第三話 少年よ○○を目指せ!

私はいつも願っていた―――。

いつか私も彼女のようになれたらと―――。

でも、本当はわかっていたの―――。

私は変われない―――、変えることが出来ない―――。

ああ―――、周りに流され、自分にウソをついて―――、

これからも―――、永遠に―――。



その時、私は天城結婚式場の新婦控室にいた。

周りの女性たちが私を飾り付け、これから始まる結婚式の準備を行っているのだ。

それは、安住宗次郎の予約すらないいきなりの式であったが、安住財閥の金の力ですべてを押さえこんでしまった。


私はため息をつく。

安住宗次郎という男性の事は、初めから好きになることが出来なかった。

初めて私を見た時の―――、蛇が獲物を舐めるように見る視線に似た、あの笑いは今思い出しても背筋が寒くなる。

そして、案の定、彼は私の両親に無理難題を吹っ掛け、そして支援をする代わりに私を差し出せと言ってきたのである。

両親は当然断ろうとしたが、彼はそれすら想定内だったようで、逆に大月家への他からの支援を妨害し、わが家を潰そうとすらしてきたのである。

私は両親が悩み苦しむ姿は見ていられなかった。だから、自分から彼と結婚することを告げた。

ただし、それは高校を卒業してから―――。その間、家にも私にも手を出さない―――。

私は、全ての未練を捨てる為の時間を得た―――。


だが、彼は今日無理やり結婚すると言ってきた。

おそらく、普段刈谷以外の男性を近づけない私に、男性の影を見たからであろう。

その程度の事で―――? そう、その程度の事で彼は、独占欲に駆られて私を自分のものにしようと考えたのである。


私は、今大きな未練がある―――。

彼女の―――、かなめちゃんの絵を描くこと―――。

それを最後に絵を描くのをやめるつもりだった――――。

未練を吹っ切るつもりだった―――。

でも、もう―――。


「フン…」


彼は、かなめちゃんの絵を見て―――、ただ鼻で笑って破り捨てた―――。

彼にとって私は”人形”なのだ―――。

私が自分の自我を持つ者であってはならないのだ―――。


私が彼に願って、何とか守ってきた日常は終わった―――。

もはや、私は―――。


キイ…


不意に部屋の扉が開いて、大きな人影が室内へと入ってくる。


「?」


私がその方向を見るとそこには、大きな体格の髭の生えた男性が立っていた。

その冷たく鋭い目が私を睨み見下ろしてくる。思わず私は「ひ」と一言呻いて目をそらした。


「―――君が」

「……」

「大月日陰君だな?」


私は答えられなかった。そのあまりに重々しい声に圧倒されてただ震えていた。

その男性が”安住宗次郎”の父親である”安住宗一あずみそういち”その人であることを私は後で知った。


―――そして、結婚式が始まる。




-----




「ありがとうソラ…。

 約束のものは明日の放課後にでも持っていくわ」


そう言ってかなめはスマホの通話を切る。

俺は今、自転車でかなめと並走しながら、目的の場所へと走っている。


「それじゃ…やっぱり、天城結婚式場で当たりなんだな?」

「うん…ソラに緊急で調べてもらったから間違いないと思う」


ソラ…とはかなめの友人の一人、現在の天城高校の生徒会長の事である。

常に眠そうでサボり魔なそいつは、かなめに某有名菓子店のスイーツを報酬に提示してきた。

背に腹は変えられない俺たちは、割り勘で金を捻出することにして動いてもらったのである。

俺はさらに自転車を加速して、道交法すらすっ飛ばして自転車を走らせる。


(日陰ちゃん! 待ってろ!! 早まるなよ!!!)


