第三十一話 希望を蒔く者
深夜の天城サンシャインホテル前、人払い結界によって人通りが全く消えたそこで、二人の人間が相対し戦闘を繰り広げている。
――一人は巫女服の少女、もう一人は学生服の少年である。
その動きを見た場合、巫女服の少女の方が人の域をはるかに超えているため、少年の方が明らかに押されているように見える。
しかし、それは正確ではない――、なぜなら少女側の攻撃が一切少年に命中しておらず、少年の攻撃は少女に少なくない傷をつけているからである。
「この!!!!!」
少女がその手の長剣を、少年に向かって投擲する。その長剣は拳銃の弾丸に匹敵する速度で少年に向かって飛翔する。
しかし――、
<宮守流極技トウカ・円の識法>
<宮守流極技ソラ・流の識法>
<宮守流極技カスミ・飛刺墜圏>
その少年の無駄のない動きが、飛翔する長剣を素手で撃墜する。
長剣は音を立ててその場に転がった。
「疾く!!!!」
その瞬間、少女が転がった長剣を指さして、弾く動作をする。
すると、長剣はその場から浮き上がって、すぐそばの少年の身体を脇の方角から一突きにしようとしたのである。
それだけではない――、そのまま少女は少年に向かって駆けながら、その手に新たな長剣を召喚する。
それは、人知を超えた超高速の連続攻撃。――この攻撃を避けられるような存在は、もはや普通の人間ではないであろう。
<宮守流極技ミコト・連心掌>
しかし、少年はその連撃を捌いて見せる。再び片手で飛翔する長剣を撃墜し、もう片手で少女の長剣を持った腕をつかんだのである。
「は!!!」
気合の声と共に少年が少女を片手で投げ飛ばす。少女は大きく宙を舞った。
<宮守流極技アリス・飛鳥歩法>
少年が街灯を足場にして空を舞う。それを少女は空中で体勢を立て直して迎撃する。
<宮守流極技タツミ・封神闘法>
空中で少年と少女が交差する。そのまま弧を描いて地面へと足から着地した。
「く……」
「……」
その時、少女は苦し気な息を吐いて足を折り、少年は何事もなかったように静かに佇む。
少女はその時になってやっと意味ある言葉を発した。
「アンタ……なんて奴っすか……、一般人のくせにここまでやるとは……」
「……まあ、今は絶対負けられない理由があるからね……。そういう状況になると、俺っていつも以上に力が湧くみたいでね……」
「厄介な奴っすね……、一般人でいさせるのが惜しい人材っす」
「そりゃ、褒められてるのかな?」
「フン……」
その少女――土御門美夜は考える。
(……マジ厄介っす。近接戦闘はあちらの独壇場……、飛び道具は撃墜される……、長い術式を唱える暇もない……。完全純粋な戦闘員と、そうでない呪術理論を使うのが専門である学者では、学者の方が不利なのは明白っすね……)
美夜は、涼音に対しての時とは違い手加減をしていない。純粋に実力で少年――上座司郎に押されているのである。
ぶっちゃけ、直接戦わないのであれば、上座司郎を倒す手段はいくらでもあるのだが――、今の状況がそれを許してはくれない。
今、上座司郎に背を向ければ――、それは彼女、土御門美夜にとっては絶対的な敗北を意味する。
「本当に……、ウチらの事情に勝手に踏み込んで……、どういうつもりなんすか?」
「さっきも言ったろ? 君が泣いてるからそれを止めるって……」
「ウチは……、もう何もかもどうでもいいんすよ……。土御門と蘆屋一族は、昔から殺し合うことが正しくて……これからもそうだって悟ったっす」
「んな寝言は寝て言え……」
「何?!」
司郎は美夜を睨みつけながら言う。
「君は結局、大切なことを忘れて……、楽な
「知った風な口をきくな! ウチがどれだけ……」
「悩み苦しんだか……ってか?」
「……」
「そんなのは……涼音ちゃんもおんなじだよな? そして、彼女は君を救うために命を投げ出すことを選んだ……」
「それは……」
美夜は苦し気な顔で俯く。そんな彼女に対して司郎は言い放つ。
「それなのにあんたは何してるんだ?! 大事な人間をそこまで追いつめているのに……、何を振り切ることが出来ないんだ?!」
「……」
「涼音ちゃんは言ってたぜ? 君はいつもまっすぐで……、どんな困難も突き進んで乗り越えていく奴だって」
「それは……買いかぶりすぎっすよ」
「そうかもな……、君にも乗り越えることのできない、大きな壁があったのかもしれない」
「……」
「でも……、少なくとも涼音ちゃんは、今も本当の君はそう言うヤツだって信じてるぜ?」
司郎の言葉に美夜は一瞬笑顔を作ると、涼音の方を悲しげな眼で見た――。
「本当に……馬鹿っすね涼音……、ウチの虚勢を勝手に信じるなんて……。でも、そうっすね……、ウチは、そんな虚勢でもなんとか張り続けてここまで来たっすよね……」
司郎は一つ頷くと彼女に向かって言った。
「それだけじゃない……、彼女にとって……涼音ちゃんにとって何よりも大切な約束があったから……」
「約束……、そうっすか」
――それは、かつて交わした二人の約束。
「……なあ、それじゃ、ウチらはライバルになるっす」
「ライバルじゃと?」
「そうっすよ……。そうしてお互いを高め合えば、きっと、ウチらはもっと強くなれるっす!」
「でも……」
「でもじゃない!!! 確かに涼音は弱虫っすが……、それでも大事なことは譲れない心の強さがあるっす!」
