第二十六話 仕掛けられた罠! 望まぬ対決?!

「え?」


 その彼女の言葉に、俺はただそう返すしかなかった。

 蘆屋さんは怒気をはらんだ――、それでも冷たく鋭い目で言葉を発する。


「聞こえなかったか? 今すぐ天城市に展開中の術式を解き、この街を貴様の支配から解放するがよい。話し合いはそれからじゃ……」

「え? ……どういうコト? よくわからない……」

「よくわからない? 惚けておるのか貴様? ……貴様自身がその身に……、そしてその女どもに対しても、同系統の術式をかけておるだろうに?」

「それって……」


 その話を聞いて、馬鹿な俺でもなんとか理解できて来た。おそらく彼女は――、


「君……、もしかして異能関係の人? それで俺にかけられてるハーレムマスター契約が見えると?」

「ハーレムマスター契約? それがお前が今自身に展開しておる術式なのか?」

「……いや、術式を展開とかよくわからんが……、このハーレムマスター契約は女神さまによるもので……」

「ほう……この土地のをも貴様は従えておるのか」

「いや……そうではなく」


 いまいち俺と彼女の話はかみ合わない。

 どうやら決定的な誤解があるらしい――。


「……っていうか。なんか君、さっき気になること言ってなかった? この天城市全体に術式がどうとか……」

「しらばっくれるのか? 貴様が展開してるのであろう?」

「いや……ちがうし……」


 俺は困った顔でそう彼女に言うが、彼女は納得しない様子で俺を睨んでいる。

 さすがに背後に控えている女の子たちが助け舟を出した。


「……アンタ……、どこの誰かは知らんが、異能とかいうのの関係者でいいのか?」


 そう、かいちょーが蘆屋さんに聞く。

 蘆屋さんは初めて認識したという様子でかいちょーをみる。


「とりあえず誤解があるようだが……。その天城市に展開している異能とやらは、おそらくはシロウに試練を課したによるものだと思うぜ? そもそもこいつは、特技スキルを操る異能力は持っているが、それ以外は全くの異能の素人だし」

「……それが嘘でない証拠は?」

「む……、のっけから嘘だとか言われたら、話が続かないだろうが……」

「こちらとしては信じてやりたくもあるが……、信じてハメられたでは、わしも子供の使いではないからな」

 

 ――まあ、お互い【初めまして】だし、信用できないのは当然か――。

 すると彼女は思いついたかのように提案をした。


「ならば……、こういうのはどうだ? お前の言うことが真実であり、もしわしに対し害意がないと言うなら、この後の夜、天城公園で対話を……情報交換をしようではないか」

「え?」

「天城公園には人払いをかけておく……。もし害意がないなら気にせずこれるであろう?」

「……」


 その彼女の言葉にかなめが答える。


「……あんたの方に害意がある場合はどうするの?」

「そんな事は、わしとしては知った事ではないな……。どちらにしろ、貴様たちが来なければ力づくで保護するだけじゃ」

「む……」


 あまりの言い方に怒りの表情を見せるかなめだが――。俺は――、


「わかった……」

「司郎?!」

「俺は一人で行くから……。彼女らには手を出さないと約束してくれ」


 俺はそう言って蘆屋さんに頭を下げた。それを不思議なものを見るような目で眺めると蘆屋さんは言った。


「よかろう……、信用は出来ぬだろうが。わしは話し合いこそを望むゆえ、貴様らに無用な手出しはせぬと約束しよう」


 こうして俺は、夜中の天城公園――、夜のふけたそこで改めて話し合いをすることになったのである。


 

 ◆◇◆◇◆



 校舎裏での会話を盗み聞きする人物がいた――。

 それは長い黒髪を腰のあたりでまとめた眼鏡をかけた少女。

 彼女は、同業者である蘆屋涼音すら欺く隠蔽の術式で身を隠し、彼女らの様子を盗み見ていた。


 彼女は涼音のその顔を見つめると――、薄く小さく笑顔をつくる。

 ――そして、その場から静かに去っていく。


 その彼女が次に目指す場所は――

 先回りして――、


 ――涼音をハメる罠を仕掛けるためであった。


 