俺たちは無心で自転車を走らせ、そして―――、


「見えてきた!!!」


かなめがそう叫ぶ視線の先に、大きな建物”天城結婚式場”が見えてきた。


「司郎!!」

「…」


かなめがひとこと俺の名を叫ぶ、その理由は俺にもわかっている。

その建物の玄関に一人の男が立っているのが見えた。


「ゴリっち…」


その、グラサンを掛けた黒服の大男は、静かに俺たちの方へ顔を向ける。


「…刈谷さん」

「…ふう」


俺たちがゴリっちの前に自転車を止めると、ゴリっちは小さくため息をついた。


「なんで来た?」

「んなもん決まってるだろうが…」

「俺の警告は無駄だったか?」


ゴリっちはサングラスを外して地面に放り投げる。

ぐしゃりという音を立てて、その革靴で踏み砕く。


「お嬢様は―――、

 お嬢様には会わせるわけにはいかん」

「なんでですか?!」


ゴリっちの言葉にかなめが叫ぶ。


「そんな事―――、

 お嬢様のために決まっているだろう?」

「家を守るのがお嬢様の為ってか?」

「その通りだ…」

「ふざけるな!!!」


俺は叫ぶ。


「日陰ちゃんを犠牲に家を守って…、日陰ちゃんの気持ちはどうなるんだ!!!」

「順番が違うな…、家を守らねばお嬢様は不幸になる」

「んなわけあるか!!!」

「なぜ断言できる? 大月家が潰れたら―――、

 多くのものが路頭に迷い、そしてその責任は大月家自身が払うことになる。

 その借金は膨大になるだろう…。

 それをお嬢様たちは背負うことになる」


ゴリっちは苦虫をかむ表情で吐き捨てる。


「ある程度貧しくても生きてはいけよう…。

 しかし、大月家が潰れた場合はそうはいかん。

 支払うべき負債が膨大なものになることは容易に想像できるだろう?」

「だから日陰ちゃんが我慢しろっていうのかよ!!!」

「お嬢様は―――」


ゴリっちは目を瞑り、拳を握って答える。


「覚悟をしておられる―――、家を守るという覚悟を。

 ならばその覚悟を支えるのが俺の使命だ―――」

「そんなこと…!!」


かなめが怒りの表情でゴリっちを見る。

もしそうなら―――、本当にそうなら俺たちの出る幕はないのかもしれない。

―――でも、


「日陰ちゃん本人の口から聞かなきゃ、

 納得できるか!!」

「すでにそこの娘に伝えているはずだが?」

「俺は聞いてないんだよ!!!」

「その機会を与えるわけにもいかんな…、

 すでに結婚式は始まっている」

「どうしても、そこを通さないと?」


俺の言葉にゴリっちが鋭い目で返す。


「通りたかったら力づくで通ってみろ」

「言ったな?」


俺は自転車を降りると、拳を握ってゴリっちの前に歩み出る。

ゴリっちの視線と俺の視線が交錯した。


「そこまで…」


不意に俺の背後からかなめの声がする。


「今はそんなことしてる暇はないわ」

「なに?」


ゴリっちがかなめを不思議そうな目で見る。


「刈谷さんの相手は私がするから…、

 司郎はこのまま進みなさい」


その言葉を聞いたゴリっちは、しばらく目を見開いた後―――、


「ははははははは!!!!!!!!!!!!」


いきなり笑い出した。


「何を言うと思えば、あなた一人で私の相手をなさると?」

「そうよ」

「ははは…これはおかしい。

 何ともご自分の力量を大きく見積もりすぎているのではないですか?」

「そうかしら?」

「そうですとも。

 確かに宮守要と言えば、宮守流古流空手道場の師範代を務めるほどの、

 超高校級の空手家―――。

 だが―――」


ゴリっちは拳をかなめに向ける。


「私はれっきとしたその道のプロです。

 プロとアマ―――、何より男と女の能力差はご存じでしょう?」

「もちろん知ってる」

「だったら―――」

「だったらじゃない―――、それでも、よ」

「…」

「日陰は私の友達だから―――、

