第二十九話 忘れえぬ約束……

「それは……、それでいいのか? 蘆屋さん」

「……?! どういう……意味じゃ?」


 俺の不意の言葉に涼音ちゃんは、少し困惑の顔を見せる。

 俺自身、なぜそんな言葉が自然に出たのか、少しだけ不思議に思ったが――、


「うん……なんか、君を見てると、土御門って組織との争いを望んでいないように思えたから……」

「……」

「間違ってらごめん……」

「いや……、その通りじゃ……。わしは……本当は」


 そのまま苦しげな表情をする涼音ちゃん。

 俺はさらに疑問をぶつけてみる――。


「そう考えるのは……、やっぱりあの、美夜っていう娘の事が?」

「……ふ、お前、なかなか鋭い男じゃのう」

「立ち入った話ならごめん……でも」

「いや……いいさ。お前たちに話した方が……わしもスッキリするじゃろう」


 涼音さんは一息大きなため息をつくと話を始める。

 それは、かつて出会ったとある二人のに関する物語――。



 ◆◇◆◇◆



 それは、今から十年以上も前の話である。

 かつて、日本政府直轄の異能組織として、様々な敵と戦ってきた土御門――。

 だが、それもある理由から終焉の危機にあった。


 WW2――太平洋戦争と呼ばれた戦争において、日本の異能戦力の中核として従軍した土御門は、日本の敗戦を機に外国の魔法勢力の管理下に置かれ、その秘術の多くをそれら外国勢力に奪われて、かつての栄光と伝統を失いつつあったのである。

 そんな状況に置かれては、かつての怨敵である蘆屋一族との争いを続けることはできず――、さらには当時の蘆屋当主である蘆屋道禅のとりなしもあって、一次の休戦を行う事となった。そして、それからしばらくのち、土御門と蘆屋の交流を深める目的で、若い術者同士の交流会が頻繁に開かれることとなる。

 ――そして、その交流会で、かつての幼き日の蘆屋涼音と土御門美夜は出会う事となった。

 無論、初めは元敵同士ゆえに、微妙な空気を払拭できずにいた二人だが――、もともと気があったのか元の性格が正反対なのがよかったのか、二人は冗談を言って笑いあったり、不満を言いあったり、将来を語り合ったりする仲になっていった。


「ふ~~~ん? みんなが自分の才能しか見ていないように感じるって?」

「うむ……、わしは皆と……同期のものと仲良くしたいのに……、皆はわしの事を一歩引いた目で見ておるのじゃ」

「まあ……、涼音って蘆屋の直系だし……、それを無しにしても恐ろしい才能を持ってるって周りに言われてるっすから、……ね」

「……わしは、どうもバケモノのように見られておる節がある……。そういう目で見ないのは……ただ一人美夜だけじゃ」

「はは……、別にウチは……涼音の才能とか興味ないっすからね……」

「むう……、そう言われると、逆に蔑ろにされておるみたいに感じるのう……」

「はははは……、そんな細かいこと気にしてどうするっすか……。そもそも、ぜいたくな悩みっすよ……それ」


 その美夜の言葉に涼音は言う。


「む……そうか?」

「当然っすよ……、そもそもウチなんか……、才能ないって同期の連中に笑われるのはザラ……、師匠連中にも一族の直系のくせに残念だと言われて……、母上にはもはや存在しないものとして見られてるっす……」

「う……それは……。ごめん美夜……」

「はは!!! 謝らなくてもいいすよ!!! 本当は特に気にしてることでもないっすから」

「そうなのか?」

「……ふふ、それどころか、逆にその事実がウチの修行への情熱に変わってるっす!!」


 美夜は屈託のない笑顔で言う。


「ウチは周りから才能がないとか言われてるっすが……、そもそもそんな才能なんて信じてないっす! そもそも才能なんてものは自分自身で見極めるモノだし、今の若い時分に周りに決められるもんじゃないっす!! ウチは強くなるために……最高の陰陽師になるために修行してるっすが……、才能がある・ないで修行を……努力をやめるなんて真似はしないっす! ……そもそもそんな程度で辞めることは努力とは言わないっすよ」

