第63話 三回戦、開始
(弱そうな奴だ)
スローンこと与人を見て、対戦相手ある傭兵のマーズはそう思った。
仲間を作らず各地を転々とし、様々な人やモンスターと戦って来たマーズにとって与人は最初から相手にしてなかった。
彼の目的はただ一つ、強い相手と戦う事である。
その為、武でも名を馳せているフレイヤと戦える事はマーズにとっては予想外の喜びであった。
「さぁ! 無頼の傭兵とブラッド・アライアンス所属の新星! その対決が今まさに始まろうとしています!」
進行役が盛り上げる中、マーズと与人は剣を構える。
(せめて一撃で終わらせてやるのが筋というものか)
そう思いつつマーズは大きく長年の相棒である剣を振り上げる。
あとはただこの剣を振り下ろすだけでいい。
マーズはそう思いつつ与人の構えを確認する。
見た事が無い構えではあったが、経験から防御優先の構えだとマーズは核心する。
(勝ったな)
自身が鍛え抜いた剛腕から繰り出す剣が防げる訳がない。
その自信と共にマーズは開始の合図を待つ。
ただ、マーズは知らない。
彼が侮っている与人を鍛えているのは、歴代の勇者の卓越した技術を継承している聖剣少女であるアイナという事を。
そして与人がアイナと短期間にどれだけ濃い修行をして来たか、と言う事を。
「それでは第三試合! マーズ対スローン! ……始め!!」
その言葉と同時にゴングが鳴らされ、事態は一気に動く。
「ウオォォォォォォォォ!!」
雄たけびと共にマーズは振り上げた剣を振り下す。
傭兵の間では剛腕の二つ名が付くほど筋力に自信を持つマーズ。
その渾身の力で剣を振り下せば城壁すら壊せるのでは?と思わせる。
観客の誰もが、そしてマーズ自身も勝利を確信する一振り。
だが。
ガキン!!
剣と剣がぶつかり合う音がしたかと思えば、マーズの剣はまるで地面に吸い込まれるように衝突する。
「なっ!!」
そしてマーズが事態を把握するよりも前に、その首に与人の剣が突きつけられる。
「……」
マーズはここで一瞬考える。
この突きつけられている剣を払い、勝利をもぎ取る事は可能かと。
だが同時にマーズは考える。
例え逆転出来たとして、生かされているこの状況でそうしたとしても自分はその勝利を喜べる訳がないと。
故に全ての答えは、ただ一言を宣言するしか無かった。
「……参った」
その言葉に会場は大きくどよめいた。
マーズはこの大会において一、二を争う実力者であった。
誰もがマーズの勝利を疑わない中で起こった出来事に混乱していた。
その状況下で別の反応を示したのは僅か。
「よ、良かった~」
「……ふぅ」
「主様~!!」
素直に与人が無事勝利した事を喜ぶサーシャ、ユフィ、アイナの三人。
「……フフ」
そしてまるで獲物を見つけた虎のような目つきで、妖艶に微笑むフレイヤの四人であった。
「……」
「ま、待ってください!」
どよめきの中でマーズはすぐさま立ち去ろうとするが、与人によって呼び止められる。
「……何だ」
無意識にマーズが低い声で返事を返すと、与人は頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「……」
聞きようによれば、勝たせてくれてアリガトウとも取れる言葉。
だがマーズはそれが対戦相手への礼儀という事を直感で理解した。
「……勝てよ。スローン」
そう言ってマーズは今度こそ敗者として舞台を去る。
震える腕を隠しながら自分から勝利をもぎ取った与人を見て、もう一度基礎から叩き直す事を誓って。
「い、意外な展開でしたね」
メイドであるエミリーが主であるフレイヤにそう言うが、返ってきたのは意外な言葉であった。
「そう? ワタクシは無くは無いと思ってたわよ?」
「え!? で、でも体格が全然……」
エミリーが驚いたように問いかけるとフレイヤは優雅にお茶を飲みつつ解説する。
「その理論で言えばワタクシに剣を振る資格は無いわね。けれど、肝心なのは力をどう扱うか」
「どう扱う……?」
「そう。スローンがした事はただ剣を斜めにして受け流した。つまり単純に力を使うのではなく、マーズの強力な力を利用したと言う事よ」
「……ですけど。それは凄い事なのですか?」
いまいち納得出来ていないのか、そう聞き返すエミリーにフレイヤは逆に問いかける。
「ならエミリー? あなたは自分より力が強い相手の攻撃を真正面から受け止める事が出来るかしら? もっと言えばその攻撃を利用しようなんて思える?」
「そ、それは……」
「口にするのは容易いわ。けど実行するのは用意ではない。もしタイミングがずれたら? もし攻撃が当たったら? その考えを振り切る勇気と胆力が求められるのよ?」
「せ、浅学でした」
そう言って頭を下げるエミリーに対しフレイヤは微笑みを返す。
「いいわ、アナタは武人ではないのだもの。……けれでもエミリー」
そこまで言うとフレイヤは飲んでいてお茶を置き、興味深そうな顔でスローンを、つまりは与人を見る。
「もっと異様なのはあのスローンはそれを僅かな期間で身に着けたであろう事よ」
「ど、どういう事です?」
そう聞かれたフレイヤは顎に手を当てながら答える。
「スローンの体つきは明らかに戦士や武人を目指しているものでは無いわ。良くて最小限の護身程度といった様子ね」
「な、なるほど」
「それに剣の構え方もぎこちないわね。剣術自体もそれほど学んでいるとは思えない。少なくとも武術大会に出るような腕では無いわ」
「で、でしたら何のために出て来たのでしょう」
「……フフ。そこまでしてワタクシと結婚したいのかも知れないわよ?」
笑いながらそう言うフレイヤに対してエミリーも愛想笑いで返す。
「冗談はともかく。そこまでして勝ちたい何かが彼にはあり、そしてあれだけの技術を教えられるだけの師がいるという事は確かよ」
「……フレイヤ様との婚約を目論む貴族や豪商から指示を受けている可能性もあるのでは?」
不安そうに問いかけるエミリーに対してフレイヤは断言する。
「まずそれは無いわね。それならば逆にマーズのような手練れを送るはず。ほとんど無名の者を鍛えてまで送り込むのはおかしいわ」
「では……何者なのでしょう。あのスローンという男は?」
「……分からないわね。けど、だからこそ興味を引かれるわ。意外とああいった者がワタクシに剣を突きつけるのかも知れないわね」
フレイヤはそこまで言うと微笑みを浮かべていた表情を一変。
真剣な表情になるとエミリーに命を下す。
「エミリー。スローンという男について分かるだけ調べなさい。ギルドでの様子は勿論、ブラッド・アライアンスに入る前の事まで全部よ」
「分かりました。すぐに調べます」
そう言って去っていくエミリーの足音を聞きながらフレイヤは与人に聞こえるはずの無い言葉を送る。
「頑張って勝ち上がってみなさい。その実力があるならば、ワタクシ自らが見定めましょう」
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