第46話 先取点

「狙いは胸部! サポートして!」


 クラージュもまた、近接主体の機体である。その主武器メイン・ウェポンは右腕の騎兵槍ランスだ。ロクサーナは前進しつつ、それを突き出す攻撃を仕掛けた。しかし、シールドを構えている腕で逆側からきた打撃を受け流した結果、モニター画面の敵のいる方向はほとんシールドで覆われている。ゆえに本来攻撃先は見えないのだが、そこはヴァージルの力を借りれば実行可能だ。


 しかし、その突きは届かなかった。元より間合いが遠かったのに加え、ケイローンが素早く後退したからだ。そのままケイローンは距離を取ると、こちらを向いたまま塔から離れる方向――ケイローンの陣地の奥へと平行移動を始めた。鉄杖アイアン・スタッフはケイローンの胴の前部へと横たえられる。


「なるほど。バランサーも兼ねているわけね」


 ロクサーナは感心し、故郷で軽業師が綱渡りをしていたのを思い出した。手にしていた長いポールは左右のバランスを取ることに使っていたようだった。ケイローンもそうなのだろう。背後に迫った速度を得られた理由の一つが、あの武器でもあったわけだ。


 ロクサーナはクラージュの下半身をケイローンの進行方向とは逆側へ向け、後退を開始した。ケイローンにほぼ平行する形だ。この機動をすることで、シールドを構えた左側を相手に向け続けることができる。


 前進か後退しかできないクラージュに比べ、ケイローンは左右方向にも平行移動できるらしい。四脚の高いバランス能力ゆえの機動性能なのだろう。しかし、やはりメインの移動法ではないらしく、速度はあまり出ていない。もっとも、それは後退しているクラージュも同じだ。お互い進行方向の確認は十分にできず、細かい動作もできない。そのために幾つもの建物の残骸が、M.O.V.ムーブに当たり崩れていく。


『ルック・ブリーガー。うわさ通りの腕前だな。なかなかの反応だ』


 スピーカーで発せられた、低い男の声が届いた。雨が降る前の曇天どんてんのような、暗さのある声だ。だが脆弱ぜいじゃくさは感じず、声の芯には力強さがあった。


 ロクサーナは、どう答えたものかと悩んだ。試合開始時に流れたアナウンスでは、このクラージュのパイロットはルック・ブリーガーとなっていた。勿論もちろん、乗っているのはロクサーナだ。パイロットの変更は申請して受理されたと聞いていたが、その情報がアナウンスをした者まで行き届いていなかったのだろう。急な変更だったため、その混乱は仕方がない。しかし相手パイロットがアナウンスの情報で勘違いをしたまま、ということに、どう対応すべきか考えさせられる。


「うーん……」


 黙っていることもできるが、それでは相手をだますことになる。そんな状態で戦うのは、いささか気が引けた。


「ヴァージル、スピーカーを」

『イエス、マスター』


 ロクサーナは相手パイロットに真実を伝えることに決めた。


「どうやら伝わっていなかったようね。貴方あなたと戦うのはルックではなくて、私、ロクサーナ……」


 フルネームで名乗りそうになり、ロクサーナは言葉を止めた。今、えて家名まで知らせる必要はない。


『なんだって?』


 相手パイロットの驚いた様子が、スピーカー越しに伝わってきた。信じられない、といった口ぶりだ。


『ブリーガーはどうした?』

「あら、貴方あなたたちが交代せざるを得ないよう仕向けたのではなくて?」


 確証を掴んだわけではないが、ルックが襲われたのは妨害工作だという線が濃厚だ。断言はできないが、嫌味を言うくらいは悪くないだろう。


『はぁぁ……』


 しかし、対戦相手のセローからは予想していなかった溜息が発せられた。ロクサーナは眉を寄せる。相手の溜め息を頭の中で反芻はんすうし、そこから苛立ちや諦めが混じり合っているような印象をすくい上げた。


『――まぁいい。M.O.V.乗りムーバーは決められた戦いをするだけだ』


 この話しぶりでは、どうやらセローはルックを襲う計画を知らされていなかったに違いない。それでいて、あっさりと言っていいほど切り替えられている。闘技をするM.O.V.乗りムーバーとはこういう存在なのだ、とロクサーナはある種の戦慄せんりつを覚えた。だが、怖気おじけづいている場合ではない。


