第三十話 母という呪い

「さて……、そこの皆、何を恐れておるのじゃ? 早くかかってきなさい」


 ――月光の下で静かに佇む一人の老人。

 その周囲を土御門の呪術師たちは――、あるものは怒りの表情で、そしてあるものは恐怖に染まった表情で取り囲んでいる。

 今は深夜――、天城市に展開中の土御門は、突然の襲撃に混乱状態にあった。

 その襲撃者の人数は――、


 ――ただ一人。


「く!!! 本部に連絡!!! 増援を要請しろ!!!」

「は、はい!!!」


 土御門の指揮官らしき一人が背後の部下の一人に叫ぶ。そのとき――、


 ドン!!!!!!


 老人が一歩、歩を進めたと同時に、老人の目前の術師が綺麗に吹き飛んだ。


「うむ……、もう少し抵抗した方がよいな? それでも異能の支配者たる土御門か?」

「く……」

 

 老人の言葉に指揮官は唇をかむ。相手の老人は――、あまりにも強すぎる。



 ――その時、土御門側の司令本部――、天城サンシャインホテルの一室では――。


「老人がウチらを襲ってる?! 何を馬鹿な……。相手は蘆屋っすか?!」

『それが……、そうではなく』


 その次の言葉に、美夜は驚愕の表情をつくる。


宮守みやもり 時宗ときむね?! まさか……、あの上座司郎の身内の一人?!」

『はい……、確かにその老人です。その老人が、たった一人で我々を相手に……』

「馬鹿な?! 相手は呪術師でない一般人っすよ?! 一般人相手に何をてこずっているんすか?!」

『そうです……そのハズなんですが』


 

 ――その時の、戦場――、


「ふむ……、最近の呪術師は、無粋なものを使うのう? アサルトライフルじゃと?」

「おい!!!! 嘘だろ?!!!! なんで一般人の爺さんが……、アサルトライフルの弾丸を避けられるんだ?!!」

「呪術師なら、呪術で何とかするのが……、昔からの呪術師としての誇りだと思っておったが? 貴様らは誇りがないのか?」

「く……」


 目の前の老人はあまりに強すぎる――。もはやその場にいる土御門の者達にとって、その老人は人外の化け物にしか見えなかった。

 宮守翁は、静かに舞うように戦いながら心の中で考える。

 

(さて……、わしが全力で戦える時間は限りあるが……、その間にできうる限り敵を引き付けてやる……。司郎……その間にかの娘への道をつくるのだぞ)


 それは、まさしく土御門司令本部攻略のための陽動であった。


 

 ――その時、土御門側の司令本部――、


「く……? 呪術師と渡り合える格闘家だと?! そういえば……」


 その時になってやっと美夜は思い出す。

 この天城市には、かつて神の聖域を守護するための武闘組織が存在していたという話を――。


「宮……守……、そういう事っすか……」


 美夜は一つ舌打ちすると、別の部下へと連絡を取る。


(上座司郎宅……、その周辺に展開中の部隊を動かして……)


 正直、人質を利用するつもりはなかったが――、こうなった以上、かの老人を止める手立ては他にはない。


「……加藤!! 聞こえるっすか?!」

『……』

「どうした?! 加藤!!」


 現場指揮官である加藤と連絡がつかない。美夜は嫌な予感を感じて舌打ちした。



 ――宮守道場前――。


「フン!!! てめえら! お嬢様のボディーガードとして、お嬢様の御学友には指一本触れさせねえ!!」


 その道場前では、刈谷大河がその拳に異質な手甲をつけて、土御門の兵と戦闘を繰り広げていた。


「こいつ!! 対魔の呪具を装備している?! 気をつけろ!!」

「気を付けるのは彼だけでよいのですか?」


 不意に土御門の兵は、その背後から声がかけられる、そこにいるのは――、


……、主人の命と、そして師匠への義理において……助太刀いたす」


 ドン!!!


