第二十五話 天城市に集う影の組織?!

 司郎達が、室内プールで遊んでいたその日の夜、天城市を一人の少女が訪れていた。長い銀髪が特徴的なその少女は、赤い瞳を薄く光らせながら、人気のない公園の中心に立って、天城市の夜空を仰ぎ見ていた。


「……なるほど。この天城市には、いまだ妙な……そして、強力極まりない術式が展開しておるようじゃの……」


 彼女は超視覚より得られる情報から、そう結論して頷く。光っていた瞳の光が消える。


「だとすると……、直接原因だと思われる場所を、見て回らねばならぬな。面倒ではあるが仕方ないか。……まあ……」


 とりあえず、今日のところはこれくらいにすべきか――と、彼女は考える。明日はいよいよ、宿星の見える天城高等学校へ、直接乗り込んで行く事になるのだから。


「……果たして、わしを待つモノはなに者なのか? 未来検索では、我が運命を覆しかねぬモノだ、と出ていたが……」


 その未来を断片的に見てもなお、彼女は恐れるそぶりを見せることはない。それだけ、自身の能力に自信がある事の証左であった。


 ――月明かりの下、美しい少女は軽くため息をつく。なるべくなら、調査は急ぐべきなのだが、無理に急げは解明される問題でもない事は予測出来る。

 なにより、その原因の中心にいるのが、明らかに意思を持つ何者かなのは予想の範囲内で、下手を打てばこちらに危害が及ぶ可能性もあるのだ。

 例の組織、長年敵対してきたあの組織も、この天城市ですでに動いているであろう。――慎重に、そして素早く、奴らを出し抜く必要があるだろう。


「……まあ、面倒臭い話しではあるな……」


 実のところ、彼女の心には、例の組織への敵対心はほぼ存在しない。上役に言われるなら、敵対せざるを得ないだけである。――はっきり言って、戦いが起こらないなら、それに越した事はないのだ。

 そんな彼女は、実際自身の組織である蘆屋一族では少数派に属しており――、一応組織の後継者候補の一人ではあるものの、他の後継者候補の後ろに常に立つ状態にある。

 今回の件は、組織の後継者を目指すなら、一応チャンスではある。でも――、

 

「……ふう」


 彼女はもう幾度かのため息をつく――。

 いまいちその気になれないのは、彼女の性格ゆえか、あるいはあの組織と敵対する可能性があるからなのか。

 彼女がこのような考えにあるのには明確な理由がある。――彼女はかつてを思い出す。


「……なあ、それじゃ、ウチらはライバルになるっす」

「ライバルじゃと?」

「そうっすよ……。そうしてお互いを高め合えば、きっと、ウチらは……」


 それは幼い頃の大切な思い出。――それは今も彼女の心にある。


 播磨法師陰陽師衆、蘆屋一族、その平安時代からの怨敵にして、日本の異能の世界を二分するライバル。日本政府直属の呪術機関たる、その影の二組織の暗闘が天城市で始まろうとしていた。


 

 ◆◇◆◇◆


 

 翌日、月曜日の天城高等学校の朝礼の時、俺達のクラスに新たな転校生がやって来ていた。ここ最近、天城高等学校から去っていく生徒も多いが、逆にやってくる生徒もかなり多い。それは現理事長の意向によるものなのか? 俺にとってはわからない話しではあるが。

 俺の近くの席のかなめが言う。


「あれ……、なかなかに妙な雰囲気を持ってる娘ね」

「まあ……な」


 かなめの言葉に曖昧な返事を返す俺。

 それもそのはず――、なんかその少女、蘆屋涼音さんが、俺の事を怖いくらいの目で睨んでいるからだ。なんか俺、彼女にしたかな? ――っと思っても、相手は今日、今始めて見た転校生なのだ。当然、なんもした覚えはない。

 ――まあ、相手は美少女なんで、これからやる可能性はあるが。


「それじゃ……、蘆屋さんの席は……、上座の後ろが空いていたな……」


 教師のその言葉に俺は心の中で確信を得る。

 ――うん、なんか妙な事になりかけてる?

 まさかとは思うが、彼女が試練の女の子なのかな?


