第五話 がんばれツンデレ娘!
「ありがとう司郎君」
「いや、別にいいって」
すでに日も落ちた夜。私は自分の家の玄関前でそう言って頭を下げた。
あの後、一人で帰るのが怖くなった私は、そのまま司郎君に家まで送ってもらったのである。
「しかし、本当に警察に通報しなくていいのか?」
「それは…」
司郎君の言葉に私は苦笑いする。
「大丈夫だよ…。
あんな事…誰かにつけられてるって感じたのは今日が初めてだし。
そもそも、たぶん私の勘違いだろうし…」
「…まあ香澄がそう言うんなら…」
司郎君は心配そうに私の顔を見つめてくる。
私は顔が熱くなるのを感じた。
「あ…ありがとう。
本当に…司郎君も役に立つことがあるんだね!」
私は羞恥心からついそんなことを口走ってしまう。
…私の馬鹿。
「あんだよ!
そんな軽口が言えるなら大丈夫だな」
そう言って歯を見せて笑う司郎君。
司郎君が特に気にした様子がないのが救いだった。
「それじゃ!
また明日、学校でな!!」
そう言って司郎君は手を大きく振りながら走り去っていく。
私はその姿を惜しみながら手を小さく振った。
「司郎君…」
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俺は岡崎の家をあとに帰り道を急ぐ。
そして、岡崎の家の玄関から一つ目の交差点を通り過ぎようとした。
…俺はその時、視界の隅に何かを見て立ち止まる。
それは電柱の陰に佇む一人の男だった。
「…」
そいつは俺に気づいていない様子でただ一点を見つめている。
それは、今まさに家に入って、自分の部屋の窓から外を見る香澄の姿だった。
俺は嫌なものを感じてそいつに近づこうとした。
…しかし、そいつは電柱の向こうの影に姿を消していく。
俺は慌てて追いかけた。…しかし、
「…」
そいつは闇に姿を消していた。
俺は嫌な予感を感じた。
「…誰かにつけられてると感じたのは、今日が初めて…か」
誰に言うともなく俺はそう呟いた。
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翌日のお昼。私は困惑と恥ずかしさで混乱していた。
「でさ!! そん時あのバカ…
って聞いてんのか? 香澄!」
「…司郎君」
「ん?」
私はジト目で私の隣で弁当をパクつく司郎君を見つめた。
「なんで、私の隣でお弁当食べてるの?」
「なんでって…たまたま」
私的には…本心では最高の気分だが…やっぱり羞恥心が先に来てしまう。
「ちょっと司郎君?
あんたには他にも一緒に食べてくれる人はいるでしょ?
そっちに行きなさい」
「え? いいジャン別に…。
風紀委員長の隣で弁当食っちゃダメって法律でもあんの?」
「く…」
こいつは本当に口の減らない…。
私は昨日の司郎君の日陰さんとの膝枕を思い出して、司郎君に嫌味を言ってしまう。
「あなたには日陰さんがいるんじゃないの?
最近本当に仲良くなったみたいだし!」
「え? 別に日陰ちゃんは友達だよ?」
いや…友達は膝枕しない。
心の中でそう突っ込む。
「あのね? 司郎君…
そういう不実な態度が風紀を乱しているって言うの。
少しは女の子以外にも頭を使いなさい!」
「う~~ん?」
司郎君はそう言って首をかしげる。そして…、
「無理だな!」
そう言ってにかっと歯を見せて笑った。
「アンタって男は…」
本当にこいつは女の子にだらしがない。
それさえなければ私的には最高なのに。
「…っていうか。
まさか、アンタ私まで狙ってるって言うんじゃないでしょうね!」
そんな言葉がつい口から出る。
…期待してもいいのだろうか?
「ははは!!!! 当然だな!!!!!
自分のうなじの線のエロさを自覚した方がいいぞ!!!!」
司郎君は、そう思いっきり爆弾発言をした。
私は思いっきり赤面する。
「何言ってんの!!!!
バッカじゃないの!!!!
このオープンスケベ!!!!!!」
「よく言われる」
歯を見せて笑う司郎君はいつもの変わらぬエロ馬鹿男だった。
「もういい!!!
あんたがここで食べるって言うなら。私が移動する!!」
私はそう、心にもないことを言ってしまう。
…ああ、私の馬鹿。せっかくの司郎君とのお弁当タイム…。
「ごめん、怒ったのか?