 私は負けないわ」

「フン―――」


かなめが拳を構えると、ゴリっちもそれに応じた。


「早く行きな司郎!!!」

「かなめ!!!」

「大丈夫! 心配しない!!」


俺はかなめの目を見つめた後、頷いて建物の玄関へと走った。


「妨害しないの?」

「一瞬で貴方を仕留めれば、すぐに追いつくでしょう」


かなめの言葉にゴリっちが答える。

―――一息ののちに戦いが始まった。




-----




俺は天城結婚式場の中を奔る。

中には従業員やらが居て、俺に何かを叫んでいるが気にせず突っ走る。

目前に”安住家”の文字が見えてくる。


荘厳な音楽が耳に聞こえてきて、結婚式がすでに始まっていることを俺に告げた。

そして…


「その結婚ちょっと待った!」


俺はそう言って結婚式会場のドアを開けた。

会場内にいる強面のオッサン達が一斉に俺のほうを見た。


「あ……どうも…。部屋間違えました」


そう言って扉を閉めようとすると…


「司郎…くん? なんで……」


オッサンどもの波の向こうから弱々しい少女の声が聞こえてくる。

会場の奥に日陰ひかげちゃんと、あのキザ男が並んで立ってるのが見えた。


「なんデスか? 小汚い貧乏人が…

 ここはあなたのようなモノが来るところじゃないデスよ?」


キザ男が嫌味たっぷりに言う。

俺はその男の言葉を無視した。

その隣の日陰ちゃんの目に涙の光が見えたからだ。


「……日陰ちゃん」

「……邪魔なんでその貧乏人をつまみ出せ」


強面のオッサンどもが一斉に立ち上がる。


「日陰ちゃんごめん。

 俺…結婚式ぶち壊しにきちゃった」


俺はそういって、日陰ちゃんに笑いかけた。




-----




「はああああ!!!!!!」


刈谷は気合一閃、全身を固めてかなめにタックルする。


「く!!!!」


かなめはそれをまともに喰らって宙を舞う。


「これで終わりだ!!!!」


刈谷はさらに容赦のない拳を宙を舞うかなめへと向ける。


「こなくそ!!!!!!!!!!!!!」


そんな女の子とは言えない気合と共に、空中で身を反転させたかなめはその拳で、刈谷の拳を打ち据えた。


「ぬ?!」


そのまま、さらに空中を飛んで前転して刈谷の脇へと着地する。

そして―――、


ドン!!


かなめの全力の拳が刈谷の脇腹に突き刺さる。

それで刈谷は―――、


「フン」


よろめきすらしなかった。


「はあああ!!!!」


刈谷はその拳を横凪にしてかなめの脇を狙った。かなめはそれを読んでいたかのように身を沈めてやり過ごし、さらに一撃、二撃、三撃と拳を打ち込んだ。


「効かんと言ってる!!!!!!」


刈谷はもう一方の拳を振りかぶって全力で放つ。

それは、素早く横へと動いたかなめの脇腹を掠って地面を殴り、アスファルトを少なからず砕いた。


(タフすぎる!!!)


かなめは刈谷のあまりの頑丈さに唇をかむ。

女性の拳、腕力、そして体格の差があまりにありすぎて、刈谷に対してなすすべがない。


「はははは!!!!!

 世の中には、頑張ってもどうにもならんことはある!!!!

 理解できたかお嬢さん?!!!」

「ち…」


さらに三撃、刈谷の拳がかなめを襲うが、何とか回避していく―――、


「フン…、さすがにそう簡単には捕まらんか?!

 しかし、そうやって回避に専念しているだけじゃ俺は倒せんぞ?

 いつか、疲れが来て俺の一撃が入る。

 お嬢さんの身では、その一撃で最後だ―――」

「…」


かなめは刈谷の言葉を黙って聞いている。

確かに彼の言うとおりであるからだ。

自分の拳では―――、女性の身では、男性の―――ましてやプロのボディガードの肉体を貫くことは不可能である。

そんなことは―――、


(私自身が誰より知ってる―――)


ならばかなめは、司郎を進ませるために自分を犠牲にしたのか?


