第二十八話 影の戦争

「天城市が妙なことになっておるようだな?」


 その日、宮守道場に集まった俺と女の子達――、そしてゴリちの前で、師匠は静かにそう言った。

 あの――、蘆屋涼音ちゃんとの闘いから、すでに五日が経っている。

 俺はこうして普通に学校生活を送っているわけだが――。


「今、天城市は……、一見すると普段の日常が続いているように思えるが……」

「……市全体に非常線が張られて、市外への入出でも検問を通らなきゃならないみたいだね」


 師匠の言葉にかいちょーが続ける。


「ここ五日でわかった事は……、とりあえずシロウには監視がついているという事実……。でも盗聴とかはされてはいないみたいだ……」

「まあ……連中にとっては、俺はただの一般人だから……、特別な警戒をする必要もないって話なんだろうな」

「これって……、一体何があったんだい?」


 かいちょーの疑問に、俺は五日前の話を思い出す――。



 ◆◇◆◇◆



「……もう一度言うっすよ上座司郎。……アンタにはこれから、土御門本部へと同行してもらうっす。そして、それに抵抗した場合、アンタの周囲の人間の身の安全は保障できないって話っすよ……」

「そんな事……」


 俺は目前のその女を睨みながら呻く。それは、さすがに抵抗する気はおこらない。


「……ふふ。当然、抵抗しないっすよね? ならば……」

「まて!!」

「うん?」


 その時に俺の隣に立つ涼音が声を発する。


「……だから、まだ彼が天城市の異変の原因だとは、断言できぬと言っておろうが!」

「ふふ……、だからこそ調査をするんじゃないっすか。そもそも、アンタも彼を疑っていたでしょうに」

「それは……」

「とりあえず……あんたは後で始末してあげるっすから。黙っててくれるっすか?」

「美夜……」


 その女――美夜の言葉に、怒りと共に悲しみのような表情を見せる涼音。

 そんな彼女の顔を一瞥しただけで美夜は俺に顔を向けて――、


「……もう一度聞くっすが、抵抗はしないっすよね? ならば、素直なあんたにご褒美をあげるっす」

「ご褒美?」

「そうっすよ上座司郎。今日から一週間だけ、普段の生活を送ることを許してあげるっす。その間に大切な人に別れを言うといいっす」

「……く」

「でも……妙なことはしてほしくないっすよ? 何かをするそぶりを見せたら……」


 俺はその言葉にしたがわざるおえなかった。

 その美夜の言葉を怒りの表情で聞いていた涼音は――、

 

「お前……本当に変わったのう。以前のお前なら、このような罠をはることも……、相手の肉親を人質にするようなマネもしなかった……」

「ふふ……勝手な事を言わないでほしいっすよ。敵であるあんたにウチの何がわかるっすか?」

「美夜……」


 美夜の言葉を聞いて――涼音の表情がはっきりと悲しみに変わる。

 美夜はその表情を嘲笑しつつ見つめると。


「じゃあ……涼音……。今からあんたを始末してあげるっす」

「……」


 そう言って美夜はその手に――、一瞬の光と共に両刃の長剣を召喚する。

 涼音はそれを見て――、


「く……、今は貴様とは……」


 そう言って――、俺を一瞬見た後に、美夜から遠のく方へと後退り――。


「また逃げるっすか?! 涼音!!」

「なんとでも言え……」

「……やっぱりあんたは弱虫っすね!!」


 背を向けてその場から逃げ去っていく涼音を見て、美夜は心底楽しそうに笑う。


「まあ……今は逃げるといいっす。でもあと一週間、その間にアンタは……」


 美夜はそう言って逃げる涼音を見送る。

 こうして俺は――、一週間だけの自由を与えられたのである。



 ◆◇◆◇◆



「司郎先輩……、このまま美夜とかいう女の組織に捕まると……」

「下手をすればそのまま試練を続けられなくなって……」


 多津美ちゃんと香澄の言葉の意味は痛いほどわかる。それはすなわち俺が死ぬという事――。


「でも……、俺がこの場から逃げるなんてことをしても、おそらくは解決しない……」

「だろうね……」


 俺の言葉に頷くかなめ。

 不意に師匠が言葉を発する。

 