いや…香澄って」
そう言う司郎君を置いて私はその場を去っていく。
少し真面目な顔で私を見つめる司郎君の視線を、その時の私は気づいていなかった。
-----
「馬鹿ね…」
「いや面目ない」
俺はそう言って頭をかいて、樹の陰に隠れているかなめに言った。
「…もうちょっと言葉を選ばないと、女の子に嫌われるよ?」
「わかってるけどな…」
俺は苦笑いしながら去っていった香澄の顔を思い出した。
…昨日の後はひいてはいないようで少し安心したが、やはり俺は昨日の男が気にかかる。
「…ストーカー?」
「かもしれん…。
昨日が初めてって本人は言ってたが…」
「気づかずにいたって可能性もあるよね」
「ああ…」
警察に行った方がいいのだろうか?
いや、何も情報のない…、本人も自覚してない状況で何を通報するというのか。
だから俺はこうして、かなめに手伝ってもらって彼女を見張っているのだ。
「アンタって…、本当に女の子の事になると一所懸命だね」
「うん? 褒められてる?」
「そう聞こえたんなら、耳鼻科に行くのをお勧めするわ」
かなめは辛らつな言葉を返す。
確かに俺は女の子の事になると、後先が見えなくなる傾向がある。
エロいことをしたいから?
俺は基本、エロに対してオープンである。
エロイと思った女の子には、嘘偽りなく「エロイ!」とはっきり言ってしまう。
だから、「オープン痴漢男」「セクハラ馬鹿男」などの二つ名を頂いてしまっている。
例えば…、幼馴染のかなめが相手だろうがそれは変わることはない。
まあ、かなめが相手だと蹴りが飛んでくるが。
だが、正直そんな煩悩だけでは動いていないように自分でも思う。
女の子が困っていると…泣いていると…、俺は心底嫌な気分になるのだ。
…自分のせいで女の子を困らせてることも多々あるが。
「かなめ…、香澄の護衛…
しばらく頼んでいいか?」
俺がかなめにそう言うと。
かなめは少しため息をついて頷いた。
-----
「よ」
「?」
私が一人寂しく学校の屋上で黄昏ているとそこにかなめさんが来た。
「かなめさん?」
「そう…上座司郎係」
「…」
私はその言葉を聞いて少し驚いた後、俯いていった。
「もしかしてさっきの見られてたの?」
「うん…青春ですな」
「何それおじさん臭い」
かなめさんは笑いながら私の隣に座る。
「それで?
どのような経緯で好きになったの?」
「!!!」
不意にかなめさんがそう言って笑いかけてくる。
私は死ぬほど驚いて赤面する。
「だ!!!!! 誰があんなドスケベ男の事…!!!!!」
「いや…分かり易いから。
気づいてないの、多分本気馬鹿の司郎だけだって」
「う…」
余りの事に言葉を詰まらせる私。
「アイツって馬鹿でスケベでしょ?
女の子にだってだらしないし…、欲望を隠さずオープンにして女の子たちに嫌われてる」
「うん」
「でも、不思議と本気で好きになる女の子はいるんだね」
そうしみじみと言うかなめさん。
もしかしてかなめさんも…。
「かなめさんは…どう思ってるの?」
「ん?」
私はついそう聞いてしまう。かなめさんは少し笑った後…、
「嫌い…だと思う?」
「ううん」
「そう…」
嫌いならあんなに息の合った事はできないだろう。
正直、かなめさんの幼馴染という立場がうらやましい。
「でも…女の子にだらしないのは、やっぱりイヤだな」
「まあ…そうね」
私が正直に言うと、かなめさんもそう言って頷いた。
「でも…」
「?」
「アレはアイツのせいだけでもないのよね」
そういうかなめさんに私は疑問をぶつける。
「…どういうコト?」
「…司郎はね。
自分が愛情を向けられている、って言うのがいまいちわからないのよ」
「え?」
「昔のトラウマでね…、愛情を感じる感覚がマヒしてるの…。
”愛してる”って言われても、そうなんだろうと納得していても、
心の奥では”愛してる”って言葉が信じられない…」
「なんで…」
それはね…と、かなめさんは言う。
「捨てられたのよ…愛する人に。
その人はいつも司郎に”愛してる”って繰り返していた…」
「…」
「司郎は愛情を感じる感覚がマヒしている…、
どんなに愛をささやかれても…
愛を向けられても…
心は常に飢餓状態なの」
「だから…愛情を欲する?」
「そう…、”女の子”への執着もそこらへんに原因があるんでしょうね。
もちろん、根本的にスケベなだけってところもあるけど…ね」
私は少し司郎君の心を理解することが出来た。
そして、そんなことを知っているかなめさんが心底うらやましかった。
不意に、お昼の終了を告げるチャイムが鳴る。私は立ち上がった。
―――そして、その日の放課後、運命の時を迎える。
-----
その日の放課後、私はいつものように一人で帰宅の途に就いた。
正直、昨日の今日で不安な気持ちはある。
でも、多分アレは私の気のせいだと、自分自身に言い聞かせた。
「…」
しばらく歩くと、不意に嫌な感覚に襲われる。
(やっぱり…つけられてる)
そう…何者かが私の背後にぴったりとついてくる気配がある。
私は少し速足で道を急ぐ。
そしたら、その気配も同じように歩を早めた。
(やだ…本当に?)