「美夜……」

「周りの連中がどう言おうがウチは知った事じゃないっす。それどころか……逆にウチを蔑んでたやつらを、ウチが強くなって【】してやるのがウチの野望っすら!」

「それは……、美夜なら出来るかもな」

「当然! 出来るに決まってるっす!!」

「まさしく……美夜らしいの。わしにも、そんな心の強さがあれば……」


 涼音がそう言って小さく笑うと――、美夜は涼音の肩に手を置いて言った。


「……なあ、それじゃ、ウチらはライバルになるっす」

「ライバルじゃと?」

「そうっすよ……。そうしてお互いを高め合えば、きっと、ウチらはもっと強くなれるっす!」

「でも……」

「でもじゃない!!! 確かに涼音は弱虫っすが……、それでも大事なことは譲れない心の強さがあるっす!」

「美夜……」

「ウチにはウチの……、涼音には涼音の強さがあって……、そして、それをお互いにライバルとしてぶつけ合えば……。きっとウチらは誰にも負けない最高の呪術師になれるっす!!」

「わしに出来るかの?」

「当然っす!! 涼音こそがウチのライバルにふさわしいって……ウチは信じてるっす!」

「……美夜、お前はわしを信じてくれるのだな?」


 ――ならば。


「今日からわしらはライバルじゃ……」

「うん! ライバルっすよ!」

 

 ――そうやってお互いを高め合い、強くなれば――、


「「そうすればきっと――」」


 二人の娘はお互いに手を取り合い約束を交わす。

 それは――絶対に忘れられない約束――。


 ――そのハズであった。


 その約束の数年後――、土御門の当主である――、土御門白夜つちみかどびゃくやの一方的な休戦条約破棄によって、土御門と蘆屋一族の関係は致命的な状態に陥ることとなる。



 ◆◇◆◇◆



「……が、美夜って娘と交わした約束」

「その通りじゃ……」

「それが本当なら……なんで?」

「わしにもわからぬ……。美夜は……誰よりもまっすぐな人間じゃった……、罠があれば直接踏み抜いて進んでいくのが美夜じゃ。そもそも例え敵であっても正々堂々実力で圧倒して見せる……、その心の強さも実力も揃った土御門の最強戦力……、それが土御門美夜じゃ」


 涼音ちゃんは悲しげな顔で言葉を続ける。


「あ奴は……、有言実行で約束を破らなかった……。自分を蔑んでいた者たちをも圧倒した実力を得て、土御門の上層部にすら食い込んでおる最高峰の陰陽師なのじゃ」

「でも……今の彼女は……」

「うむ……、かつての誇りのかけらもない……。今のあ奴は……かつての我がライバルとは別人じゃ」


 ――なぜそうなった? ――何があってそうなった?


「……美夜の身に何かあったとしか思えぬ」

「涼音ちゃん……」


 涼音ちゃんは静かな口調で言葉を続ける。


「わしは……、もう土御門と蘆屋一族の争いを見たくない……。だから……」

「まさか、美夜に今から会いに行くつもりか?」

「うむ……、わしはこれまで……、その臆病さゆえに美夜から逃げておった……。美夜を傷つけたくなくて……、傷つけ合いたくなくて逃げておった……」


 ――でも、


「それはもう終わりじゃ……。今から美夜のもとへと向かって、力ずくでもその本心を聞き出す……。その果てに……」


 ――自分か相手の死が待っていたとしても。

 その決意の表情を前に、俺は一つの結論を得た。


「じゃあ……俺にも手伝わせてくれ」

「なに? お前は部外者で……」

「もう部外者とは言えないよ……。君の決意を聞いちゃったからね」

「上座司郎……」


 俺は決意を胸に、それまで話を黙って聞いていた他の皆の方を向く。

 

「師匠……かなめ……みんな……。ごめん……。俺、今から奴らに抵抗する……。そうすれば多分みんなは……」


 重大な危険にさらされるだろう。――でも、


「俺は……涼音ちゃんを助けたい……」


 その言葉にかなめが笑って答える。


「司郎ならそう言うと思った……。だから……気にせず行ってらっしゃい」

「かなめ……」


 俺はかなめを見つめて――そして頭を下げる。

 そんな俺に対し師匠が言う。


「ふふ……その決意、よく言った。ならばわしも手を貸さねばなるまいて」

「え?! 師匠が?」

「うむ……、その娘を……美夜という娘のもとへと進ませる道をつくらねばならぬ。ならば……」


 師匠はその場にいる俺たちを見回して言った。


「この場にいる皆と……、宮守として出せる全戦力……、そして今呼べる協力者のすべてをもって……」


 ――土御門の、美夜のいる現指令本部を攻略する!


 

 こうして――、俺たちの反撃の狼煙はあがったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る