第三十二話 極星昇神法

 その名を聞いた俺は驚愕の表情で答える。

 

「矢凪龍兵だって?!」

「その通りだ……」

「……、誰だっけ?」

「……」


 右手を差し出しながら固まる男。――うん、どっかで聞いたことあったような名前なんだが――、なんだったっけ?


「プ……ふふふ」

「ん?」

「いや……そうか……、君は男の話は聞かないたちなんだね?」

「うん? ……まあ、そうだな」

「……私は、さっきはっきりと言ったはずだよ? 先代の天城比咩神アマギヒメノカミの契約者だと……」

「うん? そうだったっけ?」


 男は苦笑いしつつ頭をかいた。


「まあいい……、どうも君は、俺としたくないようだし」

「まあ……特に男と仲良くしたいとは思わんな……」


 俺はそう言うと首をかしげて言う。


「先代の姫ちゃんの契約者って……、要は前回のハーレムマスター契約者ってことか?」

「ふむ……、今代の天城比咩神は、君にこの儀式の事をそう伝えているのだね?」

「……うん? そりゃ一体どういう……」

「まあ……知らないなら、それでいい話だ……。極星とかいう話も理解できないだろうし……」

「その極星ってなんの話だ? 俺から貰うってことは……、俺が今持っているなにかってことか?」

「……まあ、その通りだ……。ようするに君が集めた少女達との魂の絆の事だがね……」

「む? それって……」


 俺はその言葉に引っ掛かりを覚えて男を睨む。


「……それって、俺からハーレムを奪うって意味じゃ」

「まあ……ある意味そうだが……。君のハーレムとやら自体には興味ないよ……」

「……なんだよそれ。どういう……」


 ――と、不意に側で黙ってみていた涼音ちゃんが声を発する。


「貴様! その気配……、その術式……、お前が天城市のの主か?!」

「ふ……、その通りだが……、そちらの君は状況を何とか理解できているようだね?」

「……司郎! そ奴から離れろ!! ……そ奴は!!」

「もう遅いよ……」


 不意にその手が俺の腹に触れようとする。――俺は、


「!!!!」


 何やら言いようのない気持ち悪さを感じて、俺はとっさに後退った。


「……ふむ。そう簡単には、極星を奪わせてはくれないかな?」

「てめえ……」


 今確かにこいつは明確な殺気を宿していた。

 その手が腹に触れていたら、何をされたかわからない。


「一体何を……」

「それは……今から君を、気絶でもさせて無力化するだけだよ……」

「なんだと?!」

「その後に……私の能力で極星の端子を引き抜いて、私に移植するだけだ……」

「わけわからんことを……」

「わからなくてもいいことだよ? ……君はそのまま最後の試練失敗で死ぬんだからね」


 その男の言葉に、こいつが明確な敵であることを認識する俺。

 それは涼音ちゃんたちも同じなようで――。


「貴様!!」


 涼音ちゃんが、その懐から呪符を取り出す。そして――、


 「急々如律令!!」


 そう呪文を唱える――が。


「う?! 呪符が……起動しない?!」

「……ふふ、無駄だよ」


 男は笑いながら涼音を見る。その左目が妖しく輝いていた。

 その目を見て、涼音の側の美夜が叫ぶ。


「アンタ!! その目……なんでアンタがその目を持ってるっすか?!」

「うん? ……美夜、どういう意味じゃ?」

「アレは……、あの目は【法解の魔眼ほうかいのまがん】っすよ……、数百年に一度しか生まれないと言う特殊な魔眼で……、呪術の構成を術式から崩壊させて、無力化するっす」