「もうそろそろ終わりにしようか?

 お嬢さん…

 時間稼ぎなど無駄だ―――」


かなめに容赦のない刈谷の言葉が突き刺さる。

しかし、かなめは―――、


「はん!!!」


にやりと歯を見せて笑って見せた。


「?」


その笑顔に刈谷は困惑の表情を浮かべる。


(宮守要―――時間稼ぎのために残ったのでは…?)


不意にそんな疑問が刈谷を襲う。しかし、


「何を企んでいようが無駄だ!!!!」


刈谷は一気にかなめとの間合いを詰めた。


(これでおわり…)

「刈谷さん…」


不意にかなめが言葉を発する。


「確かに私は空手家とはいえアマチュア…、プロであるあなたには勝てるはずがない」

「フン? その通りだな…やっと負けを認め…」

「でも…今は…、この戦いは私の勝ちだ」

「何?」


そのかなめの言葉に刈谷は疑問符を飛ばす。かなめは構わず言葉を続ける。


「貴方には私に勝てないわけがある―――」

「は? 何を―――」

「それは―――」


不意にかなめが刈谷の耳元で何かを呟いた。その瞬間、刈谷の動きが停止する。

それはほんの刹那の時間―――、

でもあまりに長すぎた。


一瞬でかなめが刈谷の脇をすり抜ける。そして―――、


「天!!!!!!!!!!!!!」


そのローの回し蹴りが刈谷の足に命中し、その巨体をグラつかせる。


「龍!!!!!!!!!!!!!」


かなめは身をひるがえし、反対方向に回転、後ろ回し蹴りが閃光となって刈谷の脇腹に突き刺さる。


「きゃあああああああああく!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


かなめはそのまま刈谷の身を足場に再び逆回転、半ば空を飛びながらハイの回し蹴りを刈谷の脳天めがけて放ったのである。


「が!!!!!!!!!」


刈谷の巨体がグラつき揺れる。そして―――、


「…は」


そのまま地面に突っ伏した。


「はあ…はあ…」


かなめは荒い息をつきながら刈谷を見下ろす。


「…そう、貴方も見たでしょ?

 日陰ちゃんの涙を―――、

 それを見ても貴方は本当に”お嬢様の為”なんて言えるの?

 ―――いや、初めから答えは決まっていたのよね? 刈谷さん…」


その言葉を薄れる意識の中で刈谷は聞く。

その心には、かつての幼い日陰との想い出が浮かんでは消える。


(お嬢様―――、やはり私は―――)


刈谷にとって日陰は娘同然であった。だからこそ―――。


そのまま刈谷は意識を闇に沈めた。




-----




「日陰ちゃん…」

「なんで…来たんですか? 司郎君?」

「君を助けに来たんだ…」

「助け…なんて…だめです」


日陰ちゃんはうつむいて俺から視線を外す。


「帰ってください」


ただ一言を小さく呟く。

それを聞いて宗次郎が笑う。


「はははは…、だ、そうデスが?

 お帰りはあちらデスよ?」

「…」


俺は再び宗次郎を無視する。


「本当に本気なのか、日陰ちゃん」

「私は…この人と…結婚するんです」

「それは君の本心なのか?」

「そう…です」


もしそうなら、本当に俺の出る幕はない。

でも―――、その瞳の奥にある影が俺にははっきり見えた。


「嘘を言っちゃだめだ」

「うそ…じゃありません」


日陰は頑なに否定する。ならば―――、


「じゃあ、一つだけ俺の願いを聞いてもらっていい?」

「願い?」


いきなりの俺の提案に、疑問符が飛ぶ日陰ちゃん。

おれは、真剣な表情で日陰ちゃんの目を見つめると言った。


「おっぱい触らせて」

「へ?」


俺のあまりに場違いな言葉にその場が凍り付いた。


「何を?」


その訳の分からない事態に困惑の表情を浮かべる日陰ちゃん。

俺は構わずまくしたてる。


「日陰ちゃんのウェディングドレス姿!!!!

