第47話 適応 〈adaptation〉

「照準同期!」

『同期接続完了』


 ロクサーナが左の操縦桿のトリガーを引くと、クラージュの左肩に備えられた機銃マシンガンから弾丸が連続発射された。弾はロクサーナの見据えた先にある照準の通り、敵機の胸部ハードボックスへ飛ぶ。が、すぐさま黄色がかった輝きが発生し、はばまれてしまった。跳弾ちょうだんシールドである。


 M.O.V.ムーブに積まれている跳弾シールド発生装置は、ロクサーナの籠手ガントレットのような小型ではない。よって、単発の反射ですぐに力を失ったりはしない。しかし、連発を受ければ消失するものだ。


 それを狙っての連射だったのだが、これに対する防御策も存在する。跳弾シールドを複数張っておくという手段だ。勿論、これも大抵の場合攻撃側が上回るため、跳弾シールドはやがて消失することになる。しかしその時にはすでに、相手の回避行動は本格化している。


 ケイローンが距離を取り、前後左右デタラメにステップを踏み始めた。クラージュからの銃弾はケイローンの装甲を傷付けはするものの、肝心のハードボックスには命中しない。


 そもそも今のクラージュが採っている視線追従照準システムは、付け焼き刃だった。正パイロットであるルックは左操縦桿に付いている親指スティックで狙っていたのだが、ロクサーナにはそのような技術がない。だからヴァージルに協力してもらい、視線追従照準システムを急構築したのだ。ゆえに、必然的に精度は甘い。


 ケイローンに下がられすぎると当たらないため、クラージュも付いて行くしかない。行くしかないのだが、その移動による振動で照準が大きくぶれるのも問題だった。そしてもう一つの問題が――


「くっ、射角が狭い……ッ」


 ロクサーナは思わず不平を漏らした。

 スクリーン上では、照準が円に触れた状態で止まってしまっている。薄っすらと白かった円が、今は赤くくっきりとしている。これは、ロクサーナの視線の先がこの円から外れていることを示しているのだ。


 クラージュの装備している機銃マシンガンは完全固定ではなく、多少射角を稼働できる――いわゆる首振りができる――仕様なのだが、その可動域――これもヴァージルの計算結果である――を示しているのが、通常であれば薄っすらとしている白い円なのである。


 なんとか姿勢を安定させ、再度対象のハードボックスを照準内に収めたが、発射した弾は黄色い輝きに阻まれた。敵M.O.V.ムーブの跳弾シールドが回復したのだ。次の瞬間、ロクサーナの眼前のスクリーンにも黄色い輝きが広がった。


『敵機、応射してきています』

「了解」


 ロクサーナはこちらの跳弾シールドががされる前に、回避行動に入った。


 ケイローンも多くのM.O.V.ムーブがそうしているように、両肩に機銃マシンガンを備えている。しかしそれは三点連射バーストに設定されているようだ。左右切り替えて撃ってくるので擬似的に連射とはなっているが、クラージュのフルオート射撃に比べ、連射力は劣っている。跳弾シールドを射撃で打ち破る基本は連射であるため、これだけで考えればクラージュが有利だ。


 しかし、弾薬は有限なのである。事実、ロクサーナはこの射撃戦で弾薬の三分の一ほどを消費していた。それでいて成果はゼロ。残りの全てを使い果たすまで戦っても、こちらが射撃に習熟していく要素をかなり強く考慮しても、相手から勝利に至る十ポイントを奪うことは絶望的に思えた。


 こう考えると、最初から牽制補助と割り切っているケイローンの射撃武器の設計思想はかなっているように思う。おそらくはまだ残弾に余裕があり、射角も広く、決め手にはならなくとも対応幅は広い。


パン!