もはや私の心には恐怖しかなかった。
私はもう我慢できなくなって、全力で走ろうと足に力を込めた。
「く…」
足が言うことを聞かない。
それは”あの事故”からの足の障害である。
ジンジンする痛みに涙が出てくる。
…と、その時、私の肩に何者かの手が置かれた。
「ひ!!!」
悲鳴をあげそうになるのを口を押さえて止めた。
なぜなら…、
「香澄…大丈夫か?」
そこにいたのはかなめさんと…。
「司郎君…」
「やっぱりそうか…」
そう言って司郎君は私の背後を睨む。
そこに人影が見えた。
「司郎! あんたは香澄さんをお願い!!」
かなめさんはそう叫ぶと人影に向かって駆けた。
人影は急いで逃げていく。
「逃がすか!!!!」
かなめさんは逃がすまいと加速して、…そして夕日の向こうへと消えた。
「かなめさん…」
「かなめなら大丈夫だ…
伊達に師範代はしてないからな」
私は気が抜けてその場に倒れそうになる。
司郎君がしっかり支えてくれた。
「…もしかして。
司郎君、私を見ててくれたの?」
「ん? ああ…少し心配になったからな」
やっぱりそうなのかと納得した。
おそらくお昼のアレも、私を心配して近くにいてくれたのだろう。
「ごめんなさい…。
ありがとう」
私はやっと素直にそう言えたのである。
-----
かなめは夕日の光の下で道を駆ける。
その先に必死で逃げる男がいた。
「まてこの!!!!!」
結構そいつは足が速い。このままでは逃げられかねない。
そうなったら初めからやり直しだ。
「絶対に逃がさない!!!」
かなめはそう叫んで足に力を込めた。一気に加速する。
「ひい!!!!!」
男はとうとう悲鳴を上げる。そして…、
「追いついた!!!!」
かなめはその男の肩をその手でつかんだ。
「くそ!!!!!」
男がどこからかナイフを出して振り回す。
しかし…、
「そんなくだらないもの振り回すな!!!!」
かなめはその腕を簡単につかむと、後ろ手に捻り上げたのである。
かなめはそのまま男をうつ伏せにひっくり返す。そして、その背に膝を置いて抑え込んだ。
「観念しろストーカー!!!」
「いてててて…」
「なんであの子をつけまわした!!!
…そもそもアンタは何者だ!!!」
「痛い…、違う…」
「何が違うって?」
かなめは容赦なく男の腕をひねり上げる。
さすがにたまらず男は叫んだ。
「俺は…さっき、そこで頼まれたんだ」
「頼まれた? さっき…?」
「そうだ…、怖がらせるつもりはなかったんだ…、
ただ、あの子に気づかれずに後をつけて、家まで到達すれば…もう1万円くれるって…」
「もう1万円って…、アンタ誰かに金で頼まれた?」
その男の言葉を聞いた瞬間、かなめの背に冷たいのもが走った。
(しまった!!!!
まさか”ハメられた”?!)
かなめは天を仰いで唇をかむ。
司郎と香澄に…危機が迫っている―――。
-----
「く…」
その時、俺は拳を握ってそいつを睨みつけていた。
それは突然の事だった。
いきなり腰に激痛を覚えた俺はその場に倒れ込んだのだ。
…それは背後からのナイフの一撃。
たまらず俺はその場に倒れ込み…、そして香澄の小さな悲鳴を耳に聞いた。
「うう…」
「おい…大きな声で叫ぶなよ?
