第四話 ツンツン少女の憂鬱

許さない―――、あの女―――。

あの女のせいで俺の会社は―――。


闇の中に”かちゃり”、また”かちゃり”という音が響く。

それを発しているのは黒いリボルバー拳銃。

その”男”は一つ、また一つと弾丸をソレに装填していく。


ああ―――、俺の家族は―――、

俺の妻の子供も―――、

―――絶対許さない。


闇の中に瞳だけがランランと輝いている。

その視線の先にはナイフによって切り刻まれた”とある少女”の写真があった。


復讐する―――、この恨みを絶対に晴らす。

そうだ―――、あの女―――、

”〇〇〇〇”―――。


その”男”は暗い笑みを浮かべる。

―――その男の名は”橋山直人はしやまなおと”と言った―――。




-----




「司郎君…」

「何っすか? 風紀委員長?」

「…貴方はそこで一体何をしているのかしら?」

「?」


俺は”ソレ”に頭をゆだねながら何事かと疑問符を浮かべる。


「あんた…、何、”何言ってんのコイツ”って顔してるの?」


そう言って頭に怒りマークを浮かべているのは、俺と同じクラスの風紀委員長”岡崎 香澄おかざき かすみ”である。

俺はまさしく”何言ってのコイツ”という表情で彼女を見上げる。

その表情が本気で癇に障ったのか、口の端をヒクつかせながら俺の肩を掴みに来る。しかし、


「ご…ごめんなさい」


不意に俺の頭の上方から、大人しそうな少女の声が響く。

それを聞いた香澄は、手を止めて困った表情でその少女を見た。


「あのね…”日陰”さん。

 あなたとこの馬鹿がどのような関係なのかは、この際…本当はダメなんだけど…

 この際不問にふします。でも…

 教室内で…しかもみんなの前でそんな事するのは、おかしいことだと思わないの?」

「ごめんなさい」

「く…なんで私が、日陰ちゃんを虐めてるみたいな雰囲気になってるの?

 それもこれも…そこの馬鹿が…」


香澄が俺を指さす。俺は構わず目をつぶった。


「この…、こいつ…」


その態度にさすがに頭にきた香澄は、周囲を見回してある人物を探す。

それは無論…。


「上座司郎係!!! 上座司郎係はどこ?!!!」

「…誰が上座司郎係だ…」


そう言って教室へと入ってきたのは”宮守要”である。

かなめは俺の現在の姿を見つけると、無言で耳を引っ張って俺を立ち上がらせた。


「いてててててて…いてえってかなめちゃん!!」

「だれが、”かなめちゃん”や…。

 アンタが、アンタに頼まれたら断れない日陰ちゃんの気持ちを利用して、教室内で膝枕なんてさせてるからでしょうが…」


くう…、せっかくの暖かな楽園から、鬼のかなめによって引きずり出されてしまった!

俺は引っ張られた耳をさすりながら、抗議の視線をかなめに向けた。


「なにその目…司郎? あの話は皆に内緒でしょ?」

「むう…」


”あの話”とは当然”ハーレム”の事である。

一応、かなめも俺のハーレムの一員なのだが、いまいち何かと可愛げがない。

おっぱいは小ぶりで可愛いくせに…。


ガス!


かなめが俺の心を的確に読んで蹴りを入れてきた。

とっても痛いですかなめちゃん。

その”息の合った”様子を見て、日陰ちゃんは苦笑いし、香澄は不満げに鼻を鳴らした。


「かなめさんも、この馬鹿をしっかり見ていてくれないと困ります。

 この馬鹿のせいで風紀が乱れます」


馬鹿、馬鹿、言うやつが本当の馬鹿なんだぞ! 香澄!