 すごくかわいい!!!!

 それに、その―――」


俺の視線の先には、胸元が空いたドレスに包まれた双球が―――。


「ひ」


その下品な視線に小さく悲鳴を上げる日陰ちゃん。

そのあまりにキモイ俺の視線を遮るように、強面のおっさんたちが立ちふさがる。


「貴様―――、いきなり何を言うカト思えば。

 馬鹿じゃナイのか? この下品な貧乏人が」


俺は三度イケメンを無視する。

そして―――、


「今から俺は―――、日陰ちゃんのおっぱいをもみもみしに行くぜ!!!

 でだ―――」

「?」

「もしそれが成功したら、日陰ちゃんの本心を教えてくれ」

「!!」


日陰の目が驚愕で見開かれる。俺はニヤリと笑い―――、


「いくぜ!!!!!!」


日陰ちゃんの元へと全速力で駆けた。


「く!!!! あの痴漢男を叩き潰せ!!!!!!」


イケメンがそう叫ぶと同時に、いかつい男どもが俺に向かって突進してくる。


「男はいらねえ!!!!!」


俺はソレの一人目を足場にジャンプして、会場のド真中を駆けていく。


「行かせるか!!!!!」


二人の男が俺に追いすがってくる。そして―――、


ガス!!!!!


その拳が俺の脇腹にヒットした。


「くう!!!!!!」


それでも俺は止まらない。

口から血を吐きながら全力で駆ける俺。


「まて!!!!!!」


次の男が俺にタックルをかましてくる。

おもいっきりぶち当たって吹っ飛ぶ俺。

しかし―――、


「おっぱい!!!!!!!」

「?!」


俺は脚で着地してさらに走る。

その視線は一点を見つめている。


「おっぱい!!!!!!!!」


それは男の夢。


「おっぱい!!!!!!!!」


それは桃源郷。


「おっぱああああああい!!!!!!」


ああ挟まれたい!!!!!


「ひ」


そのあまりにキモイ姿に日陰ちゃんが悲鳴を上げて後退る。


「なんだのキモイ生物…」


イケメンといえば、もはや俺を同じ人間だとは思っていないようだ。

いかつい男たちの拳や蹴りが俺を何度も打ち据えるが―――、


「おっぱあああああああい!!!!!」


俺は決して倒れなかった。そして―――、


「日陰たああああああああああん!!!!!!!!!」


俺は思いっきりジャンプして両手をわきわきさせながら、日陰ちゃんのたわわに実る果実に突撃したのである。


「ひ!!!!!!!!!」


その瞬間、日陰ちゃんは青ざめる。そして、一瞬の沈黙ののち。


「い!!!!!! いやあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」


思いっきり悲鳴を上げたのである。


「司郎君!!!!!!!!

 ―――助けて!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


それは、日陰ちゃんの心からの叫び。

俺は暖かな感触を両手に感じながら言った。


「俺に任せろ…」


その瞬間、右手の星が輝いた。




-----




その時、私は絶望していた―――。

いくら司郎君でも、あの男の人たちを抜けて、私の元まで来れるはずがない―――。

世の中はそんなうまくはいかない―――。

―――でも、


司郎君は殴られても蹴られても前進する―――。

血反吐を吐きながらも前進する―――。

もうやめて――――、

私のところに来ないで――――、

もう傷つかないで―――、


私には見える―――、

一見ふざけているかのような司郎君の、その目が決して笑っていないことを―――、

それはあまりに無謀な賭け―――、

私は変わらない―――、

変わることが出来ない―――、

だからもう、私みたいな人間のために傷つかないで―――、


私は心の中で叫ぶ―――、

このままじゃ司郎君が死んじゃう―――、

お願いだから―――、


―――と、不意に私の心が温かくなる。

それは司郎君の手のひらの温もり―――、

司郎君は確かに私の元へと来てくれた―――、


だからこそ、私は叫ぶのだ―――、

私の―――、変われなかった情けない私の―――、

本当の気持ちを―――。




-----




「く!!!! 何をシテいる!!!!!!

