第三十五話 司郎vs龍兵 戦いの行方

「はあああああ!!!!!!」


 俺は気合の声と共におっさんに向けて奔る。おっさんは拳を構えて迎撃する。

 俺とおっさんの拳がぶつかり合い、衝撃波が発生する。それは人智を超えた存在になりつつある俺と、神そのものであるおっさんの衝突ゆえに起こる現象である。

 そして、数度の拳の応酬を経た後、次の瞬間にはお互いに距離を取っていた。


「……流石にやるな」


 おっさんが感心したように言う。


「そっちこそ、よくついてこれたもんだぜ」


 俺もまたそう返す。正直、おっさんの格闘技歴(推定高校生まで)から考えて、最初の一撃で勝負が決まると思っていたのだが、予想以上にこのおっさん強いぞ。

 しかしまあ、とりあえずの小手調べはここまで。そろそろ本命と行こうじゃないか。


「さあて、ここからが本番だ!」


 俺は全身の力を抜き呼吸を整える。それは極技に入るための予備動作である。


「ほう……」


 それを見ておっさんもまた警戒態勢に入る。


「行くぜ! 『宮守流極技』!!」


 そう言って、俺は身体を極限まで脱力させながら疾走し、そのままの勢いで跳躍すると空中にて回転しながら蹴りを放つ。


「何!?」


 おっさんはその動きについてこられず驚愕の声を上げる。そして――

 ドン!! という衝撃音とともにおっさんは吹き飛んだ。


「極技タツミ+アリス……。名付けて飛龍尾脚……」


 ドヤ顔で言う俺に対し、おっさんは立ち上がりながら口を開く。


「なるほど、それがお前の特技スキルを基盤とする極めし技の真髄か……」


 どうやらダメージはそれほどでもないようだ。やはり俺の攻撃では決定打に欠けるか。ならば――


「今度はこちらから行かせてもらうぞ!」


 おっさんは先ほどのお返しとばかりに突撃してくる。


「ちっ、させるかよ!」


 俺は極技トウカによる攻撃軌道予測――、極技ソラによる極限までの思考の加速――、そして極技ヒカゲによる攻撃動作の掌握を経て――、おっさんに向かって破皇掌によるカウンターを仕掛ける――、が。


「ふん!」


 おっさんはそれを見切り紙一重で回避して、俺に接近してくる。


「くっ、この野郎!」


 それは普通の相手ならあり得ない動き――、達人を超えた人外の戦闘速度――。


「侮りすぎだな……こちらにも特技スキルがあることを理解した方がいい」


 おっさんの拳が光線となって俺に突き刺さっていく。その一撃一撃が、俺の意識を刈りに来る――。


(こん畜生!!)


 俺は意識を強く持って、根性でその痛みに耐えきる。しかし、その衝撃は思ったより俺の動きを鈍らせて、おっさんのさらなる追撃を呼び込んだ。


「天龍脚は……こうだったかな?」


 そんなことを口走りながら、おっさんは連続三連蹴りを俺に向かって放つ。

 その動きはかなめに比べても鋭さのないものだったが――、俺はそれを見事に喰らった。


「司郎!!!」


 背後からかなめの叫びが聞こえてくる。その響きが俺の意識を寸でのところで現実に縫い付けた。

 俺は蹴りに吹き飛んだその体勢で後方に飛びのく。

 俺の身体から汗が飛び、口からは血の線が垂れた。


「やべえ、やべえ……。やっぱ油断するような相手じゃねえな」

「それは……やっと強敵として認識してくれたという事かな?」

「まあな……、高校生で格闘をやめたんじゃないのか?」

「その通りではあるが……、暇だけはあったんでな。特技スキルを洗練させるにはいい時間があった」

「そりゃ……、俺があんたを甘く見過ぎてたな」


 そう言いつつ俺は内心焦っていた。

 今の一撃で俺は確信した。このおっさんは少なくとも、今の俺を超える実力は持っている。

 おっさんの格闘技そのものの拙さを考えると、特技スキルの扱いを洗練させたことによる強さだろう。

 おっさんは特技スキルの扱いにおいて、俺よりもはるかに上なのだ。

 だからといってここであきらめるわけにもいかない。俺は決意を新たにする。


(とにかくまずはこのおっさんを攻略する方法を考えないと……)


