ありがとうエミリー。その言葉はどのような誉め言葉より心に響くわ」


 エミリーが用意した一口大の菓子をお茶と共に楽しみつつ少女は機嫌が良くなる。

 努力家。

 その言葉は少女が何よりも愛する言葉であるからである。


「そんなワタクシが負ける時、それは運などではなく負けて然るべき理由があるからよ」

「理由……」

「そう理由。例えばワタクシと共にフォルテクスを治めるに相応しい人物である……とかね」


 少女はそう言うと僅かに残っていたお茶を飲み干す。

 エミリーが次のお茶を注ごうとするのを止め、少女は立ち上がる。


「だからワタクシを負かした相手と婚姻を結ぶのは飽くまでも相応しい者と一緒になりたいと言う我がまま。決して人柱になるためでは無いわ。その過程が民の楽しみになるのなら、誰に取っても悪い話では無いわ」


 そこまで言うと少女の口調は一転して柔らかいものになる。


「お父様には随分迷惑を掛けていると自覚はしている、のだけれどもね」

「……もしその相手に国を治める才能が無い場合、どうなされるおつもりで?」


 エミリーが心配そうにそう聞くと少女は考え込む素振りを見せる。


「そうね。そうだった場合はこの国を治めるのが王ではなく、女王になるかも知れないわね。今とそう変わらないでしょ?」

「……滅多なお言葉は慎まれた方がよろしいかと」

「事実よ。お父様ったら色々と詰めが甘いのだから」


 そう、現在のフォルテクスの政治のほとんどは彼女が担っていると言っても過言では無かった。

 その正確さとスピードはフォルテクスの英才が揃う政治家たちでさえ敵う者はいなかった。

 用意されていたフォークを少女は何故か手に取ると回し始めエミリーの方へ向く。


「それにこの話を今聞いているのは可愛いワタクシのメイド……と!」


 少女は手にしたフォークをエミリーに。

 いや、エミリーの後ろの何かに投げつける。


「グハッ!?」


 すると居る筈の無い何者かの声が聞こえた。

 エミリーが振り向くと、そこには黒い装束に身を包んだ男の胸にフォークが突き刺さっていた。


「!!??」

「叫ぶのは止めなさいエミリー。このような些事で大会を中止にしたくは無いわ」


 思わず叫びそうになるエミリーの口を手で塞ぐ少女。

 落ち着いたタイミングでその手を放すが、エミリーは少女に興奮した様子で問いかける。


「で、ですが! この者はどう見ても!」

「ええ。間者か、もっと直接的に暗殺者か」


 まるで興味が無いと言わんばかりの口調の少女はその手をパンパンと鳴らす。

 すると武装した兵士が二名ほど入ってくる。


「身元を調べなさい。ただし大元が分かるまでは報告はしなくてもいいわ」


 兵士たちは頷くと速やかに遺体を片づける。

 数分後には床にこびりついた血だけが、先ほどの出来事の証明となっていた。


「……」

「ごめんなさいエミリー。怖い思いをさせたわね」


 顔を青くするエミリーに対して少女は謝罪の言葉を口にする。

 その言葉に我に返ったのかエミリーは疑問を口にする。


「よ、よろしいのですか? このような事があった以上は大会も中止にした方が……」

「言ったでしょ? この程度は些事よ。勿論、観客が狙われるなら話は別よ」

「は、はぁ」


 納得がいかないという態度が見え見えのエミリーに対して少女は笑みを向ける。


「言ったでしょ? ワタクシが負ける時、それはその資格がある者にのみ。暗殺者に遅れを取る理由が無いでしょ?」


 エミリーは改めて自身の仕える少女の恐ろしさを知る。

 少女は相手を侮っている訳でも、まして慢心している訳でもない。

 勝つべくして勝つ、それがこの少女にとって当たり前なのである。

 そこまで思ってエミリーは考える。

 この少女の夫となる者は一体どんな男なのだろうと。


「もうすぐ三回戦が始まるわね。フフ、一体どんな戦いを見せてくれるのかしら」


 そう言って少女は何事も無かったかのように椅子に座り直す。

 観客の熱狂を感じつつ少女は静かに闘志を燃やす。


「さあ勇士たち、勝ち上がって来て頂戴。その時こそワタクシ、フレイヤ・フォルテクスの婿に相応しいか試される時よ?」



 この闘技場で誰よりもこの大会を楽しんでいるのは賞品でもあるフレイヤであった。

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