「そうね。でも、ただ戦うだけではないわ。勝たせていただきますから」


 負けてもいいとは言われているが、素直に負けるのは性に合わない。ロクサーナは、えて強気に発言した。言葉には力がある。勝ちたいならば、勝つつもりで挑むべきなのだ。

 ロクサーナは操縦桿から片手を離し、自らスピーカーをオフにした。


『言ってくれる。では、お手並み拝見といこう』


 そう言い終えるや否や、ケイローンの動きが変わった。横方向からこちらへと移動方向が変わったのだ。それに応じるため、ロクサーナは下半身を左へ旋回しつつ、上半身は右へ戻す。結果、シールドは変わらず相手へ向けたまま、ケイローンから後退し距離を取る形になった。しかし前進してきている相手の方が速いため、二機の距離は必然的に縮まっていく。


 だがロクサーナは慌ててはいなかった。塔から離れるほど、遺跡の崩壊具合は小さい。塔付近と比べ、今の場所は大きめの建造物が残っているのだ。丁度その一つが、左旋回している中で敵機との間に入っていた。ケイローンの四脚部分が見えなくなるほどの障害物だ。ロクサーナは、相手がそれをどちら周りで迂回してくるかに注視した。が、その判断が思わぬ油断となった。ケイローンの鉄杖アイアン・スタッフの左端が下ろされたかと思えば、すぐに振り上げられる。その軌跡には、崩れた建物があった。


 鈍い破壊音と共に打ち砕かれた瓦礫が吹き飛ばされ、散弾となってクラージュを打つ。左半身はシールドで防げたが、多くの瓦礫がクラージュのコックピットを襲った。


「きゃあっ!」


 来ると思っていなかった衝撃に、ロクサーナは思わず悲鳴を上げていた。体も大きく揺らされ、右肩を操縦席にぶつける。


『大丈夫ですか! マスター!』

「大丈夫よ、ちょっと驚いただけ……!」


 そう答えながらも、ロクサーナは口の中に広がる血の味を感じていた。小さく切ったようだ。

 

 今になって、装着するよう強く勧められたパッドアーマーの価値が良く分かった。特に肩から首にかけては首を回しにくくなるくらい保護されているのだが、こうまでしていないと首筋を痛めてしまうのだろう。


パン!


 少し離れた所で破裂音がした。塔から上がった狼煙のろしの音だ。


「ポイント?」


 ロクサーナは呟いた。

 どちらかがポイントを取った際の合図だとは分かるが、認識が繋がらない。しかし攻撃を仕掛けたのは相手なのだから、自分がポイントを取られたのだろう、と推理する。その直後、スクリーンの端に相手のポイントを示す青旗ブルーフラグのアイコンが点灯した。塔では実際に青い旗が掲げられているのに違いないが、ロクサーナは敵から目を逸らせず直接視認できない。しかし、クラージュには塔の旗の状況をアイコン化するプログラムが既に組まれていたようだ。メイン或いはサブのカメラのいずれかが旗の状況をうつしていれば、情報は更新されるのだろう。


 しかしロクサーナは、未だポイントが奪取された詳細が掴めていなかった。操作盤に片手を走らせ、被害状況を確認する。すると、右肩のハードボックスが損傷していることが分かった。

 

 この闘技のポイント制は細かなルールが定められているが、基本となる部分は簡単だ。参加するM.O.V.ムーブは機体の各所にハードボックスを装着させられている。それを壊し合うように戦えばいいのだ。


 ハードボックスは平たい金属製の箱で、中に塗料が納められている。これを割るにはそれなりの力が必要となり、壊れたら有効打を与えた、と看做みなされる。ロクサーナには見えないが、クラージュの右腕からは青い塗料が流れているに違いない。先程の瓦礫が運悪くクリーンヒットしたのだろう。


『ケイローン、セロー選手。ポイント1!』


 アナウンスが状況を明確にした。


 見えてはいないが、ロクサーナはセローがコックピットでニヤリと笑ったのが想像できた。さすがに弾け飛んだ瓦礫がどこに当たるかまでは計算できなかったはずだ。だが、ツイていただけだとしても、ポイントはポイントだ。

 

 このまま流れを作らせてはいけない――。

 ロクサーナは素早く反応する。


機銃マシンガン準備!」

了解ラジャー


 ヴァージルの声と同時に、スクリーンにうっすらと円が現れた。更にその中央に十字の照準レティクルが現れる。ロクサーナは座席のヘッドレストにしっかりとヘルメットの後頭部を押し付け安定させると、照準レティクルを見つめた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る