第三十七話 ハーレムの終わり……

 おっさんはその手の光の錫杖を俺に向かって向ける。


「俺が間違っているというなら……力づくで止めてみろ。神に至っていない貴様が、神である俺にどこまで食い下がれるか見てやろう」

「はん……、神とか言ってるが、精神がガキのおっさんごときに俺が負けるかよ!」


 俺はそう言って拳を握り、そのままおっさんに向けて全力で叩き込む。

 そのおっさんは手にした錫杖で、俺の高速連拳撃を捌きつつ後方に向かって飛んだ。

 俺はその後を追って高速で奔る。そのまま両者は交差した。


「かなめ! 女性たちを頼む!!」

「わかった!!」


 俺がそう叫ぶと、かなめ達女の子は全員で隠し部屋へと走る。

 中には大きなベッドに、白い装束を身に着けた女性たちが眠り続けている。


「女神も? この女性たち……」


 かなめ達は、眠っている女性たちを揺さぶっているみたいだが、起きる気配がないようだ。俺はおっさんに問うた。


「てめえ……あの人達に何を……」

「無駄だよ……、俺が自分で解除するか、神としての力を失わない限り、眠りは解除されない……。あるいは私を殺すか……、普通の高校生に過ぎない君に殺人が出来るかな?」

「く……」


 正直、このおっさんには本気でムカついている。でも殺人まで出来るかというと――、さすがにただの高校生に過ぎない俺には精神的にきついものがある。

 それに、彼女ら――眠り続けている女性たちに、その眼前でこいつに土下座させねばならんのだ。

 そして、その先におっさんをどうするかは、彼女らが決めるべきだろうしな。

 まあ、そんな事を考えているうちに、おっさんはまた何か詠唱を始めた。

 するとおっさんの体が光り輝きだして、その姿が徐々に変わっていく。

 光が収まるとそこには、一匹の白い毛並みの人狼が存在していた。


「それは……、呪術? 特技スキル?」


 いきなりの事態に俺が困惑の表情でおっさんを見る。おっさんはその割けた口でニヤリと笑って言った。


「その両方だよ……、俺の対神戦闘の切り札だ……」

「それは……、俺みたいな中途半端な奴には過剰能力じゃないかい?」


 そういっておどけて見せる俺。しかし――、


「いや……、君は俺の考えを否定したからね? 俺もそれなりの対応をしなければならないだろう?」


そういって手にした光の錫杖を俺に向けたのである。


(おそらくは今まで以上の戦闘能力なんだろうな……)


 俺は心の中でそう考えつつ相手の様子を伺う事にする。

 ――そして、しばらく睨み合いが続いた後、おもむろに相手が動き出した。

 俺は相手の動きに合わせて身構えると、突然目の前に巨大な風の渦が出現してこちらに迫ってきたのである。

 俺は咄嵯に身を捻って回避行動を取るが、僅かに反応が遅れてしまった。

 風の渦はそのまま俺に命中し、衝撃音と共に大爆発を俺を中心にして引き起こしたのだった。

 その衝撃で俺は吹き飛ばされ壁際まで転がった。

 そしてそのまま床に倒れ伏してしまう。全身傷だらけで血だらけになった状態で。

 ――しかし、それでも俺は意識を保っていた。


「ち……まだ奥の手があるのかよ……」

「はは……当然だろう? 俺はまだすべての特技スキルを使ってはいないぞ?」

「伊達に神々と喧嘩してないってか?」

「当然だ……」


 おっさんはそういうと俺に向かって錫杖を向ける。先ほどと同じように爆風を放とうとしているのは明白であった。

 だが、俺がそれを黙って見ている訳もない。俺は痛みに耐えながら立ち上がり――、

 極技トウカ――、極技ソラ――、そして極技カスミ――。

 その意識を極限まで強化して、飛んでくるであろう爆風への対処に向ける。


(手札を隠している暇はない……)