 この痴漢男をつまみだ…」


俺はイケメンに最後まで言わせなかった。思いっきりグーで頬を殴る。


「げは!!!!!」


そのまま吹っ飛んだイケメンは動かなくなる。

それを見た男たちが一斉に俺に襲い掛かる。しかし、


「!!!!!」


一人目の股間に俺の蹴りがヒットする。そのまま悶絶して動かなくなる。


「貴様!!!!!」


二人目がつかみかかってくるが―――、

俺はその腕を逆につかんで捻り上げた。


「が…!!!!!」


そのままわき腹を蹴り飛ばして昏倒させる。


「こいつ…なんだ?」


男たちは、どうやら俺の異変に気付いたようだ。

明らかに俺の動きはさっきと変わっていた。


「これは…負ける気がしねえな…。

 かなめの格闘技術か」


そう、いま俺に宿ているのはかなめの特技スキルである。

身のこなしが数倍に跳ね上がっている。

その様子に、男たちの中でも最大級の巨体が前に出てくる。


「お前たちは下がれ―――、こいつは俺がやる」


その言葉に一斉に後退る男たち。


「行くぞ小僧!!!!!」


そいつは身を沈めると一気に俺との間合いを詰めた。


「ふ!!!」


俺はそのまま男に向かって駆ける。その脇を抜けた。


宮守流古流空手蹴連撃法の1―――!


天龍脚てんりゅうきゃく


俺の三連蹴りが男へと飛ぶ。

そして、その三撃目の回し蹴りが頭部にヒットした瞬間、そいつの意識は闇に堕ちた。


「な…」


余りの事態に言葉を失う男たち。その時―――、


「そこまでだ。お前たち」


不意に会場の最前列席から声が飛ぶ。そこに座っていたのは―――、


「宗次郎もういいだろう?