 俺がそう内心考えていると、不意におっさんがその構えを解いた。


「?!」


 俺がそのおっさんの行動に驚いていると、おっさんはいきなり指で印を結んで呪文を唱え始めたのである。


「ノウマクサマンダボダナンカカカソタドソワカ」


 その瞬間、おっさんの手に輝く光で構成された半透明の錫杖が現れる。


「それって、呪術?! あんた法解の魔眼があるんじゃ……」

「当然、あるが、魔眼の対象を限定することくらいは出来るようになっているんでな」

「マジかよ……、ズリい」


 格闘界において、武器を持った相手と互角にやりあうには相当の技量が必要とされる。

 それは俺にとっては最悪な展開と言えた。


「さて、これで形勢逆転と言ったところだが、どうするかね?」

「……」


 俺は黙っておっさんの目を睨み返す。正直、不利であることこの上ないが――。

 俺はおっさんの動きを警戒しつつ、その周囲を間合いを取りながら半周する。

 するとその視線の先に、心配そうに俺とおっさんの戦いを見つめるかなめたちがいた。


「……」

「……」


 不意に俺とかなめの視線が交わる。かなめは確かに頷いた。


「どうした? そちらか来ないのか? ならばこの戦いを終わらせようか?」

「フン! やってみろよおっさん!!」


 俺が威勢よくそう叫ぶと、それに反応するようにおっさんが奔った。

 おっさんの振るう光の錫杖の先端が、無数の光線となって弧を描いて俺へと襲来する。


「こなクソ!!!!」


 俺は攻撃軌道予測や思考加速を駆使しつつ、その連続攻撃を身体に掠らせつつ何とか回避していく。

 それでも、その掠った衝撃だけで俺の意識は幾度もの衝撃を受けることになった。


「はは!!! なかなか動くな!!」


 おっさんは感心したように叫ぶ。


(防御に専念して……避けるのがやっとかよ)


 俺は内心焦りながらその攻撃を回避していく。俺はその時、かなめの事を考えていた。


(かなめなら……)


 それは古くからの付き合いだからこその確信。そしてそれは確かに正解だった。


「司郎!!!」


 不意に感覚外から、かなめの声が聞こえてきた。俺は一瞬だけそちらを見る。

 その二人の視線が再び交わり――。


「サンキュ! かなめ!!」


 俺はそう言って笑ったのである。

 ――次の瞬間、俺は使える極技のすべてをもって、その身の動きを極限まで加速する。

 いきなりの速度アップに、驚きの顔を向けるおっさん。

 俺はそのままおっさんに向かって真っすぐに奔って間合いを詰める。


「悪あがきか?!」

「どうだろな?!」


 そのまま俺は――、


「おおおおおお!!!!!!!!!!!!!」


 気合の叫びと共に、おっさんの脇をすり抜けていった。


「?!!!」


 おっさんはいきなりの事態に反応出来ない。

 俺はそのままその大部屋の一点へと向かって高速で駆けたのである。


「まさか!!!!!」


 その時点でやっと俺の意図に気づくおっさん。だがもう遅い――。


「ここか!!!!!! 姫ちゃん!!!!!」


 俺の蹴りがその壁に向かって高速で飛ぶ。

 そして、それは確実にその壁を――、を破砕したのであった。



 ◆◇◆◇◆



「かなめ先輩? 何を?」

「みんな!! とにかくこの部屋のどこかになんか違和感がないか探して!」

「それって……。さっきの司郎先輩の視線と関係が……」


 多津美は、先ほど司郎とかなめが、視線だけで会話していたのに気づいていた。

 正直信じられないことであるが――、二人はそこまで心が通じ合っているのだと、いまさらながらに理解した。

 日陰がかなめに聞く。

 

「違和感って? この部屋に……何かあるってこと?」

「そうよ……、あの龍兵って奴は神々に狙われてたわけだし、重要な存在である試練の女の子や、先代・先々代の女神を自身から離れた遠くに隠しているとは思えないから」

「……わかった。みんなで探そう……」


 女の子たちは頷き合うと、部屋全体を眺めて違和感がないか探し始める。

 そして、それはすぐに結果が出た。


「かなめちゃん。あそこ壁紙にズレがある」

「え? マジで? そんなふうには」


 それは、普通なら気づかないほどの違和感。

 観察力が優れた日陰だからこそ見つけることが出来たものであった。


「そうか! なら……」


 かなめは、司郎の戦いへと視線を向ける。――そして、その名を叫んだのであった。



 ◆◇◆◇◆



「まさか……貴様ら」

「はは!! 俺とかなめは、言葉なしでも会話できるんでな!!」


 破砕された隠し扉の前で俺は笑う。その背後には――、


「姫ちゃんと……」


 その奥の光景を見て、俺はただ言葉を詰まらせた。

 その奥には、あまりにも巨大なベッドが置かれていて――。そこに、


「行方不明の……女の人たち」


 俺の呟きにおっさんは怒りをはらんだにらみで返す。

 俺はただ黙って振り返って――、


「とりあえず……あんたは徹底的にボコる」


 ひたすら眠り続ける女性たちを背後に、俺は決意の籠った目でおっさんを睨み返したのであった。

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