「蘆屋一族と……土御門……か」

「それって……、あの二人の所属する組織ってやつ?」

「そのとおりじゃ」


 俺はうっすらとその名前に聞き覚えがあった。


「蘆屋一族とは……、かの安倍晴明のライバルと言われた、蘆屋道満を始祖とする法師陰陽師の民間組織。そして、土御門は安倍晴明を祖とする陰陽師によゆ政府直轄の組織じゃ」

「師匠? ソレって敵同士なのか?」

「うむ……、お互い平安時代から続いておる怨敵ともいえる存在じゃな。それぞれの組織の活動そのものはほとんど変わらぬが、ある一点において両者のたもとは分かたれておる」

「それって……」

「異能に関する対処の仕方じゃな……。妖怪や異能と現実の境界を明確に分けて、両者の接触を減らそうとする蘆屋一族に対し、政府直属の土御門はあらゆる妖怪、そして異能を政府の手で管理できるように力を行使してきた。蘆屋は境界を守護して異能と現実を隔てることで平和は続くと考えたが……、土御門はそれでは異能側の力の増強を招き将来的に争いが起こるであろうと解釈して、現実側を優先するために異能側を徹底的に管理すべきだと考えた」

「……それが」

「……境界の守護者・蘆屋一族、……異能の管理者・土御門……、両者の考えの食い違いから、両者は影の世界でつねに暗闘をしてきたのじゃ……」


 ――と、不意に何処からか少女の声が聞こえてくる。


「……もっとも、しばらく前は、何とか争いをなくそうとする動きもあったのじゃが」

「!!! 涼音?!」


 ――そう、その声の主は涼音であった。


「……何とか監視をかいくぐることが出来た……」

「ふむ……君が蘆屋の……」

「その通りじゃ……初めてお目にかかる、宮守翁……」


 そう言ってその場に姿を現す涼音。


「今、天城市全体が、土御門の兵によって制圧状態にある……。その中でよく行動できたものじゃ」

「まあ……、な。土御門の兵と言っても、異能の使えない一般兵も含まれているからな。その監視をかいくぐる程度は何とかなる」

「それで? なぜ今わしらの前に姿を現した?」

「それは……」


 涼音は俺の顔を見つめて言う。


「すまなかったな……上座司郎。やはりおぬしは冤罪じゃった」

「え?」

「あの後、独自で詳しく調べたのじゃが……」


 その後の涼音の言葉に、その場の全員が驚きの顔をつくる。


「天城市全体にかけられている異能……、その中心は上座司郎……君ではなかった。……君ではなくじゃよ」

「天城ビルって……中心街にある?」

「そのとおりじゃ……。今、当の天城ビルは異界化して侵入すらできぬ状態にある。そもそも強烈な認識阻害によって、向かおうと考える者自体おらぬ状態にあるのじゃ」

「ソレって……、人払いとかいう?」

「うむ……ソレの強化版じゃな。わしも偶然であるが天城ビルの結界に触れて、やっとわかった話じゃ……。そうでなければ完全に意識外に欺瞞されて、気づくことが出来なかったじゃろう」

 

 涼音はため息をついて言葉を続ける。


「問題なのは……、土御門の下っ端ならまだしも、組織でも上澄みである美夜がそれに気づきながらも、お前を狙っておると言う事実じゃ」

「え? それって……」

「美夜は土御門でも最高峰の術者……。わしが気づいたことをあやつが気づかぬはずはない。上座司郎が冤罪であることは、もうすでに気づいておるはずなのじゃが……」

「俺への監視は続いてて……」

「うむ、美夜の奴……、何か意図があるのか知らんが、上座司郎こそが天城市に展開している異能の原因だとして土御門を動かし……、その線での事態の無理な収束をはかっておるようなのじゃ」

「それって……全く意味のない……、本当の原因を放置することなんじゃ」

「その通りじゃ……。美夜はなにか功を焦っておるのか? それはわかりかねるが……それゆえに蘆屋は……」


 涼音は少し苦しげな表情をつくる。


「蘆屋の本部は……、土御門側の司令官である美夜に……、今回の事態の収束をする気がないと考えて、独自に動く決定を下した」

「え? ちょっと待って? それって……」

「今、蘆屋一族は兵を集めて、天城市に展開中の土御門を排除して、本来の目標たる天城ビルの制圧……、そのための準備を進めておるのだ」


 俺たちはあまりの事態に言葉が出なくなった。

 それはすなわち――、


 ――天城市が、二つの影の組織による争いの――、


 という事――。

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