 その蹴りが旋風のようにひらめいて、数人の土御門術者を吹き飛ばす。

 無論、戦っているのは彼らだけではなく。


「かなめ先輩……、今回ばかりはあなたに背を預けます」

「それはありがと多津美ちゃん……」


 かなめと多津美もまた、その手足に呪具を装備して敵に対応している。

 かなめは呟く……。

 

「お爺ちゃんは……昔使ってた古いモノだからって言ってたけど……。これなら妙な異能にも対抗できる。ならば……」


 司郎と涼音が美夜のもとへと到達するその時まで――、


「この場を死守する!!! いいわね?!!!!」


 かなめはそう叫んで自身の背後にいる漢たちを見る。


「守りの戦いこそ宮守の矜持!!!!!!!!! われらの拳と蹴りをもって……、守るべきものを死守すべし!!!!!!」

「おう!!!!!!!!!!!!!!」


 宮守道場の門下生たちは、かなめのその言葉に気合の声を上げる。

 守るべき者達――、上座司郎の養母、養父をはじめ、戦えない少女達――、それを守り抜く戦いがここに始まったのである。

 


 ◆◇◆◇◆



「く……最悪っす。こんなこと……」


 美夜は顔を歪ませながらそう呟く。こうなった以上……、


「土御門の本部へ増援要請をする……、そんな事」


 ――そんなことをすれば、間違いなく実行部隊の司令官である自分の、土御門内での地位は地に落ちる――。


「……一般人相手にここまでやられるとか……、いい恥っす」

「そうだな……」


 不意に背後からそう声がかけられる。その声に美夜は聞き覚えがあった。


「そうっすか……、涼音……あんたは上座司郎たちと手を組んだんっすね?」

「……」


 背後にいる涼音を――、そして司郎を睨みつける美夜。


「ここまでにいたウチの部下は……」

「外で眠っておるよ……」

「そうっすか……」


 美夜は悔しそうに唇をかむ。


「最悪な展開っすね……、教会の守護者たる蘆屋一族ともあろうものが、境界を脅かそうとする存在と手を組むとは……」

「……それが間違いだという事は……、貴様がよく知っているのではないか?」

「……フン」

「何を焦っておるのだ美夜? このまま間違った事を間違ったままにしては、お前もただではすまぬぞ?」

「余計なお世話っす……ウチは」

「一体何があった……」


 その言葉に美夜は小さく笑って言う。


「何もないっすよ……。ウチは何も……」

「嘘をつくでない……」

「嘘なんて言ってないっす。それより……」


 美夜は涼音を睨みながら懐へと手を入れる。その光景を警戒の目で見る涼音。


「やっと決着つける時が来たっすか? 弱虫……」

「……うむ、そうじゃな。お前にいつも言われておったように、わしは弱虫じゃ……」

「……」

「お前と傷つけ合いたくないがゆえに、わしはお前から逃げ回り……、お前の苦しみを理解してやることが出来なんだ」

「は……馬鹿なことを」

「でも……今からわしは命を懸ける……。そしてお前の本心を……見極めて見せる」


 その涼音の言葉に、美夜はかすかに顔を苦し気に歪ませた。


「いちいち御託はいいっすよ……。とっとと始めるっす!!!」


 次の瞬間、美夜がその部屋の窓ガラスを割って、ホテルの外――宮守市の闇夜の空へと身を躍らせたのである。

 それを追って自らも闇夜へと飛び出す涼音。二人はその夜空――、ホテルの壁を足場にして走りながら、その拳とその長剣を交差させた。

 

「はあああああ!!!!!!!」


 気合のままに長剣を一閃する美夜。それを身を掠らせつつ躱す涼音は、カウンターで金剛拳を放つ。


「美夜!!!!!!!」

「涼音!!!!!!!」


 ――それは、ホテルの窓から地上までのほんのわずかの時間ではあるが、二人にとっては恐ろしく長い時間であった。

 無数の光線が両者の間を飛び交い、その一撃一撃が相手の命を刈り取る威力を持っていた。


「「急々如律令!!」」


 両者が同時に符を投擲する。それらは炎の礫と化してお互いに襲い掛かった。

 ――そして、


 ダン!!!!!!