 さらに――、極技タツミ――、極技アリス――。

 その運動能力を極限まで引き上げて、――そして俺はおっさんへと全力で奔った。


「ふ……、無駄だ」


 おっさんは至極冷静にその錫杖の先から爆風を放つ。それは無数に分裂して俺に襲い掛かった。


「こなくそ!!!」


 俺は不規則蛇行しつつソレを避けていく。そして、おっさんとの距離を一気に詰めてその顔面に拳を叩き込んだ。

 おっさんは仰け反りつつも、手にした錫杖を横薙ぎに振るう。

 俺は咄嵯にしゃがんでそれを回避した。そのまま拳をおっさんの無防備な脇腹へと放つ。

 ――しかし、おっさんは俺の動きを読んでいた、その錫杖を天に掲げると――、突如おっさんの周囲に竜巻が発生したのである。


「な?!」


 俺は綺麗に吹き飛ばされる。

 空中で態勢を立て直そうとするが、今度はおっさんは俺に向けて爆風を放ってきたのだ。

 俺はそれをなんとか避けようとするが、すべてを避ける事は出来ずにいくつか喰らってしまう。

 空中に爆音がとどろき、俺は全身傷だらけで吹き飛んだ。


「司郎!!!!」


 さすがのかなめ達もそれを見て俺に心配そうな目を向け叫ぶ。

 ――特に多津美なんかは、俺の方に駆けてこようとした。


「駄目だ!! 来るな!!!」


 俺はそう叫んで皆を止める。俺はそのまま皆に向けて笑顔を向けた。


「大丈夫……俺は負けるつもりはないぜ? 何せ可愛い彼女たちの前で、無様なことはできないからな」

「司郎……」


 皆がそんな俺を心から心配そうな目で見る。――まあ、やられっぱなしだから仕方がない。

 だから俺はこう言ったのである。


「そいじゃ……、みんな、一つ約束してくれ」

「?」


 俺の言葉に皆が困惑の表情を向ける。俺は構わずそのまま俺の心の中を吐き出した。


「このおっさんに俺が勝てたら……」

「勝てたら?」

「エッチさせてくれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 その言葉を聞いたその場の全員|(含むおっさん)が固まった。


 「もう!!!! 俺は我慢が出来ない!!!!!!!!!!! 性犯罪者になる前にエッチさせてくれ!!!!!!!」


 そのまま傷だらけの恰好で全力土下座する俺。

「みんながあまりに可愛いから……もう、我慢できないんだ!!!!!! お願いしまっす!!!!!!!」


 それは見た目あまりに情けない土下座であるが、――俺は別に構いはしない。

 なぜなら俺は本気でそう思っているからだ。

 俺が顔を上げて女性陣を見ると、皆は何故か頬を染めて一様に苦笑いを浮かべていた。

 まあ、おっさんは心底呆れた表情で額に手を当てているが――。

 そうしてしばらくすると、かなめは一息ため息をついて笑顔で俺の目を見て言ったのである。


「いいわよ……。あなたが勝ったら、私達の体を好きにしなさい……」


 その周りにいる女性陣も、笑顔で俺を見つめている。これは――、


「うおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 あまりの喜びに俺はその場で叫んだ。もはやその時の俺は、心においてはまさしく無敵であった。


「貴様ら……戦闘中に何を……」


 いい加減に、呆れを通り越して怒りの湧いているらしきおっさんが俺を睨んで言うが、俺はもうどうでもよかった。


 「ははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!! おっさん!!!!!! 俺の目の前に転がっている石ころよ!!!!!!!! 俺とみんなのハーレムラブラブエッチのために死ね!!!!!!!!!!!!!!」


 俺はまさしく絶好調でそう言い放ったのである。


「なめるな小僧!!!」


 おっさんの暗い怒りが爆発し、再び俺に向かって爆風を放った。


「無駄だあああぁぁ!!!!」


 俺はその爆風に対して両手を広げて受け止めた。そして――、


 ドン!!!!!!!!!!!!!


 すさまじい爆発が俺を中心に発生する。俺は傷だらけで――、


「?!」


 吹き飛んでいく事もなく、その場から消え失せていた。


「どこに?!」


 ――極技ミリアム。そして極技ヒカゲ。

 俺はおっさんの死角へと入り込んでから、その爆風の衝撃も加えてカウンターの拳を放つ。

 それは完全な無防備な急所への大打撃となった。


 ドン!!!!!


「がああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 それまで余裕を見せていたおっさんが、口から反吐を吐きながら吹き飛ぶ。

 まあ――、人狼化して肉体的にも強化されているようで、それほど効いたようには俺には思えなかったが。

 おっさんは脚から何とか着地してその場でうめく。


「ぐ……ふ、やってくれる。今のはそこそこ効いたぞ」

「いやあ、まるで鉄板殴っている感じだったから……やっぱりそんなに効いてないみたいね」


 さすがの俺も苦笑いしつつ奴を殴った拳を撫でた。

 おっさんはそんな俺を忌々しげに見てから、俺の後方で俺に向けて声援を送っているかなめ達に目を向ける。


「お前は……嫌じゃないのか?」

「何が?」

「肉体関係を結ぼうと……、絆を得ようと……、いつかは消えるのはお前自身が知っているだろうに」

「……」


 俺は黙っておっさんを見つめる。


「ソレを嫌って何が悪い? 手に入れた絆を失うくらいなら俺は……」

「それは自分の事しか考えてねえよな?」

「……」


 俺はおっさんに怒りの目を向けつつ言った。


「あのな? 誰しも絆を失うのは辛いんだよ。当然さ……。でもな? ソレを失いたくなければお互いに努力すべきであって、一方的に相手の意思を奪う事は間違ってるに決まってるだろう?」