俺は不満げに香澄を見つめるが…、

視線が合うと香澄は、その視線をそらしてそっぽを向く。


「…ふう、ごめん香澄。

 次からは気を付けさせるから許してあげて。

 私からキッツく言い聞かせるから」


そう言ってかなめが頭を下げると、香澄はしぶしぶという様子で頷いた。


「そんな事より香澄…」

「? なんです?」


不意にかなめが話題を変える。


「ソフト部に戻る気はないのかって…、ソフト部の部長が言ってたよ?」

「…」


香澄はさっきまでとはうって変わってつらそうな表情で言った。


「無理だって部長に言っておいて。

 足がダメになったのに…出来るわけないじゃない」

「まあ…そうだよね…」


かなめはため息をついて頷く。

そう、彼女…香澄は昔はそこそこ名の知れたソフトボール部員であった。

そのバッティングセンスは神業と言われ、神童としてもてはやされていた。

…だが。


「あの時の事故で…足がやられたからね。

 バッティングはできるけど…もう走れないし」


そう言った香澄の顔は暗く、どれほどソフトボールが好きだったかを理解させるものであった。

…と、不意に俺の顔を香澄が見る。

その目に宿っているのは…、


「?」


俺は何かを感じてその目を見つめ返す。

…すぐに視線をそらされた。


「その事は…もういいから。

 とにかく、その馬鹿…、司郎君に破廉恥な事させないでね。上座司郎係…」

「…だから、誰が上座司郎係だ…

 せめて名前で呼んで」


そう言ってかなめは香澄をジト目で見たのである。




-----




最近、あの男は日陰さんと仲が良すぎる。

あの男とは無論、上座司郎の事である。


「フン…」


正直不愉快でたまらない。

かといって日陰さんに強く言う事も出来ない。

下手をうてば私は…


”司郎君に嫌われる…”


そんなのは嫌だ。

…なぜなら…、


「司郎君…」


岡崎香澄はスマホカバーを外して中の写真を見る。

そこには上座司郎の写真が入っていた。


「ふう…」


私はため息をつく。私の素直じゃない心が恨めしい。

私は…司郎君が好きなのだ。


「…」


私は私の足を見つめ、あの時の事を思い出す。

あれは私がまだ高校に入りたての頃。私はソフト部のトレーニングで早朝ランニングをしていた。

その時…不幸にもあの事故が起こることになる。


夜間も走り続けて居眠り運転していたトラックが、ランニング中の私に突っ込んで来たのだ。

私はいきなりの事に、慌てて避けようとして足を捻り転倒した。

…そして、私はそのまま…トラックに潰されるはずだった。


…でも、なぜか私は生きていた。私を…危険を顧みず助けた人がいた。

その人こそ…、


「司郎君…」


結局、あの時捻っただけだと思っていた脚は骨折していて…、それが私のソフト人生を終わらせた。

…でも、私はそのことに多少の未練はあっても後悔はしていない。

だって、彼と…上座司郎という人と出会えたのだから。


「司郎君…やっぱり日陰さんと付き合い始めたのかな?」


そんな噂は確かに耳に入ってくる。…でも、

そのイヤな想いを私は振り払う。


ああ、なんで私は、もっと早く告白しなかったんだろう?

私は…自分の心に素直になることが出来ない。

彼の前に立つといつも嫌な言葉が出てしまう。

…もちろん、彼にも原因はあるが…


「はあ…もっと素直になれたら」


私はただそう願う。


…と、不意に私は誰かとぶつかってしまう。

考え事をしながら歩いていたから…。


「ご…ごめんなさい」


私はそう言ってぶつかった相手を見る。

その人は金髪碧眼の女性だった。


「あ…」

「あら、大丈夫ですわ。

 わたくしもよそ見をしていましたから、お相子ですわね」

三浦藤香みうらとうかさん?」

「はい…貴方は…、確か岡崎香澄さん?」

「え? 私を知っているんですか?」

「ええ…無論…、優秀なソフトボールバッター…であったと伺っています」

「それは…」

「ごめんなさい…。

 わたくしとしたことが…、今は足のケガのせいで辞めていらっしゃるのでしたわね?」


上級生”三浦藤香”さんはそう言って頭を下げる。私は首を横に振った。


「いいえ…もういいんです」

「それは…、吹っ切れた…というわけでもないでしょうね。

 でも後悔はしていない?」

「はい」

「ならばよろしいですわ。

 これから新たな目標を立てればよい」

「私に…出来るでしょうか?」

「きっとできます。

 大丈夫、女性は…無論男性もですが、心を強く持ち人生に誇りをもって生きるべきです」

「そう…ですね」


私もそんな生き方が出来るだろうか?

