第三十六話 愛のない、愛を欲する者……

 ただ眠り続ける女性たちを背後にして、俺はおっさんを睨みつける。


「おっさんをボコるのは確定事項として……、その前におっさんのウソをはっきりさせようか?」

「なに? お前は何を言って……」

「アンタはさっき、彼女らを世間から隔離したのは、自分の神としての力を維持する為って言ったよな?」

「それがなんだ?」

「それは明確な嘘だ……。なぜならこのハーレムマスター契約……極星昇神法はその儀式が完了すると、絆を得た女の子たちと様々な理由で別れても、刻印された極星はそのままだからだ」

「……」

「馬鹿な俺が知っていることをあんたが知らないわけがない」


 俺の言葉を聞いたおっさんは、一瞬驚きの表情を浮かべた後、何かを悟ったような自嘲気味の笑顔を作った。

 そんなおっさんに対して、俺は言葉を続ける。


「ハーレムの女の子がいなくなっても神としての力は残る……、神の力を維持するのに彼女らは必要ないよな?」


 おっさんは無言のまま俺を見つめている。

 だがやがて諦めたように息を吐いた。


「お前を少々過小評価しすぎていたな……」


 そういうおっさんの声音は、先程までの高圧的なものではなく、まるで別人のように真摯で真剣なものだった。


「その通りだよ……、俺は神の力を維持しようと……、力を求めて彼女らを永遠の眠りに閉じ込めているわけではない」

「だとしたら……、ああ、やっぱりそういう事なのか?」


 俺は頭をくしゃくしゃに掻きむしって苦い顔をつくる。その俺の言葉にかなめが疑問をぶつけてくる。


「司郎? それってどういう? 何かに気づいたの?」

「ああ……こいつの目的は……」


 俺の言葉を遮るようにしておっさんは両手を上げる。俺は黙っておっさんを見つめた。

 その仕草にはもう隠し事をする気は無いという意志が感じられた。

 だから黙って俺はおっさんの言葉を待った。


「彼女らを眠らせている理由は……。失いたくないからだよ……」

「え?」


 その信じられない言葉にかなめたち女の子は絶句する。


「俺は……昔から多くのモノを失ってきた……。だからわかるのだ……、せっかく手に入れた絆も、その愛情も……いつか消えてなくなると」

「……」


 俺はただ無言でおっさんの目を見つめる。


「神としての力を手に入れても……、何の喜びもなかった。ただ、いつか失われるであろう絆を手に入れてしまって……、それを失う恐怖だけが俺の中に生まれた」

「だから……、夢の世界であの日々を繰り返してるんだろ?」


 その俺の言葉に、今度こそ驚きの顔をつくるおっさん。


「なぜわかるかって? そんな事、アンタは未来を……いつか来る彼女らとの別れを恐れてるんだから、絆を得たという幸福な日々から離れて未来に行けるはずがない」

「ふふふ……その通りだ」


 おっさんは観念したかのように笑う。俺はそんなおっさんを思い切り睨みつける。


「なあ……、俺はおっさんの事を軽蔑するつもりはない……。俺もそういう恐れってのは持ってるから……。でもな……、あんたがもっと壮大な野望を持った敵だったら、ある程度の敬意をもってあんたに挑んだだろうが……、最悪だぜアンタはただのガキなんだな」


 そう言って俺は大きくため息をついた。

 するとおっさんは少し驚いた顔をした後、――笑った。

 それはどこか寂しげな笑顔だったが、それでもさっきまでよりずっと人間らしい笑顔に見えた。

 そんな俺たちの様子を見ていたかなめが口を開く。


「それって……、この人は今も高校生としての生活を、夢の中で送っているってこと?」

「その通りだよ……、こいつは身体だけ大人になった、ただのガキなんだ……」

「な……」


 あまりの事に絶句するかなめ。俺はおっさんに怒りの籠った言葉をぶつける。


「だからこそ……この件は最悪なんだよ」

「……」


 おっさんは黙って俺の言葉を待つ。


「後ろの女性たちを見てみろよ……、見ればわかる通り、彼女らはもう肉体的には中年を越えてしまっている」

「あ……」

「おっさんはわかっててガキを続けてるが……、彼女らは自分が肉体的にすでに高校生を越えてしまっていることを知らない」


 そんな彼女らが、もし今目覚めてしまったら?

 それまで高校生だと思っていた自分たちが――、現実ではすでに長い歳を経てしまっていることを知ったら?


「最悪……」


 かなめたち女の子たちは、あまりの事に言葉を失う。

 それはすなわち――、さっきまで高校生だった自分が、若い時代を経ずに、いきなり年老いてしまうのと同じ――。


「その通りだよ……、だから俺はもはや後戻りはできないんだ」


 おっさんは少し自嘲気味な顔で俺に向かって言う。


「彼女らの命が尽きるまで……青春時代を維持するしかない」


 そのおっさんの言葉に俺は――、


「ふざけんなクソ野郎!!」


 俺の中に渦巻くすべての怒りを吐き出すようにおっさんにぶつけた。


「結局テメエは……、自分のために彼女らを夢に閉じ込め……、自分の過ちを清算する勇気もなく、ただ現状維持を望んでいるだけだ!!」

「……」

「はっきり言ってやる!!! お前には絶対的に欠けているものがある!!!!」


 俺はおっさんの胸倉を掴み、そして叫ぶ――。俺の中にあるありったけの怒りを込めて。

 俺が本当に許せないもの、俺が絶対に認めてはいけないもの――、それは。


「お前は彼女らを見ていない!!!!! 彼女らを愛していない!!!!!! ただ愛を欲しがるだけ欲しがって、彼女らが傷つく可能性すら考慮していない!!!!」


 ――そう、結局こいつは俺と同じで愛情に飢えているのだろう、でも間違ってはいけないことが一つあるのだ。


「いいか?! 愛情ってのは一方通行じゃないんだ!!!! 愛を与えるだけ……欲しがるだけ……、そんなものは本当の絆じゃない!!!!! 結局、アンタは失い続けたモノを取り戻したいだけで……、彼女らへの愛が絶対的に欠けてるんだよ!!!!!!」


 そうだ――、愛をもらったならその分返すのが――愛し合うという事なのだから。

 とうとうおっさんは苦い顔をしてその顔が怒りに染まり始める。


「だったらどうすればいいと言うのだ!!! このまま目覚めさせろと?! 残酷な現実に彼女らを戻せと言うのか?!!」

「そんな事テメエで考えろよ!! てめえは神様だろうが?! てめえの不始末をてめえで尻拭いするのが大人じゃないのか?!」

「く!!!」


 おっさんの表情に焦りと苦悩の色が見える。――だが俺はさらに畳みかける。


「だから……俺は遠慮なくテメエをぶっ飛ばす!! てめえをボコって反省させて、彼女らに土下座でもなんでもさせてやるさ!!!!」


 ――土下座司郎だけにな!!


 俺は拳を握って構えをつくり、おっさんに相対する――、

 おっさんは怒りの籠った目で俺を睨んで言った。


「彼女らを目覚めさせるわけには……、現実に戻すわけにはいかんのだ!!」

「そのために……今まで他の神とも戦って来たんだもんな……」

「その通りだ!!」

「だがその戦いもこれで終わりだ」

「ほざけ……」


 ――かくして、俺とおっさんの、最後の激突が始まる。

 その先にあるのは――、


 絶望か? 希望か?

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