 また、狼煙のろしが上がった。次いで、揚げられる青い旗。今度もケイローンのポイントだ。


「優勢ポイント……もう十分じゅっぷんが経過したのね」


 優勢ポイントは、十分じゅっぷん間隔に加算されるポイントだ。その名の通り、対応する十分間のうち優勢であった闘技者へと割り当てられる。このシステムの影響から、闘技者は攻撃を仕掛けなくてはならないという圧力にさらされる。観戦者からすると最もつまらない、何も起きないにらみ合い、が発生しにくくなっているのだ。しかし、ただでさえポイント差がある劣勢側の者としては、不公平に感じてしまう。ルックは「相手をなぶるだけの一方的な戦いを早く切り上げる意味もある」と説明してくれたが、やはり冷静には受け取れない。


「このままじゃらちがあかないわ。もう一度、接近戦を仕掛けます」

『イエス、マスター。ですがそれでは、敵の術中にまる恐れがあります』

「分かっているわ。近接戦では相手の武器の方が有効範囲は広い。だったら、その間合いから更に踏み込んでこちらの間合いにするしかない」

『しかし相手の方が機動性能は上です。適正距離の支配は相手に分があります』

「それも承知の上よ。だから――搔き乱すわ!」


 ヴァージルと話しながらも、ロクサーナはケイローンへと速度を上げて近付いていた。相手はやはり近接戦を望んでいるようで、射撃に対するランダムステップを踏みながらも、離れていく素振りを見せない。そこへクラージュは真正面ではなく、やや斜めの姿勢で接敵する。左腕のシールドを相手に向けた姿勢だ。


「ヴァージル、シールドの制御は任せます。できるだけ相手の打撃をいで!」

『イエス、マスター』


 ヴァージルの返事を聞き終えるよりも早く、ケイローンの鉄杖アイアン・スタッフが左右に振られた。しかし、これは明らかに牽制だ。向こうの間合いに踏み込む前であったため、ロクサーナは前進を一時中止してやり過ごす。


「ヴァージル、右腕の騎兵槍ランスを左方向へ調整できる?」

『勿論です、マスター』


 早速、クラージュの右腕の肩から先が前へ伸ばされると、肘に相当する部分が曲げられた。結果、かなり窮屈きゅうくつではあるが、右腕の騎兵槍ランスの先をこちらが構えるシールドの脇から突き出す姿勢となった。


 M.O.V.ムーブではなく人ならば、単に右手首の角度を曲げるだけで、威力はともかく相手へ槍先を向けられただろう。しかし、クラージュには手首がない。右腕の肘に相当する先から騎兵槍ランスの形状をしているからだ。同様に、左腕も肘から先がシールドとなっている。このM.O.V.ムーブには、人の手に相当する部位は存在していないのである。


 この設計は、M.O.V.ムーブであれば珍しいものではない。ワーカーやブリガンダインには手に相当する部分があるが、特に武装が固定されている戦闘用M.O.V.ムーブであれば、手で武器を持つ方がリスクを生んでしまう。武器を取り落としてしまう危険だ。


 これは、生身で戦っている時にもよく起こりる事態でもある。戦った経験のない者には「武器を取り落とすなど素人しろうとだ」と思われがちだが、籠手ガントレットをつけていたり戦闘が長引いた時などは、非常に取り落としやすいものなのだ。


 M.O.V.ムーブにとっては手という構造が繊細せんさい過ぎて壊れやすい、というリスクも、設計に組み入れられにくい理由だ。生身においても例外ではなく、手という部位は傷つきやすい。剣術の稽古でも、こちらから最も近い敵の部位として手を狙うのは常套手段じょうとうしゅだんだと教えられた。だから実戦を多く経験した剣士は指を失っていることも多いのだ、と聞いた時、ロクサーナはとても怖く思ったのを覚えている。


 対するケイローンも、手がない構造をしている。ただし、こちらは手首に当たる関節は存在した。それを左右独立させて回転させることで、鉄杖アイアン・スタッフを操っているのである。


ガツッ、ガツン!!


 ケイローンの鉄杖アイアン・スタッフが振るわれ、クラージュのシールドが叩かれる。勿論これはヴァージルの防御によるお陰だ。ロクサーナは衝撃に歯を食いしばりながら、クラージュのバランスに意識を配り、不安定にならないタイミングを見定め、右操縦桿のトリガーを引く。狙いはハードボックスにしたいところだが、シールドを張っているせいでそれはほとんど見えない。見えたところで上手うまく突ける範囲内にはなかなか位置しない。それでも攻撃を続けているのは、部位破壊を狙っているからだ。


 ハードボックスのルールがM.O.V.ムーブ闘技のいつ頃から導入されたのかロクサーナは知らないが、それが導入される前に双方の闘士が狙っていたのは部位破壊だっただろう。その名のとおり、頭部、腕部などの、M.O.V.ムーブ部位パーツの破壊を示す。ハードボックスの破壊に比べれば発生させにくいが、決定的であり、時に致命的ですらある。