 ◆◇◆◇◆


 

 その夜、俺は渋るかなめたちをなだめて、ただ一人で天城公園へとやってきていた。

 俺が来た時、蘆屋さんは公園にはいなかった。仕方がないので、公園のベンチに腰をかけて蘆屋さんがやってくるのを待つ。


「ふう……」


 俺はため息をつきながら考える。

 この天城市に妙な異能が展開しているらしい。それが何を意味するのかは分からないが、姫ちゃんが何かをしているという事なのだろうか?


「姫ちゃん……、一体どこに行ったんだろう」


 彼女は今まさに絶賛行方不明である。さすがに俺も心配になってきている。

 ――たしかに、姫ちゃんはいろいろ陰謀を巡らすような性格をしているが――、天城市そのものを危険にさらすようなことはしない筈だ。

 そもそも彼女とここ数ヶ月話してきて、彼女には明確な悪意がない事を理解している。――まあ、傍から見ると悪意いっぱいに見える事はするが。

 彼女は基本的に俺を信用してくれているのだ。どんな試練でも俺ならば乗り越えられるだろうと――。


「彼女が行方不明になって……、天城市に展開している異能……か」


 それらはおそらくは深い関連があるのだろうと、その時の俺は確信していた。

 ――と、その時、


 ドン!!!


 天城公園の周囲に炎の壁が立ち上がる。俺はいきなりの事態に驚きを隠せなかった。


「え? なんだ?!」


 その言葉に反応するように、怒気をはらんだ女性の声が聞こえてきた。


「やはり……罠をはって来たか、上座司郎……」

「え?」


 その声の主は当然――、蘆屋涼音。


「……信用しようと思って、見事裏切られるのは……気分の良いものではないな」

「え……え、どういうコト」


 怒気を宿した目で睨まれ、俺は疑問を口にすることしかできない。


「この罠……、炎獄は……、呪術師に反応して展開するよう設定されておる……。明確にわしを狙った罠だな?」

「ちょっと待って……。何が何やら……」

「しらを切らぬともよい……。もうこうなれば問答無用という事だな?」


 どうやら俺は――、妙な事態に巻き揉まれたらしい。そして――、


「蘆屋さ……」


 俺がその言葉を発する前に――彼女は俺に向かって奔ったのである。


(?!)


 その動きの、あまりの鋭さに俺は驚愕する。――それは、かなめすら遥かに凌ぐ高速の拳。


<蘆屋流体術・金剛拳>


 ズドン!!!!!!


 その拳が俺の腹に到達した瞬間、俺の精神のすべてが真っ白に塗り替えられた。


「ぐあ…………かは」


 俺はただただ腹の中の物をその場にぶちまける。

 俺の――防御が一切通用しない。その拳に触れた瞬間、俺はまるで精神の奥からこみ上げる吐き気を感じて嘔吐するしかなかった。

 

(な……なんだ? ……これ)


 それは今まで一度も受けたことのない異質な打撃。――いや? そもそもこれは打撃なのか?

 その俺の疑問に彼女は――蘆屋涼音は答える。


「金剛拳を受けるのは初めてか? これは我が蘆屋の体術の基本……、その魂から打ち据える金剛無敵の拳……、一般の防御法はこの拳に対してはむだじゃ」


 それは確かにその通りだろう。

 ――俺はそうでなくても体が頑丈である。この年になる今までも――、たとえ師匠の拳であろうが、ここまでの衝撃を受けたことはなかった。

 それがこのありさまである。


「……さて、罠をはったはいいが、その後を考えておらなかったのか? 無様よな……」

「く……、待ってくれ……話」

「話す機会を潰したのは貴様じゃ」


 彼女は冷酷な表情で俺を睨む。これは不味い――、


「さあ……もう話は良いじゃろ? このまま貴様を確保する……」


 そう冷酷に告げる蘆屋さん。もう今の俺には選択肢がなかった。

 ――俺はこみ上げる吐き気を気力で抑え込んで、蘆屋さんの方に向き直る。

 そして――、


「ほう? 抵抗する気か?」


 俺が拳を構えたのを見て、蘆屋さんは薄く笑みをつくる。

 状況は最悪だが――、やる以外にない。


 ――こうして、俺は思いがけず、異能を本当の意味で使いこなす【】と、初めての対決をすることになってしまった。


 