「美夜……」
「ウチにはウチの……、涼音には涼音の強さがあって……、そして、それをお互いにライバルとしてぶつけ合えば……。きっとウチらは誰にも負けない最高の呪術師になれるっす!!」
「わしに出来るかの?」
「当然っす!! 涼音こそがウチのライバルにふさわしいって……ウチは信じてるっす!」
「……美夜、お前はわしを信じてくれるのだな?」
――ならば。
「今日からわしらはライバルじゃ……」
「うん! ライバルっすよ!」
――そうやってお互いを高め合い、強くなれば――、
「「そうすればきっと――」」
「ウチらはそれぞれが組織の頂点に立って……」
「そして、お互いの手を取り合い……」
「「争いのない平和な関係を気付くことも可能……」」
「ウチらは」「わしらは」
「「いつか……そんな夢を二人で叶えよう」」
――それは、幼いからこその希望にあふれた夢。
現実が見えていない子供の夢――。
――でも何よりも大切な二人の夢。
その事を思い出し――、美夜はやっと気づく。
「そうっすか、だから……、ウチがこんなになって……、虚勢を引きはがされても……、ウチの事を信じてここまで来てくれた……」
その時――、側で戦いを見ていた涼音が言葉を発する。
「すまぬ美夜……、お前の心にも弱い部分があるのだと……気づいてやれなくてすまん」
「そんな事……、謝らなくてもいいっすよ。ウチが勝手に虚勢をはって……、アンタに信じさせたんっすから」
「美夜……」
美夜は司郎のほうを向いて言った。
「なあ……上座司郎……、ウチはどうすればよかったっすかね? ……大切な人の最後の願い……、それがどうしても叶えたくないものであったなら」
「それは……」
「……ウチはその願いを振り切ることが出来なかったっす。だから、どっちも選択できずにずるずると結論を先延ばしにして……、結局大切な人を傷つけた」
美夜は自嘲気味に言葉を続ける。
「涼音に恨まれれば……、ウチが消えることも出来るかとも思ったっすよ。でも……」
「涼音ちゃんは……君を傷つけることはできなかった」
「……そう、そのことをウチは弱虫って言ったけど……、本当の弱虫はウチっすよ。結論を涼音に押し付けようとしたんっすから」
「でも……忘れてないんだろ? 約束を……」
「当然っすよ……、忘れてないっす。子供じみた……でもとっても大切な夢を……」
美夜は力なくその場に長剣をほおると、涼音の方へと歩いていく。
「ウチは……やっぱり」
「美夜……」
「やっぱりイヤっすよ……、涼音を殺すなんて」
「わしもいやじゃ……、美夜と殺し合うなんて」
そのまま二人は――お互いを抱きしめ合い――、
「「ううううう……」」
そのまま涙を溢れさせながらその場に泣き崩れたのである。
司郎はそんな二人の姿を優しげな眼で見つめていた。
――と、そんな時、
「美夜……さま」
何処からか一人の男が現れる。それは土御門の装束を着た男で――。
司郎はその男から美夜たちを遮るように立っていう。
「なんだ?! まさか彼女らにまだ戦えって言うつもりか?!」
「……あ、いえ」
男は少し困惑した顔で話す。
「……今の、そこのお二人を見て……、もう黙っていることはできないと判断いたしました」
「? どういう意味だ?」
「実は……、美夜さま……、白夜様は……すでに亡くなられておいでです」
「え?!」
その言葉を驚愕の表情で聞く美夜達。
「母上がなくなった?」
「はい……美夜様が土御門本部を発った直後の話です。しかし、いまわの際に白夜様は……『美夜の仕事が片付くまでは秘密にせよ』と仰られて……」
「母上が……すでに亡くなっていた?」
それはすなわち……。
「それじゃあ……ウチは、もはや叶えられない夢を叶えるために……、涼音を殺そうとしてたってことっすか?」
もしそのまま涼音を殺していたら――、その結末は最悪なものとなっていただろう。
(……そうならなかったのは、上座司郎……あんたのおかげっすかね?)
美夜は心の中でそう思う。
亡くなってしまった母には悪いが――、もうその夢を叶える気にはなれなかった。
――こうして、一つの戦いの幕は下りた。そして、それは新たな戦いの始まりでもあった。
◆◇◆◇◆
「ふむ……これで十の試練を乗り越えたわけだな」
不意に何処からか聞いたことのない男の声が響く。
司郎たちが不審そうな顔で周りを見回すと――、
「ふふ……初めましてだな? 上座司郎……」
車道を挟んで反対側の歩道に、一人の男スーツ姿の中年男が立っていた。
髭を蓄えたその男は、薄く笑いながら車道を横切って近づいてくる。
司郎は、男からイヤな気配を感じて拳を構えた。
「あんた……何者?」
「俺を知らんのか?」
「男の顔は記憶に残らないたちでな……」
「なるほど……」
その司郎の言葉に満面の笑みをつくる男。
そして……、彼は静かな歩調で司郎の前に立つと……、その右手を司郎のほうに出しながら言った。
「では……改めて、初めまして。上座司郎……、私が先代の
「な?!」
「君の集めた
それは――、その時こそ司郎には意味が分からなかったが――、
――まさしく司郎に対する宣戦布告そのものだったのである。
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