 動力部を機能停止におちいらされたM.O.V.ムーブは、他に一切いっさいの損傷がなくとも動けなくなる。すなわち敗北だ。機能停止させられるのがコックピットの場合、もしくは脚部を損傷させられ転倒を余儀なくされた場合などは、パイロットの命すら危うい。それゆえ、得られるポイントも大きい。


 ハードボックスは部位ごとにポイントの上限が決められている。例えばクラージュの右腕には全部で四つのハードボックスがあるが、ポイントとなるのは最初の二つだけだ。三つ目四つ目のハードボックスの破壊は、ポイント的には意味がない。勿論、メンテナンスをする技術者たちにとっては塗料を落とす手間が増えるため避けてほしいところだろう。しかしクラージュの右腕が動かなくなるほどの損傷を受けた時には、部位破壊がされたと看做みなされる。そうなれば、ハードボックスのポイントとは別に三点が敵に加算される決まりだ。その前に右腕のハードボックスが二つ以上破壊されていれば、その右腕だけで、敵は勝利を掴める十点のうち半分の五点を得ることになるのである。だがたとえ五点のポイント加算がなかったとしても、部位破壊に成功した側が圧倒的に有利となるのが通常だ。


 今、ロクサーナが狙っているのは敵機の左腕だった。長い鉄杖アイアン・スタッフをケイローンがバランスを崩さず操れるのは、両腕で保持しているからに他ならない。ならば騎兵槍ランスで狙いやすい敵の左腕だけでも損傷させられれば、ケイローンの攻撃力は半減するはずだ。そしてそうできれば、押されている今の戦況をひっくり返せるはずなのだ。


 しかし、それはあくまでの話である。実際には至難のわざだ。ましてロクサーナは――これは自身の怠慢たいまんとも言えるのだが――通常のM.O.V.ムーブの攻撃システムに慣れていない。ゆえに、余計に難しい。


 クラージュの騎兵槍ランスは、上段・中段・下段の三方向の突きが登録されている。意地悪な言い方をすれば、三方向だ。常に突く角度は一定なのである。対してロクサーナが生身で戦う時の上段突きは、ほぼ無限に表現できる。正面から少し角度をずらすだけでも違う突きになるからだ。そして生身であれば、突きだけでなく、切り込み、払い、跳ね上げなどと細かく剣の軌道を変えられる。しかし、クラージュの上段攻撃は愚直な突き一つだけだ。


 これは、操作するうえでは仕方のない問題といえる。操縦桿とトリガー、レバーとペダルだけで人と同じような機動ができるわけがない。モーショントレース技術をリアルタイムで適応できたとしても、M.O.V.ムーブ自体の可動域がそもそも人と同じだけ広いわけではないのだ。この不一致をどう緩衝かんしょうするかという問題がある。それに、暴れ回れるだけコックピットを広く取る必要があるのも、設計上大きな問題となるだろう。ゆえに現実には、M.O.V.ムーブの限定的な攻撃方向にパイロットが合わせる運用となっている。突きをもう少し左に狙いたい時は、M.O.V.ムーブの向きをそちらへ変えてから攻撃する、というような対応だ。


 ロクサーナも砂の惑星ザルドにいた頃には、シミュレーターでこの攻撃方法を使ってブリガンダインを操っていた。しかしヴァージルが補助してくれるようになってからは、彼の処理能力をかし、視線の先に攻撃方向を合わせてもらうのが当たり前デフォルトになっていたのである。


 防御に専念してもらっている今の状態でも、ロクサーナは攻撃にヴァージルの力を借りていた。クラージュには、肘を曲げ、シールド越しに騎兵槍ランスで攻撃する挙動などプログラムされてはいない。そうするにはメンテナンスモードでの角度調整が必要で、本来であれば戦闘中には対応できないことなのだ。


 だがこの体勢での問題は、シールドに隠されて攻撃先がはっきりと見えなくなることだった。防御を優先するためロクサーナはえてこの現実を呑み込んだのだが、それが結果として、ただでさえ難しい部位破壊の実現を更に難しくしている。この選択をなかいられるほど、ロクサーナは不利な立場に追い込まれているのだ。


 しかし、ロクサーナはただ分の悪い賭けに出ているだけの無策なパイロットではない。

 この戦い方の真の狙いは、別にあった。



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