首にナイフが刺さるぞ?」
目の完全にイッた男が香澄を羽交い絞めにしている。
「てめ…この…」
「ふふ…動くなよ小僧…。
この娘が死んでもいいのか?」
「くそ…」
俺は地面をひっかきながらなんとか立ち上がる。
「し…ろう…くん」
「ひひひ…、動くな…
本当に殺すぞ」
俺は口から血を吐きながら男を睨む。
その手にするナイフが香澄の喉に触れて小さな切り傷を作っていた。
「お前…女の子に…なんてことを…」
「しゃべるな…。
本当に殺してほしいみたいだな」
俺はそのまま動けなくなる。
こういった場合、頭のいい奴なら、香澄を助けるいいアイデアが浮かぶのだろうが…。
俺は馬鹿だ…、いまさらに頭の悪さを後悔した。
(かなめが追いかけてったのは”おとり”か…。
油断しすぎた…)
俺がそう言って動けずにいると、香澄が何かを呟く。
「あ…あなた…、やっぱりあの時の…」
「…」
男の顔を横目で見ながら香澄がそう呟く。
「どういう事だ?」
「昨日、中庭にいた”アマギクリーンサービス”の…」
それを聞いたとたん男の顔が険しくゆがむ。
「黙れ…」
「ひ」
ナイフがさらに香澄の喉に突き刺さり血が流れ始める。
「やめろ!!」
「黙れと言ってるだろ!!
どつもこいつも、俺を馬鹿にするな!!」
「くそ…」
こんな時にかなめがいてくれれば…。でも今は…、
(俺が何とかするしか…)
…しかし、この状況を打開する名案が浮かばない。
何より俺自身血が流れ過ぎてくらくらしてきている。
(長引くとまずい…。
強引に行くしかないのか?)
そう思い始めた時、不意に…、
ビーーーーーー!!!!!
突然、どこからか自動車のクラクションが鳴り響いた。
いきなりの事に驚いて硬直する男。…今しかなかった。
「うおおおお!!!!!!!」
その瞬間、俺の右手の星が輝く。
俺は一気に駆けて男の顔面に蹴りを叩きこんでやった。
俺の腰から激しく血が流れる。俺はそのまま倒れ込んだ。
「司郎君!!!」
香澄がそう叫んで俺の元へと走ってくる。そして…、
「大丈夫ですの?!
あなたたち…」
そう言って現れたのは金髪碧眼の女性であった。
その姿を見て香澄が驚く。
「三浦さん?!
さっきのクラクションって…」
「わたくしの送迎車ですわ…。
危険な状況だと考えて、鳴らさせたのです」
そこには確かに黒塗りのベンツがあった。
そのベンツの運転手らしき人がスマホで電話をかけているのが見える。
「警察と…救急車を呼んでいますわ。
お気を確かに持ちなさい」
「はは…ありがとう」
俺はそれだけを呟いた。
「あなたは、なかなかの男ですわね」
そう言ってその女性は笑う。
俺も笑おうとしたが…、その時の俺は笑うことが出来なかった。
なぜなら、俺が顔面を蹴り飛ばして倒したはずの男が立ち上がっているのが見えたからである。
「馬鹿に…しやがって」
男が何事か呟きながら懐に手を入れる。
そして取り出したのは…
(け…んじゅう?)
それは黒いリボルバー拳銃だった―――。
-----
それを見て私は不意に、漫画のセリフを思い出した。
銃というのは直線にしか弾を飛ばせないから、銃口をよく見てその射線外に逃げれば当たらないと。
そんな事、人間に出来るの? …という疑問は無論あるが。
銃口がこちらに向いている以上私はそれをするしか助かる方法はない。
かつてのソフトボールのバッティングの時のように頭がフラットになる。
「香澄!!!!」
司郎君の声が聞こえてくる。
私はこんなところでは死ねない。死にたくない。
司郎君の声が私に力をくれる。
私は身をひるがえすべく足に力を込めた。
ズキン!
…動かない。動けない。
こんな時になっても私の足は言うことを聞かない。
男の指が引き金にかかり、それを引いていくのが見える。
もう間に合わない…。
…ここで私の人生は終わる。
ああ…司郎君と一緒にお弁当が食べたかった。
もっと素直になれていれば…、後悔だけが浮かんでは消える。
不意に私の目前に人影が現れる。
それは確かに私に向けられた銃の射線を塞いでいて…。
「し…ろう…君?」
それは司郎君だった。
そして…
―――無慈悲にも銃声は鳴り響いた。
-----
その日の夜、天城病院に緊急患者が担ぎ込まれていた。
その病院の緊急治療室の前には、多くの人が暗い表情で部屋の扉を眺めていた。
上座家の養父はただ黙って腕を組んで。養母は涙をこらえながら。
大月日陰ちゃんは青い顔で、ボディガードの刈谷に支えられている。
その刈谷自身も暗い顔を隠すことが出来ないでいる。
そして―――、
「うううう…」
「香澄…」
かなめがただただ泣きはらす香澄の肩を抱いている。
そのかなめも目に涙がたまっている。
―――そう、今治療を受けているのは”上座司郎”。
ナイフを腰に受けて血が大量に流れた上に、拳銃の弾丸を腹に喰らって重体だった。
…不意に、病院の看護師たちがあわただしく動き始める。
これは、司郎が危険な状況にあると言う事ではないのか?
