第二十七話 魔を退ける極めし技!

「……ほう、面白い。まだわしを謀る気でおるのか? あるいは……」

「君は……さっき問答無用って言ったよな? ……でも、俺にはしっかり語るべきことがある……。ならば……俺は拳士の一人としてこの拳をもって君に語る……」

「よかろう……、お前の拳に聞いて……、もしわしに誤解があると言うなら、わしももう一度貴様を信じてみよう……」


 その言葉を俺は真剣な目で聞く。

 ――これからが俺の本当の拳だ!


 俺と涼音は、その場で静かに相対する。

 それは数時間にも感じる静寂であったが――、実際は数分の刹那であった。


「参るぞ?!」


 初めに動いたのは涼音である。――その人間とは思えない鋭く速い動きで、俺の眼前へと駆けて来て間合いを一気に詰めた。


「まずは……一つ……」


 その拳が光の線となって俺へと向かう。しかし――、

 俺の目にははっきりとその拳の軌道や、そもそもの涼音自身の身体の動きが見えていた。

 

<宮守流極技ヒカゲ・似影身突>


「ふ……」


 俺は軽く息を吐くと、その身を迫る涼音の懐深くへと沈める。

 涼音は、俺のその動きを少し驚いた顔で見るが――、動き出したその身をいまさら止めることが出来ず――、そして、


「く!!!!!!」


 涼音の拳は綺麗に俺の頭上をすり抜け、俺のカウンターである肘打ちが涼音の胴へと叩き込まれた。

 

 ドン!!!!!!


 俺の動きに加え――、自分自身の動きによる慣性による衝撃が加わって、その肘打ちは恐ろしいまでの衝撃を涼音の胴に加える。あまりの衝撃に涼音は後方へと見事に吹っ飛んだ。


「が……、この」


 しかし、その衝撃を受けてもなおその身が動く涼音は、その懐から数枚の符を取り出し周囲に投擲した。 


「急々如律令……」


 その言葉に反応して幾つかの炎の礫が彼女の周囲に現れる。そして――、


「疾く!!!!」


 それらは高速で空を奔り、俺に襲い掛かってきたのである。


<宮守流極技カスミ・飛刺墜圏>


 俺は俺自身の両腕を、自身の周りを巡るように幾度か回転させる。

 その回転に巻き込まれて、炎の礫はかき消され消滅していく。


「な?!」


 その光景に言葉を失う涼音――。そのまま足から地面に着地すると、その指を複雑に絡めて呪文を唱えた。


 「オンアロマヤテングスマンキソワカ…」


蘆屋流天狗法あしやりゅうてんぐほう疾風迅雷しっぷうじんらい


 その瞬間、涼音の動きがさらに早く鋭く変化し、まさに地を進む雷のごとき高速で奔った。

 その高速の連拳撃が俺に流星のごとく向かってくる。それに対し俺は――、

 

 <宮守流極技トウカ・円の識法>


 <宮守流極技ソラ・流の識法>


 その身のスピードを引き上げることもなく、ただ無駄のない動きで撃ち落とし、そして捌いていく。

 その動きを見て驚きを隠せなくなった涼音に対し、俺は――、


「次は……俺のほうから行かせてもらうぜ?」


 <宮守流極技タツミ・封神闘法>


 俺の動きに――、さらに無駄な部分が消えてなくなる。

 その身の動きは、確かに涼音に比べて緩慢で遅いが――、


(馬鹿な? 避け切れ……)