 ここまでにするんだ―――」


そうイケメンに言ったのは髭面の親父である。


「…とうさん」


気絶から回復したイケメンがそう呟いて髭親父を見る。


「どうやら―――、彼女はお前の恋人ではなかったようだな」

「そ…それは」

「まあ…うすうすは分かってはいたが」


イケメンが情けない顔で髭親父を見る。俺はその髭親父に向かって言った。


「アンタがそいつの親父か?」

「そうだ少年」


髭親父は自身を”宗一”と名乗った。


「わがバカ息子が申し訳ない日陰君」

「え?」


髭親父はそう言って頭を下げる。


「―――君の事を恋人だというからすべてを任せていたが、どうやら無理やり君に結婚を強制したようだね?」

「それは」

「正直に話してくれていい。本当に申し訳ない」

「安住さん」


髭親父は何度も頭を下げる。しかし、俺は気になっていることを聞いた。


「うすうす気づいていて。そいつに任せてたのか?」

「…そうだな。それも、申し訳ない」

「申し訳ないですむか! どれだけ日陰ちゃんが苦しんでたか…」


髭親父は力なく項垂れて言う。


「私も親だ―――、良家の娘と結婚でもしてくれれば、宗次郎も心を入れ替えてくれるかもしれんと、淡い期待をしていたのだ…。

 それが間違いであったようだ」

「とうさん」


イケメンが力なく呻く。

髭親父は日陰ちゃんの元へと歩いていく。


「日陰君―――、こうなった以上、息子にはっきり言ってやってほしい。

 君の気持ちを―――」

「私―――」


日陰ちゃんは一瞬言いよどむ。

しかし、すぐに顔をあげてイケメンに向かって言った。


「ごめんなさい。私はあなたと結婚できません。

 ―――正直無理です。ごめんなさい」


そうはっきりと言い切った。

それを聞いたイケメンは一瞬唖然とした後、その場に突っ伏したのである。

その情けない息子を尻目に、髭親父は話を続ける


「日陰君、大月家への支援の事だが…」

「!!」

「安心してほしい。支援はもともとは私から言い出したことなのだよ」

「え?」

「昔、私が危なかったころに大月家に助けてもらった―――、

 その”借りを返したかった”だけなんだ」

「…」


どうやら、息子に対することを除いて、この髭親父はまともな人間らしい。

これで日陰ちゃんの家は潰れずに済むだろう。

やっとこれで一件落着―――、大団円ってやつだな。


―――おっと、忘れちゃいけない。

俺は日陰ちゃんの笑顔をしばらく眺めた後、天城結婚式場の玄関へと奔った。


「おかえり」


そこには、苦笑いして頭かくゴリっちと、すべてを理解している風のかなめがいた。


「どうやらうまくいったようね?」

「おう!!」

「フフ…」


かなめが笑いながら頷く。


…と、次の瞬間、周囲の風景が暗転した。


『おめでと~~~~~~』

「?!」


そう言う声がどこからか響く。

暗闇に立つ俺とかなめ―――、そしてなぜか日陰ちゃん。


「え? え?」


日陰ちゃんはいきなりの事態に混乱しているようだ。


『お見事!! 第一の試練突破だね!!』

「おまえ!」


暗闇に不意に現れた声の主はあの女神(?)であった。


「これって…まさか例の試練だったの?」


かなめが女神に聞き返す。


『そうそう!!

 今回はその娘を救えなかったら、死亡だったんです!』

「な…」

『いやあ…お見事でした。

 もし救えなかった場合、その娘は一生自分に嘘をついて、暗い人生を歩む予定でした!

 それを見事救ったんですね』

「まじか…下手したら死んでたと?」


俺は今更ながらにゾッとした。

…と、それまで黙っていた日陰ちゃんが言葉を発する。


「これはいったい?

 どういう事なんです?」


困惑気味の日陰ちゃんに女神は言う。


『ハーレムマスターの試練でね。

 あなたを救えないと彼は死亡だったのよ』

「え?!」


その言葉に日陰ちゃんが驚く。

女神は日陰ちゃんに、ハーレムマスター契約の事を話す。


「司郎君のハーレム?

 それに私が入る…と?」

『うん…まあ、断ってもいいけどね?』

「…」


女神のその言い方に抗議の声をあげたかった俺だが、それを日陰ちゃんが遮った。


「わたし司郎君のハーレムに入ります!」

『本気?』

「はい!

 よくわからないけど、司郎君が死んじゃうなんて嫌です!」

『ふ~ん』


女神は日陰ちゃんのその発言に満足げに笑う。


『それじゃあ決まりだね。

 では―――』


次の瞬間、俺の右手の星が輝きだす。

そのまばゆい光が俺と、かなめ―――、そして日陰ちゃんを包み込む。

その光景を見つめつつ女神はほくそ笑む。


(さあ司郎君―――、私の”目的”のために、これからもしっかり頑張ってね)


その笑みの意味を、その時の俺はまだ気づいていなかったのである。



<美少女名鑑その2>

名前:大月 日陰(おおつき ひかげ)

年齢:16歳(生年月日:2月25日 うお座)

血液型:A型

身長:148cm 体重:41kg

B:80(D) W:54 H:79

外見:前髪ぱっつんの黒髪おかっぱ少女。

性格:人見知りかつあがり症であるが、誰にでも優しく穏やかに接しようとするため同級生からの評価は高い。

絵画が趣味でありその技術はもはやプロレベルである。

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