「それでも……」

「それでも失いたくなかったんだよな? だが……、だからこそまずは彼女らの気持ちを理解しなきゃいけなかったんだよ」


 コイツは俺と同じく愛情を信じることが出来ないんだろう。でも――、


「不安でも……、まず信じないと信頼関係は生まれないんだよ。愛情はいつか消えるのかもしれない……、でもそんな未来を恐れていたら今の愛情を得ることも出来なくなる」

「……」

「だから……結局お前は彼女らを愛してはいない……。ただのトロフィーとして彼女らを飾って、それを閉じ込めて眺めているだけの馬鹿野郎だ」

「く……」


 おっさんの顔に苦痛の表情が現れる。だから――、


「もう終わりにしようぜおっさん……。彼女らからは罵倒されるかもしれん、それはテメエの間違いが引き起こした事態だ……。だからテメエがしっかり償うために、本当の意味で彼女らと正面から相対しろ」

「そんな事!!!!!」


 おっさんは叫びながら俺に向かって奔る。――もう俺に対して手加減も何もない全力。

 それを受ければ俺は死ぬかもしれない。だが――、


「切り札ってのは……こう使うんだ」

「?!!」


 俺のその言葉に驚愕の顔を向けるおっさん。俺は指をはじいた――。

 それは俺の唯一習得している宮守流戦闘術【】――。

 その指に乗せていたのは、コショウなどの複数のスパイスを詰めた小さなカプセルであった。


 バシ!!!!


 そのカプセルはおっさんの顔に命中してその中身を周囲に撒く。


「う!!!!!」


 おっさんはいきなりの事態に、目をつぶり呻きながらその場にしゃがみ込んだ。

 ――俺はその瞬間を待っていた。


「ナウマクサマンダボダナンアビラウンケン!」


 俺は涼音ちゃんから教えてもらった呪文を唱える。――それでアレは起動するはずである。


「クソ……、呪術だと?! そんなもの無駄だ!!」


 当然のごとくおっさんは眼を何とか開いて魔眼を起動する――、それで俺の切り札は起動しなくなる――、


「?!」


 ――事はなかった。


「おおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 俺の裂帛の気合と共に俺の全身がまばゆく輝いた。それは俺の体内に無限のエネルギーが生まれた証であった。


「なぜだ!!! なぜ魔眼が……」

「当たり前だぜ!!! さっきのはこの状態をつくるためのただの起動術!!! 今のこの状態は術が終了した後の反動って奴らしいからな!!!」


 ぶっちゃけ、美夜ちゃんの説明は難しくてよくわからなかったが。

 要するに、今のこの状態は魔眼で消せる術式が展開していないらしい。

 呪術を一瞬だけ展開した後の副反応を利用して、神の力を行使で出来るだけのエネルギーを確保したという事らしい。


「く……そうか、先ほどの術は……陰陽合体……、先の試練で手に入れた蘆屋……土御門の娘たちの、陰と陽の力を結合するための術式か……。今はその術で生まれたエネルギーが体にたまっている状態で……」


 まあ……ようはそういうコト。エネルギーをためるためには呪術が必要であるが、その呪術で手に入れたエネルギーは、呪術が終了してもそのまま残るというわけなのだ。


(とりあえず……制限時間は10秒!!!! だが……俺にとってはそれで十分!!!!!!!!!!!!!!!)


 俺はおっさに向かって全力で駆ける。そして、呻き身動きの取れないおっさんの目の前で空に身を躍らせた。


「行くぜおっさん!!!!!!!!!!!!!!!!! 俺の本当の切り札!!!!!!!!!」


 ――――、宮守流蹴撃法裏奥義!!!!!!!!!!!!!!!!


「天地!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 そのまま空でその身を縦に一回転させる。


「崩脚!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 そして、その脚に三日月状のエネルギー光を纏いつつ、そのかかとをおっさんの脳天めがけて叩き込んだのである。


 ズン!!!!!!!!!!!


 おっさんはそのまま目を見開いてその場に崩れ落ちる。その一撃だけでおっさんは白目をむいて意識を失っていた。


 ドサリ……。


 俺は地面に降り立って、息を整えつつおっさんを見下ろした。

 おっさんは倒れ伏したまま動かない……。

 ――終わったのだ。

 俺は大きく息を吐く。

 それと同時に――、 パチ……パチ……、パチン……パン……パパ……ン……、 と拍手の音が響き渡った。

 見ればそこにはかなめ達が笑顔を浮かべて立っていた。

 その顔には恐怖も怯えもなく……、まるで俺の勝利を信じていたかのように。

 だから俺も笑って返す。

 かなめ達はそんな俺を見て笑い声をあげたのだった。

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