 涼音と美夜はその足でしっかりホテルの外の地面に足を着地させる。

 無論、そこで戦いは終わらない――。


「「オンアロマヤテングスマンキソワカ!!!!」


蘆屋流天狗法あしやりゅうてんぐほう疾風迅雷しっぷうじんらい

土御門流天狗法つちみかどりゅうてんぐほう風雅烈風ふうがれっぷう


「「はあああああああ!!!!!!!!!!!!!!」」


 ドン!!!!!!!!!!!!!! ドン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 その身の交錯と共に衝撃波が周囲に放たれる。

 それはもはや人知を超えたスピードによる

 美夜は叫ぶ――、

 

「涼音!!!!!!」


 しかし、わずかに美夜の方が涼音を圧倒し始める。

 涼音のその身には無数の傷が生まれ始めた。


「これで……終わりに……するっす」

「美夜……」


 二人の視線が重なり合う。その目に宿るのは――、


「やはり……美夜」


 涼音の目にも、――そして美夜の目にも深い悲しみが宿っている。

 それこそが――、


「やはり……お前、何かあったのだな?」

「いまさら何を馬鹿な……」

「いや……わしにはわかる……。なぜなら……」


 不意に涼音がその拳を止める。それを驚愕の目で見る美夜――。


「ならばなぜおまえは今、わしと互角でやりあっておる?」

「!!!」

「ふ……、結局わしは弱虫なのじゃ……。お前と本気で殺し合うことなどできぬ……。今のわしに対してなら……お前の本来の実力であれば瞬殺であったはずじゃ」

「涼音……」

「でも……なぜかわしは生きておる……。お前は……今……本気を出せてはおらぬ」

「……」


 その涼音の言葉に――やっと美夜は顔を大きくゆがませた。


 涼音――ウチは――。

 

 美夜は心の中で訴える。


 ――違うっす。弱虫なのは――、


「涼音……」

「何があった!!!! 聞かせてくれ!!!!! 頼む!!!!!!」

「……」


 ――違うっすよ――。こんな話、涼音にしても仕方のない――。

 それに――、これを聞けば涼音は――、


 ――涼音ならきっと。


「く……」


 美夜はその場でその身を震わせつつ、その手の長剣を涼音に向ける。


 ――涼音――、頼むから――、


 美夜はその思考を過去に飛ばす。それこそが――、

 


 ◆◇◆◇◆



「母上が……死ぬ?」

「そうです……もうほんの数年のお命だと診断されました」

「そんな?! なんで?」

「欠落症という奇病です……。もともと霊力が弱かったのもそれが原因だったのでしょう」

「欠落症……、呪術の世界における不治の病……」


 その日、美夜は母である白夜の主治医から、驚愕の事実を聞いた。

 もはや直らぬ病に侵された母は、ただその身をベットに横たえているだけであった。


「本当にままならないものね……人生というのは」

「母上……」

「一応……、上層部には蘆屋一族に対して、わたくしの話はするなと言い含めました……」

「……」

「蘆屋どもが……われらを侮るような事はあってはなりませんから……」


 病床にありながら、母はやはり土御門の長であった。

 美夜はそれをただ悲しげに見つめている。


「美夜……、ごめんなさい」


 不意に母がそう言って美夜に頭を下げる。


「母上?」

「私は……今まで貴方を、存在しないものとしてみてきたわ」

「……」

「それは……、私と重なるから……」

「ソレって……」

「知っているわね? 私の姉の事……」


 それは母である白夜の姉・奈津なつに関する話であった。


「私の姉は……私と違って優秀だった……。彼女こそが次の当主だと皆が認めていた……。でもある日彼女は行方不明になった……。それで、本来なら当主になれない落ちこぼれだった私が……血筋だけで当主を継ぐことになった」

「母上……」

「わかっていたわ……、皆が私を当主だと持ち上げる裏で私の事を下に見て、そもそもただの傀儡だと考えている上層部の考えも……。だから……私は、同じ才能がない身で生まれた貴方を……愛することが出来なかった」

 