 ◆◇◆◇◆


 

 その長く――そして短いにらみ合いの後に、初めに動いたのは俺である。

 一瞬で間合いを詰めたのちに、その拳を一閃させる。

 しかし――、


「ふ……」


 彼女は動きを呼んでいたかのように軽く回避する。その拳は彼女に掠ることすらなかった。

 そのまま後方に飛んだ彼女は、その懐から数枚の紙を取り出す。


「急々如律令……」 


 その呟きに反応するように、その紙が炎の礫へと姿を変える。

 そしてその礫は、意志を持っているかのように、俺に向かって飛んできた。

 

「な?!」


 俺はその奇怪な現象に驚いて――、そのまま回避できずに炎にまみれた。

 俺はその場に転がって何とか火を消した。

 

「な? なんだよ……反則」

「ふん? 符術を知らぬと? ……なんとも、そんな事でよくわしに抵抗する気になったな」


 その彼女の笑いを俺は苦い顔で見つめる。

 目の前の彼女は――どうやら、俺が今まで見てきた人間たちとは明らかに住む世界が違うらしい。

 これはかなりマズい事態だと理解せざるおえなかった。


「まあいい……、ならば速攻で終わらせよう」

「?」


 その彼女の言葉に嫌なものを感じた俺は、その場で防御を固めて警戒する。

 ――しかし、それは彼女にとっては無意味な行動であった。


 次の瞬間、彼女はその手の指を絡めて妙な形をつくる。そして――、


 「オンキリキリ、オンキリキリ、オンキリウンキャクウン」


蘆屋流真言術あしやりゅうしんごんじゅつ不動縛呪ふどうばくじゅ


 その呪文(?)と共に、俺の全身の動きが止まった。


(え? なんだ?)


 俺は言葉すら発することが出来ず、その場にただ無防備に立っている事しかできない。

 そこに彼女の拳が飛んできた――。


<金剛拳>


 ズドン!!!!


 俺はそのままの姿勢で思いっきり腹の中身を吐き出した。


「が……は……」

「もう観念するべきじゃの? このまま抵抗しても無駄じゃ」


 それは、確かにそうなのかもしれない。でも――、


(俺はこのまま妙な組織に捕まるわけにはいかない……)


 それはまさしく俺自身の死に直結する。

 ――そもそもこのまま捕まって、その後にかなめたちはどうなるのか?

 少なくとも俺に対する彼女の誤解を解かないと、かなめたちにすら強行な方法をとる可能性があるのだ。

 ならば――、


(俺は――)


 その身をよろけさせながら俺は、確かにその構えをつくる。

 それは師匠に教えられた、を行使する時の前提となる構えである。


「ふ……抵抗は無駄だと」


 彼女は勝ちを確信して薄く笑う。それは――明確な間違いであった。


「はあーーーーー、ふうーーーー」


 俺はそう深く呼吸してその体内の力の流れを整える。

 ――その時、確かに俺の右手の星印は輝いていた。


「ぶっつけ本番……、でも……」


 俺のその言葉を聞いて、彼女はやっと自身の不動縛呪が外されている事実に気づく。

 その驚きの顔に向かって俺ははっきりと宣言した。


「女の子を本気で殴りたくないけど……。でも、それでしか分かり合えないなら……。

 俺は君を倒して……、話し合いのテーブルに無理やりにでも立たせる」


 ――かくして、播摩法師陰陽師衆・蘆屋一族、その呪法と――

 ――宮守流古流空手、対天魔戦闘術・の直接対決が始まったのである。

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