そんなことを考えていた時、視界に人影が写り込んでくる。


「?」


それは、学校の中庭で掃除をする清掃員。

本来は用務員がやるべき仕事だが…。

その人の胸には”アマギクリーンサービス”という文字が見える。

…と、その人の視線が妙であることにやっと気づく。

その人…清掃員の男性は、はっきりと三浦藤香さんへと視線を向けている。

その視線はまるで針を突き刺すかのように鋭く、暗く、歪んでいた。


「!!!」


最悪なことにその男と私は視線が合ってしまった。

男は一瞬目を見開いて…、下を向いてそそくさと中庭から出て行った。


「どうかしましたか?」


不意に藤香さんに声を掛けられる。

私はただ「なんでもないです」と言って、その場を去ることしかできなかった。


…あまりにその視線が…

あの男の視線が…

気分が悪くなるほどに”歪んでいた”からである。




-----




見られた―――、見られた―――。

あの女に見られた―――。

無論、変装を見抜くなんてないだろうが―――、

俺の目的の障害になる可能性がある―――。


ならばどうする?

目的の前に騒ぎを起こしたくない。でも―――、

あの女は俺をはっきり認識していた―――、

下手をうつと俺の目的は達成できない―――。

ならばやることは一つだ―――。


その”男”は狂っていた。あまりに恨みに支配され過ぎていた。

だから、あまりに短絡的な行動を選択することにした。


”目撃者を消そう―――”




-----




やっぱりそうだった。

職員室で先生に問うと、”アマギクリーンサービス”などに掃除を頼んだ覚えはないと返って来た。

そして、もし学校に部外者が出入りしているようなら、厳重に対処すると言ってくれた。

これで…おわり? …いや、何か心にしこりが残っている。嫌な予感がする。

私は重い心を抱えながら下校の帰り道を急ぐ。


「…」


不意に私は気づく。誰かにつけられている。

何者かの足音が私の足音と重なって同じ間隔でついてくる。

背筋が凍る思いがしてその場に止まる。その足音も止まった。


(司郎君…)


そんな時になって私が思い出したのは、あの私が大好きな少年の無邪気な笑顔であった。

…と、不意に前方から何者かが駆けてくる。

よそ見をしながら走っているそいつは、思いっきり私にぶつかってきた。


「きゃ!!」「へぶん!!!!」


私たちはその場にしりもちをついた。


「あ…ごめ…ん?」

「あ…」


その相手は…。


「司郎…君?」


そう、あの能天気な馬鹿男、上座司郎であった。


「おう? 香澄?」

「司郎君…」

「今帰りか? 香澄?」


不意に私の心からこみ上げて来るものがあった。


「司郎君…」

「え? どうした?

 足痛いのか? さっきので怪我したか?

 ごめん…」


その馬鹿男はそう言って謝ってくる。


「違うの…司郎君…」

「?」


私はただその場で涙を流す。

司郎君はすぐにポケットからハンカチを出して涙を拭いてくれた。


「…どうした?

 何かあったのか?」

「司郎君…」


私は今までになく素直に心の内を明かした。


「司郎君…助けて」


その言葉を司郎君は真剣な目で見る。そして、はっきり頷いてくれた。


―――かくして、第二の試練が幕を開ける。



<美少女名鑑その3>

名前:岡崎 香澄(おかざき かすみ)

年齢:16歳(生年月日:11月20日 さそり座)

血液型:A型

身長:156cm 体重:48kg

B:76(B) W:55 H:84

外見:黒髪ポニーテールの生真面目美少女。

性格:潔癖症でエッチ関連の事に手厳しい対応をする風紀委員。

司郎を目の敵にしているが、実は昔危ないところを司郎に救われており、淡い恋心を抱いている。

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