 それは突然の母の告白。


「ごめんなさい……。私は今、そのことを後悔している……。だって、貴方は今では同期の多くをしのぐ力を持っている。あなたに才能がないなんて嘘だったのよ……」

「母上……それは……」

「本当にごめんなさい……、酷い母を許してくれる?」

「当然……です母上……、ウチはうれしいんです。今こうしてウチを見てくれた……」

「ありがとう……美夜」


 その穏やかな顔を見て、やっと美夜は何とか笑顔をつくる。これ以上母を苦しめるわけにはいかない――。


「それでね? 実は美夜にお願いがあるの」

「母上のお願い?! いいよ!! ウチに出来る事なら何でも!!!」


 その次の母の言葉に――美夜は絶句する。


「蘆屋涼音を殺して」

「え?」

「あの子……、貴方に気を許しているでしょ? あの子なら隙をつけば安全に始末できるわ」

「母上? 何を言って……」

「……美夜。これはあなたの為なのよ? 貴方はおそらく……、私の後の当主の候補になるわ。ならば少しでも土御門内の地位を上げておかないとだめでしょ?」

「ちょっと……待って母上」

「お願い美夜……、あの蘆屋涼音はあれでも蘆屋一族の次期当主候補者よ……、それを始末できたなら、貴方のこの組織での地位は盤石になる。そうなれば……貴方は、私と違って皆に祝福されて、当主の地位になれるのよ……」

「母……上……」

「だからお願い美夜……」


 ――残りの命の少ない母の――、

 最後の夢を――、


 ――ワタシニ、コウフクナユメヲミセテチョウダイ――。

 


 ◆◇◆◇◆



 美夜はもは苦しげな表情を隠さず涼音を見る。

 それを見た涼音は――、


「そうか……、やはり何かあったのだな?」


 ――それは、


「おそらく……それが理由で、わしを始末せねばならぬのだな?」


 ――違う、やめて、


「そうか……それが何かは結局わからぬが……」


 ――いやだ、それ以上、


「……そこまで……、いつもまっすぐで、あらゆる困難を乗り越えてきたお前が本気で苦しむ事態じゃ……」


 ――涼音、


「お前がどれだけ苦しんだか……わしにはわかる……、だから」


 ――涼音!


「だから……、いいぞ? わしを始末するがいい……、お前に殺されるのならわしは……、本望じゃよ」


 ――ああ!! 涼音!!!!!


 美夜はただ心の中で涼音の名を叫ぶ。

 彼女ならこう考えることは予想の範囲だったのに――、自分は母親の呪いとも呼べる言葉を捨てることが出来ず、結局ぐずぐずと結論を先延ばしにして――。

 

 ――だから、本当の弱虫は――、


「ああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 美夜は叫びながらその手の長剣を振りかぶる。

 そう――、これは平安から続く、土御門と蘆屋の因縁――、

 結局、変えることのできない呪いなのだ――。


 あの時、涼音と交わした大切な約束も何もかも――、すべては無駄なのだ――。


 ――こうして、二人の少女は――、


 全ての希望を――諦め――、



「そこまでだ!!!」


 不意に振りかぶった長剣が止められる。そこにいたのは――、


「上座司郎……? 部外者が邪魔をするんじゃないっす」

「そうだな……、アンタたちの因縁において、俺はただの部外者だ……」

「なら……」

……、見過ごせねえよ。だって……」


 司郎はその手で美夜の頬を撫でる。そこには――、


「お前……泣いてるじゃないか。……女の子が泣いてるのに……、黙ってみていられるかよ」

「ウチ……は」


 美夜は涙を流しながら目の前の司郎を見つめる。


「俺は……、今からあんたの涙も……」


 ――止めて見せる!!!


 果たしてその戦いの先にあるのは――?




<美少女名鑑その11>

名前:土御門 美夜(つちみかど みや)

年齢:17歳(生年月日:7月17日 かに座)

血液型:B型

身長:161cm 体重:51kg

B:83(C) W:59 H:86

外見:黒髪を腰のあたりでまとめた眼鏡少女。

性格:独特な喋りをするインテリ少女。

一般機械を含めた様々な道具を自身の手で生み出し扱う事を趣味とする。

蘆屋涼音をライバル視し何かと張り合っている。

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