第46話 先取点
「狙いは胸部! サポートして!」
クラージュもまた、近接主体の機体である。その
しかし、その突きは届かなかった。元より間合いが遠かったのに加え、ケイローンが素早く後退したからだ。そのままケイローンは距離を取ると、こちらを向いたまま塔から離れる方向――ケイローンの陣地の奥へと平行移動を始めた。
「なるほど。バランサーも兼ねているわけね」
ロクサーナは感心し、故郷で軽業師が綱渡りをしていたのを思い出した。手にしていた長いポールは左右のバランスを取ることに使っていたようだった。ケイローンもそうなのだろう。背後に迫った速度を得られた理由の一つが、あの武器でもあったわけだ。
ロクサーナはクラージュの下半身をケイローンの進行方向とは逆側へ向け、後退を開始した。ケイローンにほぼ平行する形だ。この機動をすることで、
前進か後退しかできないクラージュに比べ、ケイローンは左右方向にも平行移動できるらしい。四脚の高いバランス能力ゆえの機動性能なのだろう。しかし、やはりメインの移動法ではないらしく、速度はあまり出ていない。
『ルック・ブリーガー。
スピーカーで発せられた、低い男の声が届いた。雨が降る前の
ロクサーナは、どう答えたものかと悩んだ。試合開始時に流れたアナウンスでは、このクラージュのパイロットはルック・ブリーガーとなっていた。
「うーん……」
黙っていることもできるが、それでは相手を
「ヴァージル、スピーカーを」
『イエス、マスター』
ロクサーナは相手パイロットに真実を伝えることに決めた。
「どうやら伝わっていなかったようね。
フルネームで名乗りそうになり、ロクサーナは言葉を止めた。今、
『なんだって?』
相手パイロットの驚いた様子が、スピーカー越しに伝わってきた。信じられない、といった口ぶりだ。
『ブリーガーはどうした?』
「あら、
確証を掴んだわけではないが、ルックが襲われたのは妨害工作だという線が濃厚だ。断言はできないが、嫌味を言うくらいは悪くないだろう。
『はぁぁ……』
しかし、対戦相手のセローからは予想していなかった溜息が発せられた。ロクサーナは眉を寄せる。相手の溜め息を頭の中で
『――まぁいい。
この話しぶりでは、どうやらセローはルックを襲う計画を知らされていなかったに違いない。それでいて、あっさりと言っていいほど切り替えられている。闘技をする
「そうね。でも、ただ戦うだけではないわ。勝たせていただきますから」
負けてもいいとは言われているが、素直に負けるのは性に合わない。ロクサーナは、
ロクサーナは操縦桿から片手を離し、自らスピーカーをオフにした。
『言ってくれる。では、お手並み拝見といこう』
そう言い終えるや否や、ケイローンの動きが変わった。横方向からこちらへと移動方向が変わったのだ。それに応じるため、ロクサーナは下半身を左へ旋回しつつ、上半身は右へ戻す。結果、
だがロクサーナは慌ててはいなかった。塔から離れるほど、遺跡の崩壊具合は小さい。塔付近と比べ、今の場所は大きめの建造物が残っているのだ。丁度その一つが、左旋回している中で敵機との間に入っていた。ケイローンの四脚部分が見えなくなるほどの障害物だ。ロクサーナは、相手がそれをどちら周りで迂回してくるかに注視した。が、その判断が思わぬ油断となった。ケイローンの
鈍い破壊音と共に打ち砕かれた瓦礫が吹き飛ばされ、散弾となってクラージュを打つ。左半身は
「きゃあっ!」
来ると思っていなかった衝撃に、ロクサーナは思わず悲鳴を上げていた。体も大きく揺らされ、右肩を操縦席にぶつける。
『大丈夫ですか! マスター!』
「大丈夫よ、ちょっと驚いただけ……!」
そう答えながらも、ロクサーナは口の中に広がる血の味を感じていた。小さく切ったようだ。
今になって、装着するよう強く勧められたパッドアーマーの価値が良く分かった。特に肩から首にかけては首を回しにくくなるくらい保護されているのだが、こうまでしていないと首筋を痛めてしまうのだろう。
パン!
少し離れた所で破裂音がした。塔から上がった
「ポイント?」
ロクサーナは呟いた。
どちらかがポイントを取った際の合図だとは分かるが、認識が繋がらない。しかし攻撃を仕掛けたのは相手なのだから、自分がポイントを取られたのだろう、と推理する。その直後、スクリーンの端に相手のポイントを示す
しかしロクサーナは、未だポイントが奪取された詳細が掴めていなかった。操作盤に片手を走らせ、被害状況を確認する。すると、右肩のハードボックスが損傷していることが分かった。
この闘技のポイント制は細かなルールが定められているが、基本となる部分は簡単だ。参加する
ハードボックスは平たい金属製の箱で、中に塗料が納められている。これを割るにはそれなりの力が必要となり、壊れたら有効打を与えた、と
『ケイローン、セロー選手。ポイント1!』
アナウンスが状況を明確にした。
見えてはいないが、ロクサーナはセローがコックピットでニヤリと笑ったのが想像できた。さすがに弾け飛んだ瓦礫がどこに当たるかまでは計算できなかった
このまま流れを作らせてはいけない――。
ロクサーナは素早く反応する。
「
『
ヴァージルの声と同時に、スクリーンにうっすらと円が現れた。更にその中央に十字の
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