「な?!」


 それを聞いて男は薄く笑う。


「ふふ……やはり奈津なつの関係者がいたか……」

「その名は!!!!! あんた本当に何者っすか?! まさか母上の姉の行方不明って……」

「……ふふ」


 男は笑うだけで答えない。その顔を美夜は睨みながら言う。


「そうか……こいつが、すべての元凶だったっすか……。法解の魔眼は、母上の姉が持っていたものっすよね?」

「それって……」


 ようするにこの男のかつてのハーレムマスター契約における、試練の女の子が美夜のお母さんの姉だったという事か――。


「そういえば……、試練の女の子達と行方不明になった男がいたって話があったな」

「やっと思い出せたかね?」

「……ああ、やっとな……。それで……要するに極星っていうのが……」

とか君が言っている存在だよ」

「フン……ならば、要は俺に宣戦布告しに来たってことだな?」

「まあ……戦いにもならんだろうがね」

「いうじゃねえか……」


 俺は拳を握ると、そのまま男に向かって一閃する――、その一撃は確かに男に命中した。


「?!」

「ふふ……」

「なんで? ……手ごたえがほとんど……」

「当然だね? 君の霊格は……この儀式の効果で上がっている。しかし、私に致命傷を与えるには一歩及んではいない。君のあらゆる攻撃は九割削減されてしまうのだよ」

「それって……」


 ――たしか姫ちゃんが、そんな話をしてたような記憶が――。


「……抵抗は無駄だと理解できたかな? 儀式の終わりまであと一週間しかないんだし……無駄な抵抗はやめてくれるとありがたいんだが?」

「儀式の終わりまであと一週間? ソレってハーレムマスター契約の事か? ……あれはまだ残り一か月くらいあるはず……」

「君は……そう思い込んでるね」

「それって!!」


 それは何かに気づいて涼音ちゃんの方を見る。涼音は驚いた表情で見る。


「司郎……、そうか、知らなかったのじゃな? 今この天城市に展開している術式は、日にちの過ぎる感覚をズラす認識阻害なんじゃよ」

「な?!」


 それじゃあ俺は――、あと一週間で最後の試練を乗り越えないと――、


 ――死亡?!


「やっと事態に気づいたようだね? 馬鹿な上座司郎君」

「てめえ……」


 俺はあまりの事態に男を睨むことしかできない。


「さあ……、君が死ぬ前に極星をいただこうか?」

「させねえよ!」


 たとえ俺の攻撃が九割削減されるのだとしても――、今の九倍の力を出せば同じことだ。

 俺は拳を握って戦闘態勢に入った。――と、その時、


「おぬしは……矢凪……龍兵」


 不意に師匠の声が聞こえてきた。


「む? これは……師匠。お久しぶりですな……」

「む……、師匠……か……、お前が高校の時分に行方が分からなくなってそのままじゃから……、そう呼ばれるのは少々違和感があるのう……」

「……それはそうでしょうね。本当はほんの近くにいたのですが……」

「そうか……、何やら妙な気配を感じると思ったが……、貴様はヒトを捨てたのか……」

「そうです……。今の俺はれっきとしたですから……」


 その言葉に俺は驚く。


「師匠? こいつの事知って……、っていうかコイツ……神様?!」

「その通りだよ……。今の俺はれっきとした神格……。君がハーレムマスター契約と言っている儀式……、正式名【極星昇神法きょうくせいしょうじんほう】で昇格したのだよ」

「な?!」


 ソレって要するに、このハーレムマスター契約って――。


「……まあ、いいだろう。あと一週間……、君は俺を倒しに来るしかないからね」


 そう言って俺に背を向けて離れて行く男。


「てめえ……どこに?!」

「師匠を戦いに巻き込むと……不確定要素になりかねないからね……。ここはひかせてもらうよ」

「?!」

「とりあえず俺は、天城ビルで待っている……」

「そこに来いと?」

「そう……、彼女を救いたければ……、師匠を連れずに一人で来ることだ……、まあ極星の娘たちぐらいはいいが……」

「彼女……ってまさか!!」


 男はそれに答えずに去っていく。

 俺は追いかけようとしたが――、


 ――その瞬間には、そいつは俺の視界から霞のように消滅していた。


「く……あいつは」


 俺は茫然と闇を眺めるしかなかった。

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