 その拳が綺麗に涼音の脇を打撃した。


「がは!!!!!!」


 とうとう涼音も顔を歪ませて脇を押さえる。――その動きが目に見えて遅くなる。


 <宮守流極技ミリアム・無影歩法>


 その瞬間、涼音の認識の外へと俺の身が侵入する。

 死角に入られた涼音は完全に俺を見失ってしまった。


「な?! 消え……」


 俺は当然消えたわけではない。しかし彼女にとっては消えたのと同じことであった。


 【Backstab】――、死角からの一撃が涼音を襲う。

 涼音はその一撃を受けて、やっと目の前の俺の事を強敵と認識したようであった。


「こうなったら……、上空で状況を立て直して……」


 涼音はその指を絡ませて呪文を唱える。


「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ」


蘆屋流真言術あしやりゅうしんごんじゅつ風天翔法ふうてんしょうほう


 その身が綺麗に空へと舞い上がる。そこは普通の人間なら到達できない高度、その場でとりあえず状況を見極める腹であった――が、


 <宮守流極技アリス・飛鳥歩法>


 俺はその場にある遊具を足場にして空へと舞い上がる。

 その、いきなりの事態に涼音は反応することが出来なかった。


「く?!」


 空を舞う俺の蹴りの一撃を受けて地面へと墜落する涼音。

 しかし――、


「ち……、まさかここまでやるか?! こうなったら!!!!!」


 涼音は最後の手段とばかりに、自身の周囲に無数の符をまき散らす――、そして、


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナウエイソワカ……」


蘆屋流符術秘技あしやりゅうふじゅつひぎ煉天爆陣れんてんばくじん


 その無数の符が全て炎の礫へと変化し、さらに炎が重なり組み合わさって巨大な炎の帯へと変化――、その帯が俺の周囲を囲い込む。

 それだけではなく――、


蘆屋流体術秘技あしやりゅうたいじゅつひぎ金剛飛連拳こんごうひれんけん


 涼音のその拳が輝き、無数の光弾が俺に向かって高速で奔った。


(炎の帯で囲い込んで動きを封じて、無数の飛び道具で俺を撃つつもりか?!)


 ――その瞬間の俺の判断は早かった。

 

 <宮守流極技ミコト・連心掌>


 その瞬間、俺の意識は無数の脅威を同時にロックオンする。そして――、


「はあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 気合一閃、俺の高速の蹴りが、その飽和攻撃の薄い場所へと放たれたのである。


 ドン!!!!!!!!!!!!!!!


 すさまじい衝撃と煙が天城公園を包む。その煙の向こうに――、


「まさか……ここまで」


 無傷で立っている俺を見て、涼音は驚愕の表情を浮かべる。


「これで終わりだ……」


 ――そして、俺はただ驚く彼女の懐へと入る。

 俺の拳が涼音の腹に入った。


「く……」


 それまで気丈に立っていた涼音が膝をつく。

 それは勝負の終わりを示していた。


「蘆屋涼音さん? 俺はもうこれ以上、君を傷つけたくない。だから冷静になって聞いてほしい」

「く……う」

「俺は……、君を罠にハメてはいない。そもそも、この状況自体俺自身望まない事なんだ……」


 その言葉に涼音が苦し気な表情で答える。


「ならば……この炎獄は誰の仕業で……」

「それは……」


 俺自身、こんな炎の壁は理解不能の異能である。俺自身が首をかしげていると涼音は――、


「そうか……、そうだな。お前は超人的な拳法は扱うが、呪法に対しては素人であるように見える……。もう少し冷静になる必要があったのはわしのほうか……」


 そう言って周囲の様子をうかがう涼音。そして――、


「……という事は、もうすでに捕捉されておったのか。なあ美夜みや……」


 涼音のその言葉に反応するように、周囲に静かな殺気が広がる。


「……クク。やっと気づいたっすか間抜けな涼音さん? そうっすよウチっす……」

「く……、上座司郎の術式に気を取られて、貴様の存在に気づかなかったとは……、わしもまだまだ未熟じゅのう」

「そうっすね……、本当にいつ気づくのかとみていたっすが……」


 俺はその声のする方へと視線を向ける。そこには、黒髪で眼鏡をかけた巫女服の少女がいた。


「蘆屋一族も人手不足っすか? あんたみたいな未熟者を差し向けるとは……」

「ほざけ……、貴様とわしは同期であろう?」

「アンタと一緒にされるとは、心外の極みっすね……阿呆め」


 二人の少女が殺気の籠った目で睨み合う。

 そこには、長年にわたる恨みのようなものがあるように、俺には感じられた――。


「あんたはいったい?」


 俺の言葉に、やっと俺の方を向いて笑顔を向けるその少女。

 少女は嘲笑の籠った目で俺を見ると――、


「ウチの名は……土御門美夜つちみかどみや……。日本政府からの依頼により、この天城市に展開している事態を収束させるために来たっす」

「日本政府?!」

「アンタが……術式の中心にいる存在であることは明白っす。おとなしく縛につくっすよ」


 その言葉にまず反応したのは涼音である。


「まて……、このような事をしたわしが言うのも何だが。まずは彼の話を聞いた方が……」

「知らないっす……」

「何?!」

「政府からの依頼は、どのような手段をもってしても事態の収束を図れってことっす。どこぞの人ひとりの事情なんて知った事じゃないっす」


 それはあまりにあまりな言葉である。

 美夜は少しも笑ってない瞳で、笑顔を浮かべながら俺を見つめて言った。


「アンタの事はいろいろ調べてるっす。……アンタには大切な人がたくさんいるみたいっすね?」

「!!!!」


 まさか、その言葉の意味は……。


「これからしばらく……、天城市はうちら土御門の管理下に入るっす。無駄な抵抗をすれば……、ウチは知らないっすよ?」


 その言葉は――それから起こるの引き金になる――、最悪の言葉であった。

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