 そんな事を考えつつ、彼女が俺の横を通り過ぎて行くのを、なんともなしに眺めていた。その時――、


「おい……、貴様、放課後……校舎裏へ来い」

「……?!」


 それは俺だけに聞こえるほどの小さな呟き。

 なんか俺――、校舎裏にお呼ばれしたんだが?

 ――彼女は古き良き時代の不良かなんかですか?

 なんかいきなりの展開に俺は混乱するしかなかった。


 

 ◆◇◆◇◆



 未来検索はかなり正確に目標を捉えていたらしい。

 わしが天城高等学校に転校したその日、そのクラスで、目的の人物らしい存在を目にしたのだ。

 彼の名は、上座司郎と言うらしい。学校でもそこそこ有名な人物らしいが、まあわしにはどうでもいい話しだ。――ただ彼が纏っている術式こそが重要なのだから。

 下手をすれば戦いになるやもしれん。まあ日があるうちは、なるべくそうならぬよう努めて行動はするが。

 わしはそう考えつつ、自らの持つ呪符や呪物を確認して放課後に備えた。


 

 ◆◇◆◇◆

 


「……で? なんで皆ついて来ちゃったの?」

「司郎……あんたみたいな馬鹿が、わたし達に隠し事なんが無理だって、あんた自身がよく知ってるでしょ?」

「……うん、まあ。でも相手は謎の転校生で、推定古き良き時代の不良少女だぞ? 危ないって……」


 俺の言葉にかなめが苦笑いする。


「それなら……、どっちかって言うと、相手の方が危ないわね……。下手な不良じゃあんたの相手にはならないだろうし……」

「俺は別に乱暴な事する気はないが……」


 ――まあ、相手がして来たなら応戦はせざるを得ない。なるべく手加減はするつもりだが。

 俺がそうして、女の子達を引き連れながら校舎裏へとやってくると、そこに彼女がいた。


「ふむ……、一人で来るかと予想したが……、どうやら我が意図に気づいたらしいな……」


 蘆屋さんはそう言って俺を鋭く睨む。

 ――やっぱり、意図って言うのは、そう言う事なのだろう。


「蘆屋さん!」


 俺は真剣な表情で彼女を見つめる。


「ん? 何か申し開きでもあるか?」


 彼女はそう言って懐に手を入れる。――まさか武器でも隠し持っているのか?!


「落ち着いて聞いてくれ!」

「ふむ?」

「君がどんな目的を持って、この学校に来たかは知らない! ……そして、君がその道で(不良)どれほどの実力者なのかも俺にはわからん!」

「ほう……、我が目的はしらぬと? だが、わしが何者かは、ある程度は察している?」

「そうだ! だからまずは話し合いから始めよう」

「ほう……、むやみに暴力に訴えようとしない所は評価できるな……」

「そうだね……暴力はいけないことだよ(たとえ君が不良であっても)」


 とりあえず彼女はいきなり暴力に訴える気はないらしい。良い不良さん(?)でよかった――。

 とりあえず俺は、彼女の誤解を解かねばならないと考えた。

 おそらく、いきなり俺を校舎裏に呼び出した理由は――。


「俺は……この学校の番長じゃないんだ!!」

「ん?」

「君は……俺の事を番長格だと思ってるかもしれないが! 俺はただの一生徒であって……」

「……何を訳の分からぬことを? ふむ……、会話を混乱させてこちらの出方を読む腹か?」

「……蘆屋さん!! 落ち着いてほしい……、たとえ不良であっても、一般の生徒に手を上げるのはいかがなものかと……」

「……」


 俺のその言葉に、蘆屋さんの目が薄く鋭く変わる。


「……ふむ。どうやら、まともな話はするつもりないと?」

「え?」


 その彼女の怒気の入った言葉にさすがにたじろぐ俺。

 ――なんかまずいこと言っちゃったらしい。


「……とりあえず。わしの言いたいことはこうじゃ……」

「?」

「お前の周囲……、そして背後にいる女ども……、そこに展開されている術式は、天城市にしばらく展開されていた異能の天蓋……、そしてと、全く同じ系統であることは明白……」


 彼女はとっても冷たい目で俺に宣告する。


「直ちに……展開中の術式を解き……、我が蘆屋の軍門に下るがよい……。そうでなければ……、力ずくで貴様らをする……」


 ……、その言葉の意味とは裏腹の、怒気の籠った言葉を彼女は俺に発したのである。

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