第61話 どちらも本音

  この大会に勝った者が『フォルテクス』の王になるかも知れない。

 戦いと祭りをこよなく愛する市民にとって、これほど盛り上がる話題は無かった。

 場が異常なほど盛り上がる中、何とか席に座れたユフィとサーシャが何とか聞き取れるぐらいの声で話し出す。


「す、凄い事になっちゃったねユフィさん」

「ええ。あれ程の徹底した情報管理は外よりも内を警戒しての事だったのでしょう。王座を狙う者たちからの刺客を送り込まれないように」


 かなり際どい事を話すユフィではあったが、周りは熱狂の渦に包まれているため気にする者はいなかった。


「うん。……あ、あのユフィさん」

「何でしょう」

「あ、あっちはどうしよう」


 サーシャが指で示した方向には明らかに不機嫌オーラをまき散らし、イライラを足をゆすって表現しているアイナの姿があった。

 顔は伏せられているため判別出来ないが、その表情が恐ろしいものであろう事は明らかであった。

 アイナがまき散らすオーラを恐れてか、彼女の周りには人がおらず不自然な状態になっていた。

 ユフィはそのような状態のアイナを見て一言だけ言った。


「……放置しましょう」

「え、えぇ~?」


 サーシャがそう反応するとユフィはアイナから目を逸らしながら解説をしだす。


「我々の言葉ではアイナ様の機嫌は直りません。もうすぐ主殿が控室に移動するはずですので、任せましょう」

「い、いいのかな?」

「ではサーシャ様。今のアイナ様に近づく勇気はありますか?」


 そう言われたサーシャは一度アイナの方を振り向くと、すぐさま目を逸らして与人に一言。


「ダメな子でゴメンなさい。ご主人様」


 と謝るのであった。



「棄権しましょう主様。鎧のために主様がどこの馬の骨か分からない王女と婚約する事はありません。それとも王になりたいのですか? それなら必ず私が王として見せますのでご安心ください。ですから今すぐ棄権しましょう主様。ね? ね? ね? ね? ね? ね? ね? ね? ね? ね? ね? ね?」

「怖い怖い怖い! 入ってくるなり圧力かまさないでくれアイナ!」


 それぞれに用意された控室に入るなり棄権を進めるアイナを避けつつ与人はサーシャとユフィに話しかける。


「しかし、本当に困った事になったな」

「申し訳ありません。事前に情報を掴んでおけばこのような混乱は……」

「謝らないでくれ。最善を尽くした訳だし深部に踏み込ませなかったのは俺だ。だからユフィが気にする事ないよ」

「そ、そうだよユフィさん。それを言ったらサーシャは何も役に立てなかった訳だし……」

「……お心遣い、感謝します」


 そう言って頭を下げるユフィを見ながら与人は頭を掻く。


「にしても、負ければ得る物が無い。勝ってもそれはそれで問題がある。……どうすればいいんだろう」

「その事ですが主殿。このまま大会に優勝する方向はどうでしょうか?」


 ユフィがそう提案すると、瞬間移動したかのように彼女の前にアイナが現れる。


「何を言ってるんですか? 主様が結婚してもいいのですか? 敵ですか?」


 アイナが放つ物凄い圧を目の前にしながらユフィは顔色を変える事無く説明する。


「いいからお聞きください。今大会の優勝賞品はあくまでも決闘の優先件。そしてフレイヤ王女に勝たなくとも、鎧は貰えます。さらに言えば事前の告知無しで知らされた賞品。婚約者がいるとすれば言い訳も立ちます」

「……婚約者?」


 ユフィの説明の婚約者という部分に反応するアイナを見て、すかさずユフィが畳みかける。


「そう、婚約者です。ですが私では主殿の婚約者役は荷が重く、サーシャ様では疑われます」

「ち、ちっさくてゴメンなさい」

「ですので、出来る事ならば主殿の隣に立つのが相応しいアイナ殿に婚約者役を頼みたかったのですが。……棄権を支持するのでしたら仕方ありませんね」


 そう言って控え室を出ようとするユフィであったが、突如その肩にアイナの手が掴む。


「し、ししし仕方ないですね! た、確かに折角ここまで勝ち進んだ訳ですし棄権するのもアレですしね! い、いやぁ~! 他に手もありませんし、ここは主様一番の臣下である私が僭越ながら婚約者役をするしかありませんね!」

「……そうですね」

「フフ、フフフフフフフフフフフフ!!」


 完全に妄想の世界に旅立ってしまったアイナを放っておき、三人は耳打ちしあう。


「な、なんか解決しちゃったね」

「まあ俺の気苦労は増えた気もするが、よくやったユフィ。流石に棄権じゃカッコ悪いしな」

「ありがとうございます。咄嗟の判断でしたが上手くいって何よりです」

「けどまあ結局のところ、アレだな」

「「?」」

「アイナは扱いやすいんだか悪いんだかよく分からないよな」

「「(……コクリ)」」


 三人の気持ちが一つになる中、控室の扉がノックされる。


「スローン選手! 準備をお願いします!」

「……分かりました」


 与人という名前では特徴があり過ぎる。

 その為スローンとして登録したのでその名で呼ばれる与人は返事をすると剣を持ち控え室を出ようとする。


「じゃ行ってくる。勝てるかどうかは分からないけど頑張って来るよ」

「武運をお祈りいたします。主殿」

「ご、ご主人様! 頑張ってね!」

「フフフフ! 婚約者♪ 婚約者♪」


 ユフィとサーシャから応援を受け、アイナのトリップ具合に不安を貰いながら与人は控え室の出ていく。

 闘技場のスタッフの案内を受けながら与人は長い道を歩いて行く。

 そして入り口近くまで行くと、呼ばれるまで待機するよう言われスタッフは去って行く。


「……すぅーーー。はぁーーー」


 緊張を紛らわせるため深く深呼吸していると、先ほどの試合で負けた選手と思われる男が血まみれで運ばれていくのを見て一瞬固まってしまう。


(本当に……。何でこうなった?)


 単に試合観戦をするつもりが、いつの間にか選手となって今まさに舞台に立とうとしている。

 あまりの似合わなさに思わず笑いそうになる与人。


(けどまあ、こうなったらやるしか無いけどな)


 修行をつけてくれたアイナだけではなく情報を必死に集めてくれたユフィ、役に立とうと様々な努力をしてくれたサーシャにもせめて一勝する姿を見せたいと与人は思い始めてきた。


「スローン選手、入場してください」


 そうスタッフに言われて与人は闘技場の舞台に登る。

 その瞬間、聴覚が観客の歓声に支配されると同時に目の前に屈強な戦士であるマーズが見えた。

 紹介されている間にも与人の手は震えていた。

 だがそれ以上に与人の心は燃えていた。


(本当に……。どうしてこうなった?)


 そう心で思いながらも、心の隅で闘争心が湧きたつのを与人は感じていた。

 

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