それを感じ取って香澄は涙を流す。
「私が…、私のせいだ…。
私が司郎君に”助けて”なんて言ったから…。
こんなことなら私が死ねばよかった」
その言葉にかなめが声をあげる。
「馬鹿言わないで!!
司郎があんたを庇った意味がなくなるでしょ!!」
かなめは涙をこらえながらただ祈る。
(死なない…、司郎は死んだりしない…。
きっともう一度、笑顔で馬鹿をやるんだから…)
そうする間にも時間は過ぎていく。
治療は長期にわたる様相を呈していた。
…と、不意に周囲が暗転する。
かなめはこの現象に覚えがあった。
「女神?」
そう…その闇の中にいたのは女神と…。
「香澄?」
大月日陰は無論、なぜか岡崎香澄までもその闇の中に存在していた。
『大変だったみたいですね』
「女神? …てことは、まさか…」
かなめはその予想に行き着いて女神を睨みつけた。
『やだな~~。
別に私自身が試練を与えてるわけじゃないよ?』
「やっぱり、今回の事って”試練”だったのね?」
「どういうことですか?」
不意に会話に香澄が割り込んでくる。
「これって…、何なんですか?
私たち病院にいたんじゃ…」
「それは…」
かなめが説明しようとすると女神がそれを遮った。
「試練ってなに? ここはどこ?
司郎君は?」
混乱し始めた香澄に女神が顔を近づける。
『司郎君は死にませんよ?』
「え?」
その女神の言葉に香澄は驚いた顔をする。
『試練に失敗したものは死亡する…。
それは逆に言えば、試練を乗り越えれば死亡しないという事です』
「それって…本当?」
かなめが女神に向かって問いただす。
「今回の事件は試練だったのね?
そして、試練の対象は香澄だった?」
『その通りです~~』
「それじゃあ…でも…」
かなめが一つの予想に行き当たって困惑の顔をする。
女神は満面の笑顔で香澄に言う。
『香澄さん…司郎君に死んでほしくないんですよね?』
「…それは、当然です!!」
『そう…ならば、一つ約束する必要がありますが?』
「なんですか? 司郎君が死なないなら、何でも約束して…」
その時、かなめが声をあげる。
「待って…!!!
女神!!! あんたソレってまるで脅迫みたいじゃない!!!!」
『やだな~~~。別に脅迫なんてしませんよ?
事実を述べてるだけですし、そもそも始めたのは司郎君自身です』
「この…どの口でそんな事…」
『それに…大事なのは彼女自身の気持ちではないですか?』
「ん…」
かなめは黙り込んで香澄を見る。
『さあ…今から私が説明して差し上げます。
ハーレムマスター契約を…』
香澄はその話を聞いて驚愕する。そして…、
―――少女は決断を下した。
-----
俺が目を覚ますと白い天井があった。
「司郎…目覚ましたのね」
「ん?」
ベットに寝かされた俺の側に座っているのはかなめである。
「俺…たしか…」
「無茶したね…馬鹿司郎」
かなめはいつになく優しくそう呟く。
「香澄は?」
「大丈夫…、無事。
もう遅いから帰ったけど…」
「そう…か」
「さすが頑丈ね…、もう目覚めるなんて思わなかったわ」
かなめは笑いながら俺の頭を撫でた。
「なんか…心配かけたか?」
「当たり前でしょ?
もしあんたが死んだら…みんな悲しむし…」
かなめは少し笑顔を消して言った。
「多分…日陰ちゃんも…、
香澄も…、
そして私も生きてはいけない…」
「ごめん…」
俺は素直に謝った。
「まあ…馬鹿で無茶はいつもの事だからいいけど…。
忘れないでね? …あんたはみんなに愛されているってこと…」
「ごめん…」
その謝罪は何に対してだったのか?
俺自身でもわからなかった―――。
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